名古屋高等裁判所 昭和24年(ネ)68号 判決 1952年7月12日
控訴人 被告 伊藤元太郎 代理人 大山幸夫 佐治良三
被控訴人 原告 伊藤昌郎 外三名 代理人 伊藤嘉信 外二名 原告 伊藤嘉信 代理人 松尾終三郎 脇坂雄治
主文
原判決中控訴人に関する部分を取消す。
被控訴人等の控訴人に対する請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を、被控訴代理人は控訴棄却の判決を各求めた。
当事者双方の事実上の陳述は原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
証拠として被控訴代理人は甲第一号乃至第二十二号証、同第二十三、四号証の各一、二同第二十五号乃至第二十七号証を提出し原審における証人笠木伝一郎原告本人伊藤昌郎及び当審証人伊達貫一郎同井上伝七の各訊問の結果を援用し乙第一号乃至第六号証同第九、十号証同第十二号乃至第十四号証同第三十一、三十二号証同第三十四号証は成立を認める。同第三十六号証は謄写版の部分のみ成立を認める。その余の乙号各証はすべて不知と述べ、控訴代理人は乙第一号乃至第三十六号証を提出し原審における証人伊藤久左衛門被告本人伊藤元太郎及び当審証人福田英一同伊藤純一郎同伊藤小三郎各訊問の結果を援用し甲第七号乃至第九号証同第十七、十八号証同第二十号証はいずれも不知その余の甲号各証はすべて成立を認めると述べた。
理由
被控訴人等の主張の要旨は「訴外株式会社伊藤醤油部(以下単に訴外会社という)は醤油味噌溜の製造販売を目的とする元資本金二十五万円(全株式五千株、一株の金額五十円、全額払込済)の株式会社であり被控訴人伊藤昌郎は一千二百七十株、同吉田礼次郎と伊藤チイは各二百株、同伊藤嘉信は百株、同杉田せきは五十株控訴人伊藤元太郎は二百三十株の各株式を有する株主であるところ昭和二十三年七月四日午後三時開かれた右訴外会社の臨時株主総会において(一)金七十五万円(一株の金額五十円、一万五千株)を増資しその資本金を百万円(総株式二万株)とすること、(二)増資新株式は現株主の持株一株につき新株三株を割当てること(三)一定の期日迄に右割当数に対し応募の不足ある場合においてはその株式は株主の希望を参酌してその希望者及び取締役会において相当と認める訴外会社の従業員に割当てること、(四)払込金は一時に金額を徴収すること、なおその他の事項はすべて取締役会に一任する旨の決議をし次いで同日午後六時開かれた訴外会社の役員会において右実行方法として(一)増資新株式は昭和二十三年七月二十五日迄に一株につき金五十円の証拠金を株式申込書に添えて同会社に差出すこと、(二)右期日迄に所定の証拠金を添えて申込書を差出さない残株式については従前の株主(同年同月四日現在の株主)に対しその引受を求めなお取締役会の決議を以て同会社の従業員に対して割当てること、(三)右の外機宜の措置は専務取締役において処弁することとの旨の決議をして前記臨時株式総会の決議趣旨を一層明確にした。そしてここにおいて増資新株式の引受が行われたのであるが、右新株式の引受申込をしない株式が五千九百五十株生じた。(これを残株という)
右残株は前示総会及び役員会の両決議に基いてその条項のとおり処置すべきであるにかかわらず控訴人は当時同会社の専務取締役たる地位を利用し右総会の決議を無視して同年同月三十一日独りで右残株全部を引受けてしまつた上増資報告総会を経て同年八月二十六日津司法事務局四日市出張所において増資の登記手続を結了したのであるが控訴人と前記訴外会社間の右残株五千九百五十株についての引受契約は前示の如き総会の決議に違反し株主平等の原則及び法律上衡平の原則に悖る違法のものであるから当然無効といわねばならない。よつてその無効確認を求めるため本訴に及ぶ」というにある。
右主張に対し控訴人はまず「被控訴人等は右残株五千九百五十株の引受契約を無効と主張しながら他面資本増加の有効なることを主張しているのであるからかかる矛盾した主張は許さるべきでない。被控訴人等の主張する如く控訴人のした右引受行為が無効ということになれば増資新株総数一万五千株中その四割に相当する五千九百五十株の引受が無効となるのであるから当然増資それ自体が無効となるべきである。従て被控訴人等は商法(昭和二十五年法律第百六十七号による改正前の商法、以下旧商法という)第三百七十一条に定めた法定の期間内に資本増加無効の訴を提起すべきであるのに事茲に出でずして本訴の如き訴を提起するのは不適法である」と抗弁する。
よつて右控訴人の主張の当否についてしらべる。
被控訴人等及び控訴人がいずれも被控訴人主張のとおりの株式を有する訴外会社の株主であること、被控訴人主張の臨時株主総会並に役員会において被控訴人主張のとおりの決議がなされたこと、株主に対し割当株式の引受を求めたのに五千九百五十株の残株が生じたこと、訴外会社と控訴人間に右残株五千九百五十株について引受契約が成立したこと、被控訴人主張の日時増資報告総会を経て増資の登記が完了したことはいずれも当事者間争のないところであるから被控訴人等はその主張するような事由を以て右残株五千九百五十株のみの引受契約の無効を主張しうるや否やが争点である。
そこで考えるに本件においてもし右残株五千九百五十株の引受契約が無効となるものとすれば旧商法第三百五十六条の法意と株式会社に関する旧商法の原則に照らしそのことは延いて本件資本増加の無効を来たすものと解するを相当とする。すなわち右旧商法第三百五十六条は少数の新株の引受欠缺ある場合に取締役の補充的責任を認めて以て増資そのものの無効を来たすことを防止する趣旨の規定であつて、多数の新株の引受欠缺ある場合にはその適用なきものと解すべきである。而して右にみたとおり増資前の訴外会社の資本の総額は金二十五万円(一株の金額は金五十円、株式総数は五千株)であつたところ本件増資に際して増加した資本の額は金七十五万円(一株の金額は五十円、その株式数は一万五千株)であるから前記残株五千九百五十株はこの増資にかかる株式数一万五千株の約四割弱、増資後の総株式数二万株の約三割弱に該りしかも増資前の会社の株式総数に超過する株式であるから、かかる多数の株式が引受無効となる結果生ずるところのその部分の引受の欠缺は必然的に会社資本の鞏固を害し且資本増加の目的の達成を妨げるものとして増資の成立を妨げるに至るのであり、かく解することが社会通念に適するゆえんでもある。この点に関し被控訴人等は右残株の引受が総会の決議に違反する故を以て無効とせられた曉にはその部分の株式を前記決議の趣旨に則つて株主等に割当てるべしというのであるから旧商法第三百五十六条の関知するところでないと主張する。しかしながらかかる残株の引受が無効なる場合も新株の引受のない場合と同様に論ずべきものであり、かつこのことはその引受無効の原因の如何を問わないものと解するのを相当とし、被控訴人が主張するように旧商法第三百五十六条の規定を度外視するわけにはいかないのであるから右被控訴人の主張は採用しえない。尚本件増資については被控訴人等も認めるようにその登記も完了しているのであるから増資は結了したものと解せねばならぬ。従つて今更残株について総会及び役員会の決議の趣旨に従つて前記残株の引受を求めることはできないものと言わざるを得ない。
さて前記残株の引受無効は当然に本件増資自体の無効を来たすのであり右残株引受の無効と本件増資の無効とは不可分の一体として観念せらるべきものであり前者を後者から切り離すことを得ないものと解するを相当とする。いいかえると右残株の引受無効を主張せんとするものは必ずや本件増資の無効を主張しなければならないのである。
しかるに被控訴人等は本件増資の有効なることを主張しつつ(このことは被控訴人等の主張自体に徴し洵に明白である)単に前記残株五千九百五十株の引受のみの無効を主張するのであるからこのような恣意なる主張は法律上理由なく許されないものといわねばならない。もししからずと解するならば旧商法が第三百七十一条において増資無効の主張にいろいろの制約を設けた精神は全く蹂躙せらるるに至るであろう。
ひつきよう被控訴人等の本訴請求はその主張自体において失当としてとうてい容認しがたいところといわねばならない。
従て本訴請求はその余の争点について判断するまでもなく失当として棄却すべきものであるにかかわらず原判決が之を認容したのは不当である。
よつて原判決を取消すべきものとし民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第八十九条第九十三条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長判事 中島奨 判事 長尾信 判事 白木伸)