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名古屋高等裁判所 昭和24年(控)1062号 判決 1950年6月14日

被告人

櫻井直市

外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を岐阜簡易裁判所に差し戻す。

理由

職権をもつて調査するに。

(イ)  刑事訴訟法第二百八十九条によれば、死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮にあたる事件を審理する場合には弁護人がなければ開廷することができなく、弁護人がなければ開廷することができない場合において弁護人が出頭しないとき又は弁護人がないときは、裁判長は職権で弁護人を附さなければならなく、本件は夫々臨時物資需要調整法第一条、第四条にあたる条件であつて、同法第四条の法定刑は十年以下の懲役又は十万円以下の罰金であり、情状によつては右懲役及び罰金を併加することができるのであるから、本件について審理をする場合には右刑事訴訟法第二百八十九条の規定によつて弁護人がなければ開廷することができないことが明らかである。而して本件訴訟記録を調査するに、本件公訴の提起前又は提起後被告人等又は刑事訴訟法第三十条第二項所定の者より弁護人を選任し、その旨弁護人と連署せる書面を刑事訴訟規則第十七条、又は第十八条に従つて差出した形跡を存していないので本件については原審において弁護人がなかつたものといわなけばならず、又弁護人がないので裁判長が、職権で弁護人を附した事実も認められないところ、記録第八丁には弁護人山本忠七の昭和二十四年四月二日附原審に宛てて提出した公判期日請書が編綴せられておるけれども、同調書には右の者に対する臨時物資需給調整法被告事件云々と記載せられているが、その「右の者」が特に表示せられていないためそれが被告人両名なるや、被告人の何れか一方のみなるや、又は他の事件の他の被告人なるやは之を知るに由なく、原審第一、二回公判調書に弁護人が訴訟行為をなした旨の記載を存するけれども特定の何某弁護人が出廷して訴訟行為をしたものであるか明らかでなく、又原審第三回公判調書には弁護人弁護士山本忠七が出廷して訴訟行為をした旨の記載はあるけれども、右説示のように同弁護人を選任する旨の適式の書面が差出されていないので、原審は畢竟弁護人がないのに開廷して本件の審理をなし、弁護にあらざる者をして訴訟行為をなさしめたものというべく、原審のかかる訴訟手続は刑事訴訟法第二百八十九条の規定に違反した全く無効なものという外なく、右は訴訟手続に法令の違反があつて、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである場合にあたるので、原判決は、刑事訴訟法第三百七十九条、第三百九十七条により破棄を免れない。

(ロ)  刑事訴訟法第三百一条は第三百二十二条及び第三百二十四条第一項の規定により証拠とすることができる被告人の供述が自白である場合には、犯罪事実に関する他の証拠が取調べられた後でなければその取調べを請求することができない旨規定しているのであるが、原審第一回公判調書の記載によれば原審検察官はその冒頭陳述の事実を立証するため被告人等の警察、検察庁における供述調書を第一に挙げ以下二乃至十の証拠書類及び証拠物を列挙してその取調を請求し右各証拠の取調請求は何れも原審の採用するところとなり、所定の手続を経て右取調請求の順序に従い被告人等の右各供述調書より始めて以下順次その証拠調の行われたことが明らかであり、又被告人等の右各供述調書は何れも被告人等の自白を内容としているものであることが認められるので、従つて犯罪事実に関する他の証拠が取調べられる以前に被告人等の自白を内容とする右各供述調書の請求がなされ且つ他の証拠の取調べに先立つてその証拠調べがなされており、右は明らかに右刑事訴訟法第三百一条に違反しておるものというべく、刑事訴訟法第三百一条は、自白をもつて証拠の主となして之を追求することにより著しく毀損せられる基本的人権を強く擁護するために、被告人の自白より独立の証拠力を奪い且つ之に制限を加える憲法第三十八条、刑事訴訟法第三百十九条等の規定と相まつて犯罪事実に関する他の証拠が取調べられる以前に被告人の自白を内容とする供述調書等の取調の請求をなすことにより、検察官がかかる被告人の自白を不当に利用して、裁判官に対する予断を抱かせもつて裁判の公正に影響を与え、ひいては自白偏重による基本的人権の毀損を誘致することを防止せんとする主要な証拠法上の規定であるので之に違反してなされた右被告人等の自白を内容とする供述調書の取調の請求は、訴訟手続に法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるので原判決はこの点においても刑事訴訟法第三百七十九条、第三百九十七条により破棄を免れない。

(ハ)  原判決が刑事訴訟法第百八十一条を適用して被告人櫻井直市に対し、訴訟費用の負担を命じていることは記録上明らかなところであるが一件記録を調査してみるに原審において同被告人のために訴訟費用の生じた事実は之を認めることができないので、原判決は負担をさせる訴訟費用がないのに刑事訴訟法第百八十一条を適用してその負担を命じていて、法令の適用に誤がありその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるので原判決中被告人櫻井直市に関する部分はこの点においても刑事訴訟法第三百八十条、第三百九十七条により破棄を免れない。最後に検察官の論旨について案ずるに

(ニ)  原判決が衣料品配給規則第一条は纖維製品の中から中古品を除外しており本件物品の如きはこれを中古品と認むべきものであるから取締の対象とならないものと解するを相当とするとなし被告人櫻井直市に対し一部無罪、被告人中村已之助に対し全部無罪の言渡をなしたことは所論の通りであつて、衣料品配給規則第一条は纖維製品の中から中古品を除外しており、右無罪の言渡の対象となつた本件アンダーシヤツ、チヨツキ、セーター、手袋等が中古品(又は新品)である水筒用眞田紐を解いて之を糸に還元した上この糸を原料として新たに製纖せられたもので、その製品が未だ一度も消費者の手に渡つたり又は使用されていない状態のまま本件取引の対象となつたものであることは所論のように原審で取調べられた証拠等によつて之を認めることができる。かかるアンダーシヤツ、チヨツキ、セーター、手袋等は所論のように新しい製品であるものと解するのが正当で、中古品とは認めることができないから之を中古品と解し衣料配給規則に従つて臨時物資需給調整法の取締の対象とならないと解して被告人等に対し右のように一部又は全部の無罪の言渡をした原判決は法令の解釈適用に誤りがありその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるので刑事訴訟法第三百八十条、第三百九十七条により破棄を免れない。

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