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名古屋高等裁判所 平成9年(ネ)1058号 判決 1999年1月19日

東京都千代田区神田司町二丁目九番地

控訴人(附帯被控訴人)

大塚製薬株式会社

(以下「控訴人」という。)

右代表者代表取締役

大塚明彦

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

松本司

今中利昭

浦田和栄

辻川正人

岩坪哲

深堀知子

南聡

冨田浩也

酒井紀子

名古屋市東区葵三丁目二四番二号

被控訴人(附帯控訴人)

大洋薬品工業株式会社

(以下「被控訴人大洋薬品工業」という。)

右代表者代表取締役

新谷重樹

右訴訟代理人弁護士

脇田輝次

右補佐人弁理士

小野信夫

名古屋市西区児玉一丁目五番一七号

被控訴人(附帯控訴人)

マルコ製薬株式会社

(以下「被控訴人マルコ製薬」という。)

右代表者代表取締役

小島彰夫

右訴訟代理人弁護士

髙橋譲二

榎本修

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  各附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

三  控訴人の請求(当審で拡張した請求を含めて)をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人らは、平成一〇年一〇月二八日までの間、原判決別紙目録(一)記載の物質を製造し、輸入し、又は使用してはならない。

3  被控訴人らは、前項記載の物質を廃棄せよ。

4  被控訴人らは、平成一〇年一〇月二八日までの間、原判決別紙目録(二)記載の医薬品を製造し、又は販売してはならない。

5  被控訴人らは、前項記載の医薬品を廃棄せよ。

6  被控訴人らは、それぞれ右4項記載の医薬品についてなされた原判決別紙目録(三)記載の医薬品製造承認について、厚生省薬務局長に対し承認整理の届けを提出せよ。

7  被控訴人大洋薬品工業は、控訴人に対し、金七八万円及び内金一〇万円については、平成八年四月二〇日から、その余については、平成一〇年五月一三日から、それぞれ支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え(当審における請求の拡張)。

8  被控訴人マルコ製薬は、控訴人に対し、金一三六五万九五四〇円及び内金九万九五四〇円については、平成八年四月二〇日から、その余については、平成一〇年五月一三日から、それぞれ支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え(当審における請求の拡張)。

9  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

10  仮執行宣言

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二  事案の概要

控訴人が当審において訴えの変更(主として損害賠償請求を拡張するもの)を行ったことなどに伴い、次のとおり訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。

原判決一〇頁九行日及び一一頁二行目に各「七月から一〇月にかけて」とあるのをいずれも「七月一日から平成九年一一月末日までの間」と、一〇頁一一行目「金五一万七〇〇〇円」とあるのを「金一七〇万円」と、一一頁五行目「金五六万三七〇〇円」とあるのを「金七九〇万円」と、同頁七行目「金一一二万六〇〇〇円」とあるのを「金二六〇〇万円」と、同頁八行目「金一六八万九七〇〇円」とあるのを「金三三九〇万円」と、二一頁三行目「金二〇万六八〇〇円」とあるのを「金六八万円」と、同頁四行目「金六七万五八八〇円」とあるのを「金一三五六万円」とそれぞれ改める。

第三  証拠

本件記録中の原審及び当審における証拠に関する目録の記載を引用する。

第四  当裁判所の判断

当裁判所は、控訴人の本訴請求は理由がないと判断するものであって、その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二三頁五行目「2」の次に「(一)」を加え、二四頁五行目の次に、行を改めて次のとおり付加する。

「(二)(1) これに対し、被控訴人大洋薬品工業は、特許制度は、市場経済の原則の例外として設けられた私的独占であるから、この独占権の行使は当然に公共の利益に反しない限りにおいて許されるものであり、特許法は、権利者のことのみを考えて規定されているのではなく、パブリック・インタレストとの調和の上に成り立っているものであること、特許法六九条一項は、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない」と規定するが、この規定は発明の奨励のための試験や研究の自由を保障する規定であり、試験、研究に該当する行為であれば、その試験、研究において、特許発明を利用することは自由であることを宣明したものと解されること、その「試験、研究」の意味は、国語的意味により解釈されるべきことを主張する。

また、被控訴人マルコ製薬は、同法六九条一項については、その趣旨が技術の進歩に有用な試験又は研究を特許権の効力の範囲外とすることで産業の発達に寄与せしめる点にあることを承認しつつ、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」という特許法の目的からすれば特許権も産業政策上の見地から制限され得ること、特許権は他分野の法制と整合、調和して存在すべきであること、といった公益的な見地からの解釈が必要であり、薬事法制との調整の観点から「試験又は研究」の意味を広く解釈するのが妥当である旨主張する。

(2) しかし、まず、業として行われる特許発明の実施に該当する行為が、外形的に「試験又は研究」の形態をとっていれば、すべて同法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当すると解することは相当ではない。なぜなら、特許法は、特許発明の業としての実施を、原則として特許権者の独占的権利とし、その例外として同法六九条一項を規定しているのであって、このような例外を定めた規定をもって、外形的に「試験、研究」の国語的意味に該当する実施行為があれば、これを許容すべき実質的理由の如何を問わず、一律に特許権の効力を否定する趣旨の規定である、と解することはできないからである。

次に、技術の進歩をもたらすような性質を有しない実施行為に公益性がある場合、同法六九条一項に該当すると解し得るか否かという問題については、まず、既存の特許発明につき公益的目的からその有効性や安全性を審査するためになされる実施は、それが業として、すなわち私的経済活動の一環として実施されるものでないかぎり、特許法の禁止するところではない。問題となるのは、特許権者の経済的利益を害し得るような業としての実施が、同時に公益にかなう性質を有する場合である。しかし、このような場合について、特許法は、同法九三条により、一定の要件と手続のもとで、特許権者の利益と公益との間の利害を調整しているのであって、特許発明の実施が同法九三条の要件等に該当しない場合であっても、なお、同法六九条一項により特許権の効力が制限されると解するのは相当ではない。なぜなら、同法六九条一項は、文理上、特許権の効力が制限される場合の公益性の強さの程度や制限する際の手続等、特許権者の利益と公益との間の利害の調整に関し全く言及しておらず、同法九三条の文理と対比すると、同法六九条一項が公益を考慮して特許権の効力を制限する趣旨を有すると解することは困難であり、また、実質的にみても、同法九三条の要件に該当しないが一定程度公益性を有する業としての実施行為は多々想定し得るところ、そのような公益性を有する行為のうち、外形的に「試験又は研究」の形態をとっている行為のみを取り上げて殊更特許権の効力を制限すべき合理的根拠を見出し難いからである。なお、特許法上、一定の公益との関係で特許権の効力を制限する際には、同法六九条二項一号、三項のように、保護しようとする公益の種類を限定した具体的な条項が定められているのに対し、同法六九条一項では保護しようとする公益の種類の限定がなされておらず、この点からみても、同条項が公益を考慮する趣旨を有するとは認め難いところである。

(3) したがって、被控訴人らの主張はいずれも採用できない。結局、前記(原判示)のとおり、同法六九条一項は、特許権者の経済的利益を害し得る特許発明の実施であっても、産業政策上の見地から例外的に許容される場合があることを前提として設けられた規定であって、外形的に「試験又は研究」の形態をとっている行為のうち、技術の進歩をもたらす性質を有する業としての実施行為(技術を進歩させることを目的とする行為のほか、特許発明が真に実施可能であるか、新規性、進歩性を有しているかを確認する行為等を含む。)が、同条項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものと解すべきである。」

二  原判決二五頁一〇行目の次に行を改めて次のとおり付加する。

「これに対し、被控訴人マルコ製薬は、試験又は研究の性質上、試験又は研究を行った結果、予想外のデータを獲得して新たな技術革新が生まれたり、より効率的・安価な製造方法に関する発明が得られたりすることもあるから、医薬品製造承認取得のための各種試験が技術の進歩を目的としたものでないなどとは到底言えないこと、また、例えば生物学的同等性試験は医薬品としての有効性、安全性を確保するための試験という意味で技術的進歩に貢献していることを主張する。しかし、本件の加速試験及び生物学的同等性試験が、甲特許権及び乙特許権に関し、これまで公表されていない新たなデータを得るように工夫してなされたものであること、あるいは、より効率的・安価な製造方法を見出せるように工夫してなされたものであることを、証拠上認めることはできない。そして、およそ発明特許の製造、使用が行われれば、偶発的ながら、予期せぬ技術の進歩が生じる場合があり得るものとみられるが、右主張は、そのようなレベルの技術的進歩の可能性を指摘するものにすぎず、その程度の技術的進歩の可能性のある実施行為であっても同法六九条一項の「試験又は研究」に該当すると解することは、実質的に同条項を限定的に解釈しないのと等しい解釈となるのであって、当裁判所の採用するところではない。また、右(原判示)のとおり、本件の生物学的同等性試験は、控訴人の前記医薬品に対する新たな改良点を含まない後発品を健康人に投与して血中濃度を測定する方法で行う試験であって、このような内容の試験を経て後発品の有効性や安全性が確保されたとしても、これにより特許発明の技術的進歩がもたらされるという因果の関係が存するとはみられない。有効性や安全性の問題は、実施行為の公益性の問題として考察すべきである。」

三  原判決二六頁二行目から二九頁三行目までを次のとおり改める。

「4 ところで、被控訴人らは、本件製造使用の性質について、これが、将来医薬品が投与される多数の患者の安全性を担保するという、極めて公益性の高い行為である旨を強調する。しかし、前記のとおり、特許法六九条の「試験又は研究」は公益性を考慮して解釈すべきではないと解されるところ、この点は措くとしても、本件において、本件製造使用行為自体は患者の安全性を確保するという高度の公益性を有すると認められるが、本件製造使用を甲特許権及び乙特許権の存続期間中にあえて行うことが公益上特に必要であると認めるに足りる証拠は全く存しないから、右特許権存続期間中に本件製造使用を行うことが当然に高度の公益性を伴うとみることはできないというべきである。したがって、被控訴人らの右主張を考慮しても、右(原判示)の判断は左右されない。」

四  原判決二九頁四行目冒頭の「6」を「5」と改め、三二頁五行目から一〇行目までを次のとおり改める。

「(三) ところで、前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、本件製造使用は、医薬品製造承認申請に必要な資料を得るための加速試験及び生物学的同等性試験に使用する目的でなされ、その製造量は各被控訴人につき錠剤が三〇〇〇錠、シロップ五〇〇ミリリットルが一五検体程度であって少量であり、その際、被控訴人らは、専ら本件特許権の存続期間満了後における後発品の製造・販売を企図していたものと推認され、現に本件製造使用にかかる製造品を販売したり、後発品を特許期間中に販売し又は販売目的で備蓄したものではなかったと認められる。そうすると、本件製造使用は、それ自体としては、控訴人の前記医薬品との間でおよそ市場競合が生じるものではなく、控訴人による本件特許の特許期間内における独占的実施の障害となるものではなく、また、右実施に基づく控訴人の特許期間内における収益を減少させない性質のものであったと認められる。そうしてこのことと、医薬品製造承認申請にあたり薬事法上必要な資料を収集するために少量が用いられたという行為の目的、行為態様等を併せ考慮すると、本件製造使用は実質的に違法性を有しない行為であったと判断するのが相当である。

これに対し、控訴人は、本件製造使用は故意の特許侵害行為であり、後発医薬品メーカーの早期の市場参入の利益は如何なる法令でも保護されるべき利益ではなく、特許期間経過後に独占的地位が継続することを例外なく一切認めないと解する必然性はないことなどから、被控訴人らによる権利侵害が生じ、少なくとも実施料相当額は損害をこうむるにもかかわらず実質的違法がないなどとは言えないと主張する。

しかしながら、特許権侵害の際、実施料相当額を損害として請求できる旨の特許法一〇二条二項は、現実に生じた損害の補填を目的とする損害賠償制度の趣旨に照らすと、本件のようにおよそ市場競合が生じず、したがって実施料相当額の得べかりし利益の損害が現実には発生し得ないような性質の少量の実施についてまでも損害賠償を肯定する趣旨と解することはできない。また、特許期間経過により特許権は消滅し、特許権者の独占的地位は法的保護を受けないものとなるのが原則であるところ、控訴人の指摘する事実を考慮しても、本件において控訴人の前記特許権が例外的に特許期間経過後も保護を受けるべき十分な根拠があるとは認められないというべきであり、本件製造使用後、特許期間が満了してから製造販売行為があったとしても、消滅前の特許権を侵害する結果が生じたとはいえない。したがって、控訴人の主張は採用できない。

(四) 以上によると、本件製造使用は、特許発明の実施には該当するものの、実質的違法性を欠き、控訴人に対する特許権侵害に基づく各請求を根拠づけるものではないということになる。」

五  原判決三三頁四行目「前記一の5のとおり、」とあるのを削除する。

六  原判決三四頁一行目から三七頁八行目までを次のとおり改める。

「 右のとおり、本件製造使用は、実質的違法性を欠くから、控訴人の被控訴人らに対する製造使用及び前記(原判決)第二の一の5の製造、販売に基づく損害賠償請求はじ余の点の判断をするまでもなく理由がない。」

第五  結論

よって、控訴人の各請求(当審における拡張請求を含む。)は理由がないから、控訴人の本件控訴はいずれも棄却すべく、又各附帯控訴に基づき原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取り消すこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日 平成一〇年九月二九日)

(裁判長裁判官 笹本淳子 裁判官 丹羽日出夫 裁判官 戸田久)

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