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名古屋高等裁判所 平成9年(ネ)9号 判決 1997年10月30日

控訴人(原告) a機器株式会社

破産管財人 X

被控訴人(被告) 株式会社百五銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 岡力

被控訴人補助参加人 株式会社東海銀行

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 楠田尭爾

同 加藤知明

同 田中穰

同 魚住直人

主文

一  原判決を次のように変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一三二五万七一四〇円及びこれに対する平成七年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその他の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審ともこれを二〇分し、その一七を被控訴人の負担、その他を控訴人の負担とし、補助参加によって生じた費用は第一、二審ともこれを二〇分し、その一七を補助参加人の負担、その他を控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、一五三五万円及びこれに対する平成七年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用(補助参加によって生じた分を含む。)は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

以下のように、原判決を訂正し、当審における控訴人、被控訴人及び補助参加人の各主張を付加するほか、原判決の事実摘示(原判決「事実及び理由」欄第二)のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

原判決六頁七行目「前記の振込委任の本旨」を「右当座預金取引の本旨」に改める。

(当審における控訴人の主張)

一  原判決は、控訴人が本件預金に係る組戻しの無効を主張するのは信義則に反すると判断したが、次のとおり不当である。

1 本件では、破産者は、自らが関与しないところで、一方的にその固有の財産権を侵害されたのに、信義則上普通預金契約の解約の無効を主張できないという立論は不可解である。

2 破産者は、本件の組戻しについて何の関与もしていない。したがって、原判決が、「組戻しの意向の存在」を疑うべき状況になかったと判断するのは、明らかにおかしい。また原判決は、送金の合理性がなかったとするが、送金の必要性は様々であって、そのように断定するのはこれまた不当である。

3 原判決は、被控訴人ら銀行側の真剣な努力に対し、破産者が格別の対応をせずに無視していたとしている。しかし、そのような判断は、破産者に不可能を強いるものである。補助参加人や被控訴人に、破産者の過誤による不渡り発生を回避させる誠実義務があるとしても、「当座預金不足」の連絡措置にとどめるべきものであって、それ以上に事情を深く詮索し、事情を開示させ、もし事情を開示しないときには一方的に預金解約や口座振替をして手形決済する権限まで与えられるものではない。

4 原判決は、被控訴人や補助参加人において、破産者が「資金操作の過誤を犯している」と推定したことはやむを得ないとする。しかし、被控訴人や補助参加人の判断(過誤であるとの思いこみ)は、「口座に手形決済できる預金があった」との単なる数字上のことからの一方的な判断に過ぎず、このような判断が「やむを得ない」とされる客観的な事情とは到底いえない。

5 Cは、組戻し等に承諾したと受けとめられる受け答えをしたことはない。

二  補助参加人の主張に対する反論

1 補助参加人の主張三(破産の密行性)について

不渡りが発生したとの事実は、手形交換日の夕刻ないしは翌日に持帰り銀行ないし持出し銀行にて明らかになるのが通常である。

殊に、当地方で広い店舗網と顧客を有する補助参加人に最も早く倒産の事実が了知されることは、倒産の事後措置をとる者にとっては一番回避すべきことである。

2 補助参加人の主張四(Cの了解)について

銀行の無責任さやいい加減さ、関係者の自己保身傾向の強さは、今日では常識に属する。本件は、補助参加人関係者の自己中心的なものの考え方と自己保身を第一とした対応の結果発生した典型的な違法行為である。

(当審における被控訴人の主張)

一  破産手続の密行性について(従来の主張に対する付加主張)

不渡りの事実は、交換日当日の夕刻には判明し、現に破産者は当日不渡りを出しているから、本件においてはもはや秘密にしなければならない理由はない。

二  被控訴人や補助参加人は、本件預金が、控訴人主張のように、破産財団組成の目的のために資金移動されたとは全く知り得ない状況にあったのであり、補助参加人が破産者の資金管理ミスと判断していることは、破産者の幹部社員にも了知されていたのである。

破産者の行為は、当座取引上の委任の趣旨に反する著しい背信行為であったというべきであり、控訴人が組戻しの無効を主張するのは、信義則に反する。

(当審における補助参加人の主張)

一  補助参加人において、破産者が「資金操作の過誤を犯している」と推定したことの合理性について

破産者は、店頭公開の日本データー機器株式会社の子会社であり、補助参加人上前津支店として、破産者が倒産するとは考えられず、かつ、破産者の業況や資金繰りを詳細に把握する立場になかった。したがって、破産者が倒産する前兆が全くなかった状況で、被控訴人の口座に手形決済できるだけの資金が余っているにもかかわらず、直ちに倒産につながる不渡りを出すことは、余りにも不自然であり、補助参加人が被控訴人への送金をもって「資金操作の過誤を犯している」と推定したことはごく当然のことである。

二  当座預金取引における補助参加人の善管注意義務について

一般に銀行が顧客の具体的な資金繰りに深く関心を持ち、アドバイスをすることは、現在の取引慣行として日常茶飯事のように行われ、日本の中小企業は、このような銀行の関与に支えられている。

補助参加人は、不渡りを回避すべく、再三に亘り破産者と連絡をとり、最終的には、責任者ではないとはいえ経理係であるCから、組戻しを承諾する旨の言葉を聞いた。そうなると、補助参加人としてはこれを無視する訳にはいかない。

三  破産の密行性について

破産者は、他行口座で同日に不渡りを出しており、補助参加人が破産者と頻繁に連絡をとっていた午後三時過ぎにはこの不渡りは他行では明確になっていたから、破産手続の密行性を維持する必要性は既になくなっていた。

したがって、補助参加人が当座預金取引に基づく善管注意義務を誠実に履行すべく、破産者の倒産という最大の危機を回避させようと必死の努力をしていたときに、D及びEが「不渡りにしてほしい」との一言を明確に伝えなかったことは、取引の信義に著しく反する不作為であるというべきである。

四  Cが、組戻し等に承諾したと受けとめられる受け答えをしたことについて

一般に銀行員は、物事に慎重であり、相手方の何らかの承諾もなく手続を実行することはない。特に本件においては、組戻しの実行は補助参加人の利益につながるものではなく、相手方の承諾がないままの資金移動という危険を敢えて行う筈はない。

Cにとって、不渡りは会社の倒産に直結することは理解していたのであるから、繰り返しかかってくる補助参加人からの切迫した様子の電話に対し、「はい、分かりました。お願いします。」という、組戻しに承諾したと受けとめられる受け答えをして、この切迫した状況から逃れようとしたことは十分に推認される。

第三証拠関係

本件記録中の原審における証拠に関する目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者間に争いのない事実及び当裁判所が本訴請求の当否を判断する前提として認定する事実は、次のように加除、訂正するほか、原判決がその「事実及び理由」欄第三の一、二において認定説示するところと同一であるから、これを引用する。

1  原判決一四頁九、一〇行目「平成七年一月末ころ」を「、平成七年一月三〇日、数日前から相談していたF弁護士と打ち合わせた上、」に改め、同一〇行目「決定した。」の下に「その際Gは、F弁護士から、従業員に支払うべき退職金や給料の原資を確保するため、従来取引のない銀行に口座を開設して、その口座に資金を集めること、破産申立てに必要な経理書類を整理することなどの指示を受けた。」を加え、同行「そして」を「そこで同日」に、同一四頁末行「経理部」を「経理や総務の仕事を担当していた経理総務部」に、同一五頁初行「この意向」を「会社が破産手続に入る意向及びF弁護士からの指示事項」にそれぞれ改める。

2  同一五頁五行目「五八〇〇万円余」を「五八五七万円余」に改め、同六行目「行っていた。」の下に「なお、Gは、同月三一日が支払期日の手形(三通。手形金合計一一七九万三六八九円)の扱いについては、自らは不渡りとするのもやむなしとの判断をしていたが、Dらに対しその旨明示的な指示はしなかった。しかし、Dらは、当然三一日が支払期日の手形は不渡りとする前提で、手続を進めた。」を加え、同七行目「破産者の」から同末行末尾までを「Gは、破産に際しての債権者の取立てその他の混乱を避けるため、できるだけ内密に破産の手続を進めるよう企図し、一月三〇日の段階で破産者が間もなく破産手続に入ることを知らされたのは、前記D及びEのほかは、営業の責任者一名だけであった。破産準備の作業は、Gの意を受けて内密に進められ、D係長及びE主任の下で経理総務関係の仕事に従事していたC(経理総務部はこの三人で構成されていた。)やその他の従業員には、同年二月一日の朝礼までその事情は秘匿されていた。そして、補助参加人や被控訴人を含む部外者にも、この事情は秘匿されていた。」に改める。

3  同一五頁末行の次に改行して次の説示を加える。

「2 このような破産準備の一環として、一月三〇日、補助参加人における破産者名義の普通預金口座に六件三三四〇万円の破産者の資金が集められ、同日、これと従来の残高とを合わせた中から三五六〇万円が同口座から払い戻され、被控訴人における本件口座に振込送金された。その結果、補助参加人における右普通預金口座の残高は、八一万九八九一円となった。翌日の三一日にも、四件合計一五三五万円の自己資金が補助参加人における右普通預金口座に集められ、後記のように、午後二時五〇分ころに一五三五万円が払い戻される直前では、残高は一五三九万七三九一円となっていた。

他方、被控訴人における本件口座には、口座が開設された三〇日だけで、五二〇七万円の資金が集められた。そして、三一日にさらに資金が集められ、残高が六六六二万円になった段階で、同口座の資金により八〇四万円余の多数の各種支払がされ、一五三五万円が補助参加人から振込送金される直前の段階では、残高は前記のとおり五八五七万円余となっていた。」

4  同一六頁初行「2」を「3」に、同行「補助参加人」を「補助参加人上前津支店(以下単に「補助参加人」という。)」にそれぞれ改め、同二行目「当座預金残高が」の下に「一〇〇万円余で、破産者からあらかじめ振込依頼がされていた七一万九五六〇円(丙四参照)をも考慮すると、一一五一万円程が」を加える。

5  同一六頁九行目の次に改行して次の説示を加える。

「Cは、一年程前から破産者に勤務していた当時二六歳の女性で、前記のとおり、経理総務課に所属していたが、同人が自ら判断して行う仕事はなく、DやEの指示で機械的な事務に従事していた。また、同人には経理の知識、経験はなく、当時の破産者の資金繰り等の経理内容は、全く理解も把握もしていなかった。当時破産者にかかってくる電話は、大半が同人が電話に出た上取り次いでいたが、Cは、前記のとおり、一月三〇日に、Dから、電話は取り次がないようにとの指示を受けていたものであった。」

6  同一七頁三行目「返答した。」の下に「Hは、午後二時ころ同人が最初に破産者に電話した際に、電話口に出た人物がCという名前であることを確認した。そして、その際のやりとりから、Cが経理担当者ないし経理責任者ではないことを認識した。」を加え、同頁四行目「3」を「4」に、同行「同日」から六行目「なされた。」までを「同日(三一日)午後二時五二分ころ、経理担当者であるEが、補助参加人に赴き、前記普通預金口座から一五三五万円を払い戻す手続を行い(補助参加人に対する届出印を押捺した預金払戻請求書が提出された。)、さらに同金額を被控訴人の本件口座に振り込む手続をとった。これにより、午後三時ころ、一五三五万円が被控訴人の本件口座に振込送金され、本件預金がされた。」にそれぞれ改める。

7  同一八頁初行、二行目「確認したり」から四行目「続けた。」までを「確認し、Hは、破産者が資金操作を間違えたに違いないと判断した。そこで、Hは、上司のI事務統括次長に相談し、振込みの組戻しができるかどうか破産者と折衝するよう指示を受け、被控訴人(上前津支店)に電話して、応対に出た担当者(なお、応対に出た被控訴人の担当者が誰であったのかは、被控訴人のJと補助参加人のHとで言い分が異なる。)に対し、破産者の経理責任者と連絡が取れないが、不渡りにする訳にもいかないので、破産者に連絡を取って送金された一五三五万円の資金を返却してほしい旨申し入れた。被控訴人の担当者は、手形決済等に必要な資金ではないが、勝手に資金返却できないので、破産者の了解を得てから返却する旨回答した。被控訴人担当者は、補助参加人から申入れのあった一五三五万円の組戻しについて、破産者の経理担当者の承諾を得るべく、破産者に電話連絡をとったが、補助参加人と同様、経理担当者と接触することはできなかった。」に改める。

8  同一八頁五行目から末行までを次のように改める。

「5 Hは、同日午後三時五〇分ころ破産者に電話し、応対に出たCに対し、経理担当者が帰社しているかどうか尋ねたが、Cはそれまでと同じような返事をした。

なお、これまで補助参加人からかかってくる電話にはすべてCが出ており、Hからの最初の電話でのやりとりや、その後のやりとりから、Hは、Cが経理担当者ではないことを十分承知していた。」

9  同一九頁初行から同八行目までを次のように改める。

「6 Hは、この時の電話で、Cから、補助参加人から被控訴人に振込送金された資金の組戻しについて承諾を得たとして、その直後の午後四時ころ、被控訴人に電話を入れ、破産者の承諾が得られたので組戻しをしてほしい旨申し入れた。そして、午後四時二分、補助参加人は、被控訴人に対し、一五三五万円の組戻しの依頼電文を発信した。

被控訴人は、補助参加人が破産者の承諾を得たとの連絡を受けたので、それ以上直接には破産者の承諾を得ないまま、組戻しに応じることにし、午後四時一一分ころ、被控訴人から補助参加人の仮受口に組戻金一五三五万円が入金された。」

10  同一九頁九行目から同二〇頁九行目までを次のように改める。

「7 補助参加人のI事務統括次長は、午後四時一〇分ころ破産者に電話した。電話にはCが出たが、余りにも頻繁に補助参加人から電話がかかってくることに辟易したCは、他部署の従業員であるKを名乗って電話口に出て応対した。Iは、Kを名乗ったCに対し、経理責任者か社長に大至急連絡を取るよう求めるなどし、Cも、「はい分かりました。責任者に連絡取れるように努力します。」などと答えた。

Iは、午後四時三〇分ころにも破産者に電話した。この時も、CがKを名乗って電話口に出たので、責任者に連絡が取れたかどうか確認したところ、連絡が取れないということであった。Iは、この際のやりとりの中で、Kから資金の当座預金に振り替える承諾を得たとして、Lに対し資金に当座預金への振替えを指示し、補助参加人は、同日午後四時四六分ころ一五三五万円を破産者の普通預金口座に振り替え、さらに午後五時一六分ころ、この中から手形決済に必要な一一五一万円を破産者の当座預金に振り替え、破産者振出しの手形三通はいずれも決済された。」

11  同二〇頁一〇行目「7」を「8」に改め、同二一頁初行「、本件預金の組戻しを勧め」を削り、同五、六行目「そして」から八行目「対応をしていた。」を「Cは、DやEから、電話は取り次がないように言われていたが、重要なことは取り次ぐべきであると考え、補助参加人から手形の不渡りの話が出た時などには、Eにその旨伝えた。しかし、Eは、軽く聞き流すだけで、特に指示を出すことはなかった。」に改める。

二  被控訴人の抗弁1及び補助参加人の抗弁1について

1  被控訴人の抗弁1について

当裁判所も、被控訴人の右主張は理由がないものと判断する。その理由は、原判決が二三頁初行から九行目までにおいて説示するところと同一であるから、これを引用する。

2  補助参加人の抗弁1について

補助参加人は、本件のように手形不渡りによる倒産の危険が切迫していた緊急事態のもとにおいては、Cのような経理担当社員にも組戻しの承諾権限を認めるべきであると主張する。しかし、このような法律行為をする権限は、当該財産の帰属主体である破産者から付与されるものであり、補助参加人が主張するような緊急事態によって発生するものではないから、同主張は独自の見解であって採用することができない。

次に補助参加人は、経理担当者であるDやEが、補助参加人から再三に亘って問合せの電話が入っていることを承知しながら、これを黙殺して、その対応をCに任せていたから、Cは黙示的に組戻しの承諾権限を与えられていたと主張する。しかして、前記一に認定した事実によれば、Dらは、補助参加人から電話が再三あったことを知りながらこれを黙殺したものと評することができるが、それは、破産の準備を内密に速やかに遂行するためのものであったと認めるのが相当であるから、Dらが補助参加人の電話を黙殺したことは、Cに対し資金管理の重要な一内容である組戻しについて黙示的にでも承諾権限を与えたことを意味するものではないというべきである。この点に関する補助参加人の主張は理由がない。

三  被控訴人の抗弁2について

被控訴人は、被控訴人への資金移動が破産者の資金管理の過誤と推察できる状況であったことや、当時の破産者の対応から考えて、補助参加人が資金の取戻しをして手形不渡りを回避したことは、補助参加人と破産者との当座預金取引契約の本旨に反しないと主張するので、以下判断する。

1  まず、前示のように、一月三一日の段階では、補助参加人における当座預金口座は、当日が支払期日となっていた手形との関係で一一五一万円程が資金不足になっていたこと、破産者においては以前から、あらかじめ振込依頼されていた資金が口座に不足していることが何度もあり、その都度Hらが破産者に請求すると、親会社から振込当日の午後三時までに送金されるということがあったこと、他方、同日午後二時五二分ころには補助参加人における普通預金口座から一五三五万円が払い戻され被控訴人における本件口座に振込送金されたこと、被控訴人における本件口座をみる限り、送金された資金が他の手形決済に充てられるような状況にはなかったこと等の事実が認められるから、その限りでは、補助参加人において、一五三五万円の本件口座への振込送金は資金管理の過誤ではないかと疑ったのも理解できないではないということができる。

しかし、反面、証拠(丙一八、原審証人C、同H)と弁論の全趣旨によれば、本件の以前にあったという資金不足は、振込資金の不足であり、本件のような一〇〇〇万円を超える手形決済資金の不足ではなかったことが認められる上、前示のように、一五三五万円が被控訴人における本件口座に振込送金される前に、午後一時四五分以降たびたび補助参加人から破産者に対し、決済資金の不足を連絡したにもかかわらず、いつものようにその資金が補充されなかったばかりか、午後二時五二分ころ、普通預金にあった一五三五万円が、経理担当者により正規の手続により払い戻され、被控訴人の本件口座に振込送金されたこと、他方、補助参加人における破産者普通預金口座には、三〇日には六件合計三三四〇万円、三一日には四件一五三五万円の自己資金が集められ、二日間ともそのほとんどが、被控訴人における本件口座に振込送金されていることなどの事情が認められるから、これらの事情は、右の一五三五万円の資金移動を資金管理の過誤と考えるについて妨げとなる事情であるということができる。

もともと、資金の管理は、当該事業者が自らの営業状況、資金の状況等を総合勘案して、その事業者の計算と判断において行うものであるから、補助参加人のように口座取引を通じてその一面しか認識し得ない金融機関が、当該事業者の一定の資金操作を資金管理の過誤と判断するについては、過誤でないかとの問合せをすることの前提としてならともかく、当該事業者における権限ある者の同意なく資金の組戻しを行うことの前提としては、慎重でなければならないものというべきである。しかるに、補助参加人は、前記のような事情だけで、反対事情について思いを致すことなく、一五三五万円の資金移動は資金管理の過誤である旨思い込んでしまったものと認めるのが相当である(ちなみに、丙一八の陳述書において、Hは「資金繰りを間違えたに違いないと思いました。」と供述している(丙一八の二枚目裏三、四行目)。)。

したがって、被控訴人への資金移動が破産者の資金管理の過誤と推察できる状況であったとはにわかにいうことができない。

2  次に、補助参加人からの電話に対する破産者の対応について検討する。

(一)  補助参加人は、破産者の従業員であるCが本件の組戻しを了解し、さらに他の従業員が当座預金への振替えを了解したと主張するところ、丙一八、丙一九、原審証人H及び同Iの各証言は、この主張に沿う証拠である。

しかし、前示のとおり、Cは機械的な事務に従事していた事務員であり、経理の知識も経験もなかったこと、そして、経理に関し判断権限は与えられていなかったこと、同人は当時の支払手形や資金の状況等を全く知らなかったことが認められる上、同人の原審証言をみると、破産者の資金繰りを巡る当時の客観的な状況はもとより、補助参加人担当者からの電話の意味内容もほとんどと言ってよいほど理解できていなかったものと認められる。

また、電話による受け答えは、必ずしも十分意思疎通が図れないことがあり得るし(たとえば、前示のとおり、電話連絡に慣れているはずの金融機関同士でありながら、被控訴人と補助参加人とで、補助参加人と電話で応対した被控訴人担当者が誰であったのかは一致しない。)、証拠(原審証人C、同H及び同I)と弁論の全趣旨によれば、補助参加人は、一五三五万円の資金移動は資金管理の過誤に違いないと思い込んでおり、補助参加人からの電話は相当強い口調で切迫したものであったものと認められる。

これらの事情を併せ考えると、度重なる切迫した強い口調の電話に辟易したCが、補助参加人からの電話に対しおざなりな対応をし、その中で、組戻し等を承諾したと受け取られかねない発言をした可能性は全くは否定できないが、他方では、Cが組戻しや口座振替に承諾できるような態勢であったとは到底いえず、補助参加人の担当者の側も焦った心理状況にあったものと推認されるから(ちなみに、補助参加人が当時作成した払戻請求書(便宜扱用)(丙一二)には、一一五一万円の普通預金からの払戻しは、破産者の「M」の依頼による旨、事実に反する記載がされ、相当混乱した状況であったことを窺わせる。)、仮に、補助参加人のHらにおいてCが組戻し等について承諾したと感じ取ったものとしても、Cが真に承諾の意思表示をしたとすることには、なお大きな疑問を容れざるを得ない。

さらに、証拠(原審証人H、同I)によれば、HもIも、電話の相手が経理担当者ではなく、組戻しや当座預金口座への振替えに承諾する権限を有していないことを十分知っていたものと認められる。

(二)  したがって、右のような事情を考慮すると、補助参加人からの電話に対する破産者の対応をもって、被控訴人の前記主張を強く根拠づける事情とすることはできない。

3  そこで、以上を総合すると、もともと一五三五万円の資金移動は、破産者が自らの意思で適式な手続を踏んで行ったものであり、かつ、破産者の資金管理は破産者自身の権限と責任においてされるべきものであるから、権限を有する経理責任者の承諾がないのに、右一五三五万円を組み戻して手形決済資金に充てることは、特段の事情のない限り、当座預金契約の本旨に従ったものということはできない。

しかるところ、前示のとおり、当時の状況下において一五三五万円の資金移動が資金管理の過誤であると断定することはなお早計であり、また、Cが補助参加人に対し組戻し等を承諾したとすることには大きな疑問があり、また、電話で対応した者が権限を有する経理責任者ないし経理担当者でないことは補助参加人は十分分かっていたのであるから、本件においては右の特段の事情はなく、結局、一五三五万円を組み戻して手形決済資金に充てることが当座預金契約の本旨に従ったものということはできない。

四  補助参加人の抗弁2について

補助参加人は、控訴人が右組戻し等の無効を主張することは、当座預金取引における信義誠実の原則に反すると主張し、被控訴人も同主張を援用するので、以下において判断する。

1  まず、補助参加人は、破産者との当座預金取引契約に基づく善管注意義務を果たすため、破産者にとって致命的な手形不渡りを回避すべく、破産者の経理責任者との連絡について最大限の努力を尽くし、経理事務担当者のCの了解を得たことを、前提の事情の一つとして主張する。

確かに、補助参加人が、金融機関として取引先の手形不渡りを回避するため、資金不足となっていることを破産者に連絡したことは、当座預金契約における善管注意義務の趣旨に沿った行動であると評価することができる。しかし、前示のとおり、一五三五万円の資金移動が破産者の資金管理の過誤であると断定的に判断した点は、なお早計であるとのそしりを免れないというべきである。

また、前示のとおり、Cが組戻し等を承諾したとすることには大きな疑問を容れる余地があるし(なお、原審証人Jの証言中には、組戻し手続後に被控訴人において組戻しについてCの承諾を得た旨の部分があるが、同部分に関する証言は、あいまいな伝聞証言で、信憑性に疑問があり、また、前記三の2の説示及び原審証人Cの証言に照らしても、採用できない。)、仮にその点を措くとしても、同人には資金繰りを判断する権限はなく、そのことを補助参加人は十分承知していたのであるから、Cの応対を、信義則の適用上重視することはできない。

2  次に、補助参加人は、破産者のD係長らの経理責任者が、補助参加人の警告を無視して、居留守を決め込んで放置したことを、信義則違反の前提事情として主張する。

しかし、前示のように、Dらが電話での補助参加人の問合せに応対しなかったのは、破産ないし手形不渡りの情報が流れることによる混乱を避けるため、できるだけ内密に破産の準備を進めようとしたことによるものと認められ、そのような判断ないし対応は、倒産必至の緊急事態に直面した企業担当者がとる選択肢の一つとして不合理でないものということができる。この点について被控訴人は、手形不渡りの事実は交換日当日の夕刻には判明するから、その段階においてはもはや秘密にしなければならない理由はないと主張する(当審における被控訴人の主張一)。しかし、混乱回避のためには、手形不渡り等の情報が関係者に流れるのはできる限り遅く、かつ、できる限り狭い範囲であることが好ましいことは言うまでもないから、被控訴人の主張は採用できない。

したがって、この点も、信義則の適用上重視することは相当ではない。

3  本件において、控訴人において本件の組戻し等が無効であることを信義則上主張し得ないとした場合には、右組戻し及び当座預金への振替えが権限ある者によって有効に行われたと同一の結果を招来するから、本件においても、組戻し等の無効を主張することが信義則違反であるとするためには、それらが有効であることと同一の結果となることが是認されるような事情がなければならないというものというべきである。

しかるに、補助参加人が主張するところは、いずれも右にみたように、信義則の適用上いずれも重視することは相当ではないというべきである。

なお、補助参加人は、銀行が顧客の具体的な資金繰りに深く関心を持ち、アドバイスをすることは現在の取引慣行として日常茶飯事のように行われているとして、銀行の役割を強調する(当審における補助参加人の主張二)。しかし、当該当座預金口座の資金不足の有無に注意を払い、資金が不足しているときにその旨注意を喚起するような口座管理と、本件のように、本人により他の銀行の口座に振込送金された資金を組み戻して手形決済資金に充てるような資金管理とは、その性格が大きく異なるというべきである。すなわち、前者が単なる口座自体の管理に過ぎないのに対し、後者は、事業全体からみた企業の資金管理ないし資金繰りの問題に属するから、後者の点に関する情報を持たない補助参加人(この事実は、弁論の全趣旨により認められる。)が、企業全体の資金管理に関わる事柄に関与するのは、自ずから慎重である必要があるものというべきである。本件では、現に、補助参加人が本件の組戻しをしたことにより、補助参加人は破産者が主体的に行うべき企業全体としての資金管理を妨げた結果になったものと評するのが相当である。したがって、補助参加人が主張するような現在の取引慣行の点は、信義則の適用上補助参加人の行動を有利に考慮することはできない。

そして、他に、組戻しが有効であることと同一の結果となることを是認させるべき事情があることを認めるべき証拠はないから、補助参加人及び被控訴人の右主張は理由がないというべきである。

五  被控訴人の抗弁3について

前述したところによれば、被控訴人は、本件の組戻しが控訴人との関係で効力がないとされ、本件預金の払戻請求が認容されることにより、補助参加人に組み戻した一五三五万円について損害を被ったということができる。

しかして、右のとおり組み戻された一五三五万円は、前示のとおり、その後補助参加人における破産者の普通預金口座に振り替えられ、さらに、その中から一一五一万円が破産者の当座預金口座に振り替えられ、手形決済資金に使用されたものであるが、弁論の全趣旨によれば、控訴人は補助参加人から、組み戻された一五三五万円に関する分として、その後二〇九万二八六〇円の返戻を受けたことが認められる。

右の各事実によれば、右組戻しに係る一五三五万円のうちから二〇九万二八六〇円が控訴人に返戻されたものと社会通念上評価することができるから、被控訴人の損害(一五三五万円)により控訴人が受益(二〇九万二八六〇円)したものとして、右受益金は不当利得となるものと解するのが相当である。しかして、控訴人が返戻を受けた右二〇九万二八六〇円が現存利益に該当することは明らかであるが、それ以上に現存利益が存することについては、これを的確に肯認すべき証拠はないというほかはない。そして、被控訴人が本件預金について遅滞に陥った訴状送達の日の翌日である平成七年六月一五日には、既に右不当利得返還請求権は弁済期にあったといえるから、右両債権は右時点において相殺適状にあったというべきである。

よって、被控訴人の相殺の主張は、二〇九万二八六〇円との相殺を主張する限度で理由があるものというべきである。

六  結論

以上によれば、控訴人の本訴請求は、一五三五万円から二〇九万二八六〇円を差し引いた一三二五万七一四〇円とこれに対する被控訴人が遅滞に陥ったことが明らかな訴状送達の日の翌日である平成七年六月一五日以降の年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その他は理由がない。

よって、右の趣旨に従って原判決を変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野祐一 裁判官 岩田好二 山田貞夫)

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