名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1386号 判決 1950年10月07日
控訴人 被告人 新谷鉦之助
弁護人 江口三五
検察官 片桐孝之助関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人江口三五の控訴趣意は、別紙の通りである。
その第一点について。
共謀共同正犯が、刑法第六十条の共同正犯に該当することは、判例の示すところである。而して共謀共同正犯の訴因を明らかにしたり、又は、判決において犯罪事実を認定するときは、犯罪の構成要件に該当する事実の外になるべく共謀の日時場所並に実行行為を担当した共犯者を明示しなければならないことは、所論の通りである。本件においては、訴因並に罰条変更請求書によれば、共謀共同正犯であることを明らかにし、実行者として原審相被告人村瀬健次郎を掲げ、謀議の内容を示しているので、謀議の日時場所を明示していなくても訴因の明示方法に違法があると謂うことはできない。次に原判決の犯罪事実の摘示を見るに、「被告人は村瀬健次郎と共謀の上」と記載したのみで、謀議の内容、日時場所、実行行為者を記載していないことは、所論の通りである。然れども、原判決摘示の犯罪事実と証拠とを照し合せて見れば、被告人が原審相被告人村瀬健次郎と本件犯行を為すについて謀議した日時、場所、内容が明らかであり、更に右村瀬が実行者であることも認められるので、原判決は、この点において、犯罪事実の摘示として不備の点があると解することはできない。次に論旨は、被害者が如何なる点を誤信したか不明であると論難しているけれども、原判決の犯罪事実を見ると被告人は、村瀬と共謀の上、村瀬において、他人名義の旅行者用主要食糧購入通帳を提示し、右通帳の名義人から外食券の交付請求の依頼を受けた事実がないのに、あたかも正当の権限があるように装つて「楽団から頼まれて外食券の配給を受けに来た」と虚構の事実を申し向けて、被害者を欺罔したと記載されているので、右記載によれば、被害者が、村瀬は通帳名義人から外食券交付の請求及び受領の権限を委任されているものと誤信していたことが明らかに認められるから、被害者が誤信した事実が不明であると謂うことはできない。論旨は理由がない。
第二点について。
原判決は、証拠の標目を掲げるのに、各犯罪事実毎に分割して掲げず、原判示第一乃至第七事実を通じ、一括して証拠の標目を掲げていることは、所論の通りで、一般に証拠は、各犯罪事実毎に明確にしなければならないものであるから、証拠の標目を掲げるについても、各犯罪事実毎に区別して掲げるのが正当である。然るに本件においては、被告人は原審公判廷において犯罪事実を全部自白しているので、証拠説明としては、右自白と補強証拠とを掲げてもよいのであつて、原判決挙示の証拠を見れば、各被害者の供述調書又は上申書が掲げてあり、被告人及び原審相被告人村瀬健次郎の自白の各供述調書が掲げてあるので、原判示第一乃至第七事実の各犯罪事実の証拠として、如何なる証拠の標目が掲げてあるのか不明であると謂うことはできない。右のように一括して証拠の標目が掲げてあつても、右の標目及びその内容によつて、如何なる犯罪事実の証拠であるかが明らかに認められるときは、これを違法とすることはできない。論旨は、理由がない。
第三点について。
原判決は、併合罪の加重をするに、刑法第四十五条、第四十七条、第十条を掲げたのみで、どの犯罪が最も重いか明示していないことは、所論の通りであるが、原判決第一乃至第六事実は、詐欺既遂であり、第七事実は詐欺未遂であつて、何れも法定刑は同一であるから、罪の軽重は請求によつて決定すべきもので、原判決の記載を見ると、被害数量の最も多い原判示第四の詐欺罪について、法定の加重を為したことが推認せられるから、論旨は、採用することができない。
第四点について。
原判決記載の事実並に証拠を照し合せて見れば、被告人は、村瀬と共謀し、他人名義の旅行者用主要食糧購入通帳で、外食券を交付させようと企て、村瀬が実行行為を担当したものであつて、村瀬は原判示のように食糧配給所員に右通帳を示し、右通帳名義人から外食券受領を委任されたかのように装つたので、右所員等はこれを誤信し、その結果、外食券を交付したことが明らかにされているので、詐欺罪の構成要件に該当することは、多く説明することを要しない。食糧配給所員は、通帳の所持人が正当の権限があるか否かに関係なく、本件外食券を交付したのでなく、村瀬の欺罔手段により、村瀬が通帳名義人から依頼せられて、外食券の交付を請求するものと信じていたためで、若し村瀬に右の権限がないことを知つていたならば、右配給所員は、外食券を交付しなかつたであろうことが容易に推知できるので、被告人等の行為は、詐欺罪を構成することは明らかである。債務者が、債権の準占有者又は受取証書の持参人に対し、善意で弁済したときは右弁済を有効としているが、これは弁済者を保護し取引の安全を図ろうとするために設けられた民法の規定で、この場合、被害者は真の債務者であつて、弁済受領者に正当の権限がないときは、詐欺罪が成立するものと解すべきで、債権の準占有の理論により、弁済者が保護せられるからと云つて、詐欺罪も成立しないと解することはできない。論旨は理由がない。
第五点について。
原判決挙示の証拠によれば、原判決記載の犯罪事実は勿論、被告人等の共謀の事実も十分に認められるから、論旨は、理由がない。
第六点について。
本件記録を調べて見るに、被告人が本件犯罪を敢行するに至つた動機、犯罪の態様、被告人の経歴、家庭の事情等諸般の情状を綜合して、原審が被告人に対し、懲役二年の実刑を科したのは、相当であると思料せられるから、論旨は、採用することができない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条により、本件控訴を棄却する。
(裁判長判事 堀内齊 判事 鈴木正路 判事 赤間鎭雄)
弁護人江口三五控訴趣意
第一点事実摘示について。
(1) 共謀の内容が不十分で罪となるべき事実の摘示として不適法である。本件においては証拠によつてあきらかな通り、実行行為を担当したのは原審相被告人村瀬であつて、被告人新谷は実行行為を全然担当していない。したがつて村瀬の行為が仮りに詐欺になるとしても、それだけで被告人新谷に詐欺の責任が生ずるわけではない。共謀共同正犯についてははなばなしい論議がかわされているが、仮りに実行行為を担当しない者にも共謀によつて実行行為の担当者と同一の罪責をおわせようとする立場を是認するとしても、その様な場合にはその共謀の意思が実行行為者を通じて発現されたとみるところにのみ合理的根拠があるのだろうから、その共謀の意思の内容は具体的でなければならない。判示はその点においてまつたく不十分であり、それは十分に違法な程度である。
(2) 誰が実行行為を担当したのかそのきさいがない。前記の通り被告人新谷は実行行為を全然担当していないのだから、本件のごとき事実においてはその点を明確に具体化するのでなければ「罪となるべき事実」の事実摘示としては違法である。
(3) 被害者がどのように誤信したか不明である。原判決によれば欺罔行為はわかるが、それによつて相手がどの様に誤信したかは全然あきらかになつていない。「同人等を欺罔し」といふ言葉の中に相手がその通り誤信せしめられたという意味までふくませるのは無理である。特に本件においては判示のごとき欺罔行為では詐欺の構成要件としての欺罔行為にはならないと考へられる(後記参照)場合においてはとくにそうである。
第二点事実と証拠との関係について。 原判決は罪となるべき事実として、第一から第六までに詐欺の事実を第七において詐欺未遂の事実を認定しながら、証拠の摘示としてはその標目を右事実の全体に対して羅列しているにすぎない。たとえ標目の羅列をもつてしたるとしても、どの事実にたいしてどの証拠と言う事が具体的に特定される事は必要であつて、それがなければ違法だと考える。
第三点適条について。 原判決は刑法四五条、四七条、十条と書き並べているだけであるがどの事実をもつとも重しとして併合罪の加重したのかを明かにしめさなければ違法である。
第四点欺罔行為について。
本件においては起訴状記載の欺罔行為については、証拠がないため訴因の変更となり原判決のようになつたのであるが、原判決の事実では詐欺の構成要件としての欺罔行為にはならないと考える。村瀬が本件通帳を持参していつて差出したわけだが、相手はその通帳が本物だと思うだけで外食券をわたすのであつて、正当な受任の権限があると誤信してわたしたのでは決してない。こういう事は債権の準占有の場合みなそうである。
従つて原判決の認定はそれ自体としてまちがつた認定である。
第五点証拠の有無。 原判決摘示の共謀の点についても欺罔行為の点についても、誤信した点についても証拠はない。
第六点刑の量定について。 原審にあらわれた証拠を綜合すると原審の刑は重きにすぎ不当であると考える。