名古屋高等裁判所 昭和25年(う)374号 判決 1950年4月19日
被告人
松本三右衞門
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人龜井正男の控訴趣意第一点について。
(イ) 原審第一囘公判調書によれば原審第一囘公判期日において原審検察官事務取扱検察事務官は進行番号一乃至四十六(但し二十四は欠番)の書証を証拠として同時に取調を請求し、被告人及び弁護人は右各証を本件の証拠とすることに同意しその証拠調に異議はないと述べ、原審裁判官は右証書全部を採用し、次いで右検察官事務取扱検察事務官は右書証をその進行番号の順序に従つて順次朗読しこれを裁判官に提出し、更に同上第二回公判調書によれば原審はその第二回の公判期日において証人勝浦広義及び同桑田義明を尋問したことが各明かである。従つて右書証が同一機会即ち同一の公判期日において取調べられたとはいえるが、論旨のように右各書証は同時にその証拠調がなされたものとはいえない。而して刑事訴訟法第三百一条の法意は裁判官が伝聞による即ち公判外の被告人の自白によつて犯罪事実に関する予断を抱くに到ることを防止しようとするにあるものと解すべきものであるから、当該訴訟の段階において存するその犯罪事実に関する他の証拠の取調に先立つて公判外の被告人の自白の内容に触れることを禁止する丈であつてその証拠調の請求の時期迄も制限するものではないとなさなければならない。(然し公判外の被告人の自白に対する取調のみならずその請求自体も他の証拠が取調べられた後になされることは右の法意に徴し妥当であることは勿論である)
ところで原審において取調べられた書証を検討するに論旨指摘に係る被告人の検察事務官に対する供述調書は被告人の自白を内容とするものであることは論旨の通りであり、且つ同供述調書の進行番号は四十一であるから右の説示によつて明かなようにその取調の後に尚四十二乃至四十六の書証が取調べられている訳であるが各四十二乃至四十六の各書証は何れも本件犯罪事実に対して極めて間接的な事情乃至は情状の立証に関するものであつて本件犯罪事実の心証形式に殆ど影響のないものであることが認められるのであつて、原審の右の処置には刑事訴訟法第三百七十九条に所謂訴訟手続に関する法令違背の点がないとはいえないが右の違背は判決に影響を及ぼさぬことが明かであり、且つ又原審における証拠の証拠能力を喪失せしめるものでもない。更に前示第三百一条は当該訴訟の段階において存する証拠の処置に関する規定であつてその後における訴訟の進展によつて新に犯罪事実に関する証拠が現われて来た為曩の公判外の被告人の自白の取調が最終の取調となり得なくなつたことは右法条の違反とならないのであるから結局この点の論旨は排斥せざるを得ない。
(ロ) 同上第三点について。
公判外における被告人の自白を証拠とするについてその任意性を調査すべきことは所論の通りであるが、そのことを特に公判調書に明かならしめる必要はないのであり本件被告人の検察事務官に対する供述調書自体竝びに一件記録においてその供述の任意性を疑うべき点もないのであつておのずから原審がその任意性を調査し、且つ証拠に採用することが適当だと認めたものであることが窺われるというべくこの点の論旨も亦採用に値しない。