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名古屋高等裁判所 昭和24年(控)989号 判決 1949年10月12日

被告人

錦常吉

主文

原判決を破棄する。

本件を津地方裁判所に差戻す。

理由

依つて記録を査閲するに原審第三回公判調書(記録五十七丁、及八十一丁乃至八十二丁)の記載に依れば原審檢事は「証人植松武生及神川暉郞の当公廷に於ける供述は同人等が曩に檢察官の面前に於て爲した供述と相反し又は実質的に相違する」旨主張し、同人等に対する各檢事供述調書の取調を請求したに対し原審判事は弁護人の意見を聽いたのみで決定を以て直ちに之を却下したことが明認されるから右決定の当否に就て按ずるに檢察官が刑事訴訟法第三百條の規定に基き同法第三百二十一條第一項第二号所定の書面の取調を請求した場合に於ては裁判所は一應該書面の証拠能力を取調べ然る後断罪の資料となすべきや否やを判定しなければならないものであるから原審の右決定は採証法則に違反すると謂はなければならない。

何とならば

一、証人が公判準備又は公判期日に於て爲した供述が前に檢察官の面前に於て爲した供述と相反するか又は著しく実質的に相違するかの点に就ては該証人に対する檢察官作成の供述調書の内容を同人の公判準備又は公判期日に於ける供述の内容とを比較檢討して初めて之を知ることができる性質のものであるから前記供述調書の内容を知らない裁判官としては一應之を取調べなければ右供述調書が果して証拠能力を有するや否やに就て判定することができないと謂はなければならない。

二、又刑事訴訟法第三百二十一條第一項第二号後段に規定する前の供述を信用すべき特別の情況とは(イ)公判準備又は公判期日に於ける供述よりも檢察官の面前に於ける供述の方が理路整然としてゐるとか(ロ)又は檢察官の面前に於ける供述の方が公判期日又は公判準備に於ける供述よりも客観的事情に合するとか(ハ)或は他の有力な証拠と比較して檢察官の面前に於ける供述の方が公判準備若くは公判期日に於ける供述よりも著しく信用が出來るとかの事情を指すものであるから之亦比較上の問題であつて結局は檢察官の供述調書の内容を知らなければ如何とも判定し難い性質のものである。

三、元來裁判官の面前に於ける供述は檢察官の面前に於ける供述よりも信用性の高いことは一般に認められるところであるが一面に於て公開法廷の場合は被告人並に一般傍聽人が在廷して居るので其等の者の面前に於て供述を爲す証人にとつては種々な事情で反つて眞実の供述を爲し得ない場合も生ずるであらうし又日時の経過等の爲め記憶を呼び起し得ない場合も生ずるであらうから裁判官の面前に於ける供述であるからと謂つて必ずしも檢察官の面前に於ける供述よりも眞実に合致するものとは断じ難いであらう。茲に於て刑事訴訟法はその眞実発見の建前から第三百條の規定をおいたのであつてこれは同條の文意に徴しても明であるように檢察官の義務に属する。故に檢察官が其義務の履行として証拠調の請求を爲した場合に於て同じく眞実発見の責任を負ふ裁判官が当該証拠の証拠能力をも取調べずして之を却下し得るものとせば前記第三百條規定の趣旨を沒却するに至るものと謂はなければならない。

四、右の理由を綜合考察すれば刑事訴訟法第三百二十一條第一項第二号後段に規定する証拠能力の條件に就ては一應檢察官の見解に委ねるの外はないのである。

依之看之檢察官が刑事訴訟法第三百條の規定に基き証拠調の請求をした場合に於ては裁判所としては一應之を受理し該書面の証拠能力を取調べた後之が採否を決定すべきであるに不拘原審は事茲に出でず直ちに檢察官の右請求を却下し、而も檢察官が該証拠に依つて証明せんとする公訴事実第一、第二、の点に就き犯罪の証明なしとして被告人に対し無罪の言渡を爲したことは記録上明白であつて原審の右の処置は畢竟判決に影響を及ぼすべき採証法則の違反ありと謂はなければならない。

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