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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)206号 判決 1950年3月27日

被告人

島猪三寿

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役壱年に処する。

原審並当審に於て生じた訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

(イ)  弁護人加藤大謳の控訴の趣意第一点に付いて。

所論検察官の冒頭陳述は、公訴事実に付いて立証責任を負う検察官が立証方針を明らかにする手続に過ぎなく、之が原裁判所の審理裁判の範囲を限局する効力は毫も存しない。元来原裁判所としては、検察官が公判廷に於て朗読した起訴状記載の公訴事実延いては其の訴因に依り、其の審理裁判の範囲を限局されるに止ると同時に、其の範囲に関する限り、之が審理裁判を為すべき責務を負うものであるから、仮に所論のように検察官が原裁判所の公判廷に於て窃盜未遂に関する事実に付冒頭陳述を為さなかつたとしても、検察官が原裁判所の公判廷に於て朗読した起訴状に住居侵入及窃盜未遂の各公訴事実が記載されて居ること本件記録に編綴されて居る起訴状の記載に徴し明らかな本件である以上、原裁判所が右窃盜未遂の点に付いて審理裁判したのは当然であり、殊に原審第一回公判調書中検察官が為した冒頭陳述に関する部分の記載を観ると、論旨摘録のように記載されて居て、之に依れば検察官が窃盜未遂に関する事実に付いても冒頭陳述を為した趣旨であることが窺知されるので、同冒頭陳述が為されなかつたことを前提とする所論は当らない。

之を要するに原判決には所論のような違法の廉がないから、論旨は理由がない。

(ロ)  同第二点に付いて。

前点に於て説明したように原裁判所は検察官が公判廷に於て朗読した起訴状記載の公訴事実延いては其の訴因に依り、其の審理裁判の範囲を限局されるのであり、尤も裁判所は検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度に於て、起訴状に記載された訴因の追加又は変更を許さなければならず、更に裁判所は審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因の追加又は変更を命じ得るのであつて、斯の如き場合に裁判所は其の追加又は変更された訴因に付いても審理裁判を為し得るが、然らざる限り、裁判所は起訴状記載の訴因に付いて審理裁判を為すの外ない。今之を本件に付いて観ると、検察官が原裁判所の公判廷に於て朗読した起訴状には住居侵入及窃盜未遂の各公訴事実が記載されて居るに止り、殊に原審公判調書を通じても、検察官が起訴状記載の訴因に付之が追加又は変更を請求した事跡は勿論、原裁判所が起訴状記載の訴因に付之が追加又は変更を命じた事跡も亦之を認め得ないのであるから、仮に起訴状記載の右窃盜未遂の訴因は之を窃盜既遂の訴因と為すを相当とするとしても、此の点に付前敍のように訴因の追加又は変更が為されて居ない本件である以上、原裁判所としては、窃盜未遂の訴因を越えて窃盜既遂の訴因に付審理裁判を為し得ないのであり、従て原裁判所が窃盜未遂の訴因に付審理裁判を為したのは正当であつて、之を捉え、原裁判所の事実誤認を云為する所論は当らない。

(ハ)  職権を以て、原判決の理由の当否に付調査すると、原判決は其の理由中に於て、被告人に対する住居侵入及窃盜未遂の事実を認定した上、被告人には累犯と為る前科があるとして累犯加重に関する法条を適用して、被告人を処断して居る。然るに原判決は右累犯と為る前科に関し、被告人は昭和十八年七月十八日大阪区裁判所に於て詐欺罪により懲役二年六月に処せられ昭和二十一年八月七日京都区裁判所に於て住居侵入未遂罪により懲役二年六月に処せられ何れも当時其の執行を受け終つたものである旨を説示するに止り、該事実を認定し得べき証拠の標目を示して居ないのであつて、斯の如きは判決に理由を附さない違法あるものと謂うの外ない。

(弁護人加藤大謳の控訴趣意第一点)

原判決はその犯罪事実として「被告人は山田某と共謀の上窃盜の目的で昭和二十四年十二月九日頃南設楽郡千郷村大字豊栄字山村農業竹下新一郞方居宅へ侵入し同家勝手口の間北側廊下に於て箪笥抽斗内より衣類を窃取しようとして居た際同家家人に発見されて窃盜の目的を遂げなかつたものである」と判示し之に住居侵入、窃盜未遂の該当法条を適用しておるが

原審第一囘公判調書を見るに立会検察官は立証する事実として

(一)  昭和二十四年十二月九日頃南設楽郡千郷村大字豊栄字山村農業竹下新一郞の居宅へ不法に侵入したものがあり家人に発見せられて逃げたと思われる事実

(二)  右の所為は被告人であると思われる事実

(三)  被告人に前科のある事実

でありとの冒頭陳述をしておるが窃盜未遂に関する事実については何等の陳述をしておらないのに原審では前記の如く窃盜未遂の事実を認めて之を処罰しておるが右は明かに違法である。

第二点 原審では被告の所為を窃盜未遂と認定しておるがその引用の竹下正司の検察官に対する供述調書(三)を見るに「私方の箪笥の抽斗の中から衣類を窃んでその内の軍隊用の上着一枚を既に身につけていて私達に見つけられたからその上着一枚を脱ぎすてて裏口から私方を立去つた」旨の供述記載があつて右事実は窃盜既遂であるのに原審では此点までをも未遂の行為としたのは事実誤認である。

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