名古屋高等裁判所 昭和24年(控)958号 判決 1949年10月22日
被告人
古賀己代子
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役五月に処する。
但し 本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
論旨第一点に就て
津地方檢察庁に対する前田淸太郞の始末書、三重労働基準局労働基準監督官に対する增田美知子の供述調書副檢事に対する古野由数、近藤弘、小林秀夫の各供述調書被告人の副檢事に対する第一、二回供述調書原審第一回公判調書中被告人の供述の各記載を綜合考察すると被告人は以前個人営業の鍛冶屋をして居た者であるが昭和二十三年七月頃から前田工務店に鍛冶工並にアセチリン工として雇はれたところ前記個人営業の際雇用して居た古野由数は被告人と同時に、同近藤弘は同年八月、同小林秀夫は昭和二十四年一月同工務店に雇はれ、何れも被告人の部下として勤務することになつたのであるが、右二名に対する給料は被告人と前田工務店との間に於て取定めながら被告人は右三名に知らさず、同工務店から同人等に対し支払れる給料を被告人に於て受取り其の中合計金三万六千八百円を控除した残金を右三名に交付して居たものであつて此関係は所謂給料係が雇主の代理人として雇傭者に対し給料を支払ふ場合と異なり被告人が右三名を代表して雇主から給料を受取りながら之を同人等に交付せず前記金員を橫領着服したものであつて被害者は前記三名であることは明であるから此点に於ける論旨は理由がない。
論旨第二点について
本件の賃金は前述の如く被告人と雇主との間に取定められたものであつて被害者なる近藤弘外二名は被告人との従前の関係に基き一切を被告人に一任して居たのであるから受任者たる被告人が雇主との間に取定めた給料は素より前記三名に於て之を受領すべき権利を生ずることは当然であつて被告人の意思如何によつて左右せらるべき性質のものではない。然るに被告人は被害者との間に於ける従前の地位を利用し之等の者に対し右給料の額を知らさず、その中数回に亘り前記金員を橫領着服したのであつて斯る違法行爲を容認する慣習は素より存在しないから此点の論旨も亦理由が無い。
論旨第三点について
労働基準法第六條には「何人も法律に基いて許される場合の外業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」と規定せられてあるが此規定は労働者か中間介入者によつて其労銀又は労力を搾取せられることを防止せんとする趣旨のものであり又橫領罪は自己の占有する他人の物を橫領するに依つて成立するものであるから両者は其保護せんとする法益を異にし互に他を吸收する関係に立たないから本件の場合に於ては所謂想像的競合犯を構成するのであつて従つて此点の論旨も亦理由が無い。