名古屋高等裁判所 平成9年(行コ)11号 判決 1997年11月28日
控訴人
愛知県代表監査委員
加藤幸一
右訴訟代理人弁護士
高橋太郎
右指定代理人
秋田紘雄
外六名
被控訴人
新海聡
右訴訟代理人弁護士
井口浩治
同
海道宏実
同
佐久間信司
同
杉浦龍至
同
杉浦英樹
同
滝田誠一
同
竹内浩史
同
西野昭雄
同
平井宏和
同
森田茂
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
(本案前の裁判)
1 原判決を取り消す。
2 本件訴えを却下する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
(本案の裁判)
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
(本案の裁判)
主文と同旨
第二 事案の概要
当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の記載を引用する。
一 原判決一六頁一三行目と一七頁一行目の間に次のとおり付加する。
「(本案前の主張)
1 本件条例(昭和六一年三月二六日愛知県条例第二号)は、「この条例は、県民の公文書の公開を請求する権利を明らかにするとともに、公文書の公開に関し必要な事項を定めることにより、開かれた県政を推進し、もって県政に対する県民の理解を深め、県民と県との信頼関係を増進することを目的とする。」(一条)と規定し、県政情報の公開により、県民が県政の内容をよく知ることができ、県民の県政に対する理解がより一層深まることを期待し、また、県民と県との情報の流れを良くすることにより、相互のつながりが強くなり、相互理解が深まることを期待しているものである。
2 本件公文書(平成七年度の他の自治体からの監査委員事務局への来庁に関する依頼書)は、他の地方公共団体が作成し、その記載されている情報も、他の地方公共団体が、当該地方公共団体の特定の職にある特定の職員をして、当該地方公共団体の監査事務の参考にするために愛知県の監査事務に関する調査を行う目的で、愛知県監査委員事務局を訪問させることを依頼したとの情報であるに過ぎないから、本件公文書に記載されている情報は、県民が県政に対して積極的参加をするために必要な県政に関する情報ではないし、右情報を公開することが「県政に対する県民の理解を深め、県民と県との信頼関係を増進すること」に寄与するものでなく、また、本件公文書に記載されている情報は、愛知県の県政を監視するために有益な情報でも県民の福祉を向上するために必要な情報でもなく、愛知県の県民にとって情報の開示を受ける利益が認められない情報である。
3 したがって、被控訴人には、本件公文書の公開を受ける利益が認められないから、本件処分の取消を求めるにつき法律上の利益(行政事件訴訟法九条)を有しない。
(本案の主張)」
二 同一八頁六行目の「ある」の次に「(愛知県公文書公開条例解釈運用基準)」を付加する。
三 同二〇頁一行目の「条例」の次に「(山梨県、大阪府、京都府、兵庫県)」を、三行目の「条例」の次に「(町田市)」を、四行目の「条例」の次に「(蒲原市)」を各付加する。
四 同二〇頁五行目の「していること」の次に「、本件条例六条一項二号と同様な規定を、最近、公務員の職務の遂行に係る情報に含まれる当該公務員の職及び氏名を、非公開とすることができる個人情報から除外する旨条例を改正した地方公共団体(佐賀県、福岡県、香川県)又は同旨の規定を置いた新条例を制定した地方公共団体(山口県)があることは、公務員の職務の遂行に係る情報に含まれる当該公務員の職及び氏名は当然に個人に関する情報であって、特定の個人が識別できるものに該当することを示すものであること、また、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律(昭和六三年一二月一六日法律第九五号)は、個人情報を「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述又は個人的に付された番号、記号その他の符号により当該個人を識別できるもの(当該情報のみでは識別できないが、他の情報と容易に照合することができ、それにより当該個人を識別できるものを含む。)をいう。ただし、法人その他の団体に関して記録された情報に含まれる当該法人その他の団体の役員に関する情報を除く。」と定義し(同法二条二号)、公務員に係る個人情報とそうでない者に係る個人情報とを区別しておらず、公務員に係る情報も個人情報に含まれることを当然の前提として、「行政機関の職員又は職員であった者に係る個人情報ファイルであって、専らその人事、給与若しくは福利厚生に関する事項又はこれに準ずる事項を記録するもの(行政機関が行う職員の採用試験に関する個人情報ファイルを含む。)」については、同法六条一項(「行政機関が個人情報ファイルを保有しようとするときは、当該行政機関の長は、あらかじめ、総務庁長官に対し、次の各号に掲げる事項を通知しなければならない。」)の適用がない(同法六条二項三号)と規定していること」を付加する。
五 同二一頁一二行目と一三行目の間に次のとおり付加する。
「(5) 仮に、公務に関する情報は、公務員個人に関する情報としての側面を有するものであっても、当該公務員が公務を遂行するにあたり、特に秘匿されていないものについては、本件条例六条一項二号によって保護される「個人に関する情報」には含まれないとしても、同号の規定の趣旨からすると、一般に、他の地方公共団体の監査事務の状況に関する調査には、監査事務の処理基準、処理方法等に関する事項が含まれているが、それらは、監査委員事務局における内規であり、監査を受ける機関がその内容を知ることになれば、円滑かつ公正な監査の遂行に支障が生じるので、調査元の地方公共団体内部においても、当該地方公共団体の他の部局にその内容を明らかにすることはないものであるし、また、一般的に、当該地方公共団体の監査委員事務局の特定の職員が、全国の都道府県のうちから、特に愛知県の監査委員事務局を選定して訪問するのは、愛知県の監査委員事務局が直近に行った監査事務を参考にして、その特定の職員が担当する監査事務を行うためであることが多いから、当該地方公共団体の監査委員事務局の特定の職員が、自己の担当する当該地方公共団体の監査事務の参考にするために愛知県の監査事務局を訪問することの依頼のあった事実が外部に明らかになれば、当該地方公共団体の監査委員事務局が、愛知県の監査委員事務局の直近に行った監査の対象のうちで、その特定の職員が担当する監査事務と重複するものについて監査する予定であること、そのための監査事務の処理基準、処理方法等の内容等が推知されることとなり、当該地方公共団体における監査事務の円滑かつ公正な遂行に支障が生じることもあり得るのだから、当該地方公共団体において、公務の遂行に当たり本件公文書は秘密にすべきものとして扱われていると解するのが相当である。」
六 同二二頁四行目と五行目の間に次のとおり付加する。
「本件公文書については、依頼者側は愛知県が公開することを念頭に置いてないものであるし、また前記(本判決)五主張の事実によれば、本件公文書を公開するときは、当該地方公共団体との協力関係、信頼関係が損なわれることが明らかである。」
七 同三八頁五行目と六行目の間に次のとおり付加する。
「(本案前の主張について)
争う。
(本案の主張について)」
第三 証拠
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
第四 当裁判所の判断
(本案前の主張について)
一 本件条例における公文書公開請求権の性質及び非公開情報の解釈について
本件条例(乙第一号証)の定める公文書公開請求権は、間接的には憲法二一条に基礎を置く知る権利に奉仕するものではあるが、知る権利はそれ自体としては抽象的な権利である上、憲法二一条の規定に基づいて直接具体的な請求権が発生するものではないから、右公文書公開請求権は、本件条例によって初めて認められた権利というべきである。
したがって、本件条例の解釈に当たっては、本件条例の目的(一条)並びに解釈及び運用の基本(三条)を前提として、その規定の文言の意味するところを合理的に解釈すべきであって、そのような解釈を超えて、非公開情報の範囲を特に限定して解釈すべきであるということはできない。
二 本件公開請求(本件公文書の公開請求)について
1 本件条例において「公文書」とは、実施機関である控訴人の職員が職務上取得した文書であって、決裁等の手続が終了し、控訴人が保管しているものをいう(二条一項二項)ところ、控訴人が保管している(当事者間に争いがない)本件公文書は平成七年度の他の自治体からの愛知県監査委員事務局の来庁に関する依頼書である(引用する原判決第二、一2及び3)から、本件条例にいう公文書であることが明らかである。
そして県内に住所を有する者は、実施機関たる控訴人に対し、公文書の公開を請求することができる(五条一号)のであるから、愛知県内に住所を有することにつき争いがない被控訴人には、本件公開請求をすることないし本件処分の取消を求めることにつき法律上の利益がないとは言えない。
2 控訴人は、本件公文書に記載されている情報は、県民が県政に対して積極的に参加をするために必要な県政に関する情報ではないし、右情報を公開することが「県政に対する県民の理解を深め、県民と県との信頼関係を増進すること」に寄与するものでなく、また、本件公文書に記載されている情報は、愛知県の県政を監視するために有益な情報でも県民の福祉を向上するために必要な情報でもなく、愛知県の県民にとって情報の開示を受ける利益が認められない情報であるから、被控訴人には、本件公文書の公開を受ける利益が認められず、本件処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有しない旨主張するところ、確かに他の地方公共団体の控訴人宛依頼文書の公開を求める被控訴人の本件公開請求が、愛知県に対する県民の理解を深め、県民と県との信頼関係を増進することになるか否か必ずしも明らかではないが、前記のとおり本件条例の定めによれば、本件処分の取消を求める訴の利益なしとすることはできない。ただし、本件条例の定めるところにより公文書の公開を受けた者は、これによって得た情報を、本件条例の右目的(一条)に即して適正に使用しなければならない義務を負担することになるのである(四条)。
(本案について)
一 本件公文書の表題部分中、氏名等個人が特定できる部分に係る情報の本件条例六条一項二号該当性
1 本件条例六条一項二号の趣旨及び公務に関する情報の同号該当性
(一)(1) 本件条例六条一項二号は、基本的人権の尊重という観点からすると、個人のプライバシーを最大限保護する必要があり、しかも、プライバシーの概念及び範囲が未だ明確となっていない(乙二)ことから、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され得る情報については、当該個人に対し自己の存在に関わる情報を開示する範囲を自ら決定することを保障する趣旨から、原則として非公開とする旨を規定したものであると解される。
(2) しかしながら、本件条例が、開かれた県政を推進し、もって県政に対する県民の理解を深め、県民と県との信頼関係を増進することを目的とし(一条)、この条例の解釈及び運用に当たっては、県民の公文書の公開を請求する権利を十分に尊重するものとする(三条前段)が、この場合個人に関する情報がみだりに公にされることがないよう最大限の配慮をしなければならない(同条後段)と規定している趣旨を併せ検討すると、六条一項二号の解釈として、公務員の職務の遂行に関する情報は、私事に関する情報ではないから、公務員個人に関する情報としての側面を有するものであっても、特に秘匿されていないもの(秘匿されているものは、公開されないから問題が生じない)については、公開することにより当該公務員の権利が侵害されるおそれがあるもの以外は、当該公務員に対し、前記の個人としての立場から、その開示する範囲を決定することまで保障しているものとは解されない。換言すれば、公務に関する情報は、公務員個人に関する情報としての側面を有するものであっても、特に秘匿されていないものについては、公開することにより当該公務員の権利が侵害されるおそれがあるもの以外は、同号によって保護される「個人に関する情報」には含まれないとしているものと解される。そして、この理は、他の地方公共団体の公務及び公務員に関しても妥当すると解される。
なお、控訴人は、他の地方公共団体による控訴人への監査事務に関する調査対象は性質上秘匿されるべきものであるし、また他の地方公共団体からの控訴人への来庁依頼が判明すると、当該地方公共団体の事務の円滑かつ公正な遂行に支障を生じることもありうるから、秘匿されるべきものであると主張するが、控訴人も主張するとおり(第二、一、2)本件文書に記載されている情報は、当該地方公共団体の特定の職員を監査事務の調査を行うために、控訴人方へ訪問させることを依頼するというものであって右前者にはかかわりないものであるし、また本件文書が右後者に該ることについての具体的主張立証はない。
(二) 証拠(乙二、三、乙四の一ないし三、乙五、六、乙二一ないし二三の各一、二、乙二八)によると、公文書公開に関する他の地方公共団体の条例には、「特定の個人が識別できる個人に関する情報」のうち通常他人に知られたくない情報だけを非公開とする旨規定している条例(山梨県、大阪府、京都府、兵庫県)、「特定の個人が識別できる個人に関する情報」であっても、当該個人の公的地位又は立場に関する情報であって、公開することが公益上必要と認められるものについては、公開する旨規定している条例(町田市)、公務員の職務又は地位に関するものについては、個人情報の非公開原則の例外事由としている条例(蒲原市)があること、また改正前の条例が本件条例と同様の規定であったところ、近時、公務員の職務の遂行に係る情報に含まれる当該公務員の職及び氏名を、非公開とすることができる個人情報から除外する旨改正した条例(佐賀県、福岡県、香川県)及び右を除外する旨を規定し新しく制定した条例(山口県)のあることが認められるが、公文書公開に関する各地方公共団体の条例は、それぞれの条例の文言及び趣旨に従って解釈されるべきものであるが、他の地方公共団体の条例に、非公開とすることができる個人情報から除外する旨の右認定のような規定があることは、本件条例について前記(一)のように解することの妨げとなるものではなく、むしろ、右条例の定めは、前記(一)の点を明確化するために注意的に記載されたものと解される。
また、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律(昭和六三年一二月一六日法律第九五号)には、個人情報を「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述又は個人別に付された番号、記号その他の符号により当該個人を識別できるもの(当該情報のみでは識別できないが、他の情報と容易に照合することができ、それにより当該個人を識別できるものを含む。)をいう。ただし、法人その他の団体に関して記録された情報に含まれる当該法人その他の団体の役員に関する情報を除く。」と定義し(同法二条二号)、公務員に係る個人情報とそうでない者に係る個人情報とを区別しておらず、公務員に係る情報も個人情報に含まれることを当然の前提として、「行政機関の職員又は職員であった者に係る個人情報ファイルであって、専らその人事、給与若しくは福利厚生に関する事項又はこれに準ずる事項を記録するもの(行政機関が行う職員の採用試験に関する個人情報ファイルを含む。)」については、同法六条一項の適用がない(同法六条二項三号)と規定していること、証拠(乙七、八)によると、愛知県個人情報保護条例(平成四年愛知県条例第一号)は、個人情報を取り扱う事務について、個人情報取扱事務登録簿を備えなければならないとしている(同条例一二条一項)が、公務員又は公務員であった者に係る個人情報のうち職務の遂行に関するものを取り扱う事務及び公務員又は公務員であった者に係る人事、給与等に関する事務については、例外的に個人情報取扱事務登録簿を備える必要がないとしていること(同条例一二条一項、知事の保有する個人情報の保護等に関する規則(平成四年愛知県規則第七六号)三条一号及び二号)、同条例は、他には、公務員に係る個人情報とそうでない者に係る個人情報に関して取扱いを異にする旨の規定を設けていないこと、以上の各事実が認められるが、本件条例とは別に法律又は他の条例が右のように規定しているからといって、本件条例について前記(一)のように解することの妨げとなるものではない。
2 本件公文書の表題部分中、氏名等個人が特定できる部分に係る情報の本件条例六条一項二号該当性の判断については、原判決第四、二、2の記載(原判決四七頁一一行目から五二頁九行目まで)を引用する(ただし、原判決四九頁二行目、同五〇頁一行目及び同五一頁二行目の「を認める」の前に「、公開することにより当該公務員の権利が侵害されるおそれがあること」を各付加する。)。
二 本件公文書の表題部分中、依頼者がわかる部分に係る情報の本件条例六条一項五号該当性
1 本件条例六条一項五号の趣旨
本件条例六条一項五号は、県の行政は、国、他の地方公共団体等との密接な関係のもとに執行されていることから、国、他の地方公共団体等との協力関係、信頼関係を維持するため、公開することにより、これらの関係を損なうと認められる情報が記録されている公文書は、非公開とする趣旨であると解される(乙二)。
2 本件第二、第四、第六、第八公文書の「契印の印影」、本件第一ないし第八公文書の「文書番号」、本件第一ないし第三、第五、第六、第八公文書の「来庁に関する依頼者の職名及び公印の印影」、本件第四公文書の「来庁に関する依頼者の職名、氏名及び公印の印影」、本件第七公文書の「来庁に関する依頼者の職名」(以下、これらの情報を「本件依頼者情報」という。)を公開すると、依頼者である地方公共団体が、当該地方公共団体における監査事務の参考とするために愛知県の監査事務に関する調査を行う目的で当該地方公共団体の職員を愛知県に派遣することについて依頼をしたこと並びに当該調査のための依頼書の文書番号、依頼者の職名、依頼者の氏名(本件第四公文書)、公印の印影(本件第七公文書以外の本件公文書)及び契印の印影(本件第二、第四、第六、第八公文書)が判明するが、このような事実が明らかになったからといって、そのことによって、当然に愛知県と依頼をした当該地方公共団体との協力関係及び信頼関係が損なわれるとは考えられないし、前記(一1(一)(2))のとおり、これらの事実が明らかになることによって右協力関係及び信頼関係が損なわれることになる具体的事情についての主張、立証はない。
3 したがって、本件依頼者情報は、本件条例六条一項五号に該当するとは認められない。
(結論)
よって、被控訴人の請求は理由があり、控訴人の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官渋川満 裁判官遠山和光 裁判官河野正実)