名古屋高等裁判所 昭和25年(う)930号 判決 1950年8月23日
被告人
水野富雄
主文
原判決を破棄する。
本件を名古屋地方裁判所岡崎支部に差戻す。
理由
検察官石田広提出に係る控訴趣意は後記の通りであつて、弁護人内田慶次は本件控訴は理由のないものとしてその棄却を求めた。
仍て按ずるに原判決によれば、原審公判廷における被告人の供述、愛知縣信用農業協同組合連合会西加茂支所主事山宮厚の顛末書、石野村農業協同組合丹羽教太郎の被害顛末書、石野村農業協同組合参事梅村鉄市の被害顛末書を綜合して被告人は愛知縣西加茂郡石野村農業協同組合に金融係として勤務し預金の受入れ、拂出、現金の保管並びに組合員に対する最高三万円を限度とする金融等の業務を担当していたものであるが、
一、昭和二十五年一月七日同縣同郡挙母町大字挙母字長生愛知縣信用農業協同組合連合会西加茂支所に於て業務上自己の保管に係る石野村農業協同組合所有の預金五十万円を引出し即日同郡挙母町に於て擅に組合員以外の者に貸与し以て之を横領し
二、同月十日前同所に於いて業務上自己保管に係る石野村農業協同組合所有の現金一万円を同組合より擅に持出し、東京都内等で自己の旅費等に費消し以て之を横領し、
三、昭和二十四年七月二十四日頃その業務に関し自己保管に係る前記組合所有に係る現金二万円を擅に同組合より持出し組合員以外の者に貸与する等以てこれを横領し、
四、同年十二月十二日頃業務上自己の保管に係る前記組合所有の貯金十万円を挙母町所在愛知縣信用農業協同組合連合会西加茂支所より擅に持出しその頃挙母町に於て組合員以外の者に貸与する等以て之を横領し、
五、同月二十二日頃前同様業務上自己の保管に係る前記組合所有の貯金四十五万円を前記西加茂支所において引出しその頃前記挙母町において二十五万円を擅に組合員以外の浅井保に貸与し以てこれを横領し、
六、昭和二十四年八月十八日頃前同様業務上自己の保管に係る前記組合所有の現金二万円を擅に同組合より持出し杉浦つるよに贈与し以てこれを横領し、
七、同年同月二十六日頃自己の業務上保管に係る前記組合所有の現金一万円を擅に同組合より持出し杉浦つるよに贈与し以てこれを横領し、
八、同年九月八日頃自己の保管に係る前記組合所有の現金一万円を擅に同組合より持出し組合員外なる浅井よねに貸与し以てこれを横領し、
九、同年同月十七日頃自己保管に係る前記組合所有の現金二万円を同組合より擅に持出し組合員外なる浅井よねに貸与し以てこれを横領し、
十、同年同月二十三日頃自己の保管に係る前記組合所有の現金二万円を擅に同組合より持出し組合員外なる浅井よねに貸与し以てこれを横領し、
十一、同年同月二十七日頃自己の保管に係る前記組合所有の現金一万円を擅に同組合より持出し組合員外なる浅井よねに貸与し以てこれを横領し、
十二、同年十月十七日頃自己の保管に係る前記組合所有の現金二万円を擅に同組合より持出し組合員外なる落合よしに貸与し以てこれを横領し、
十三、同年十一月二十四日頃自己の保管に係る前記組合所有の現金一万円を擅に同組合より持出し組合員外の者である浅井よねに貸与し以てこれを横領し、
十四、同年同月二十八日頃自己の保管に係る前記組合所有の現金一万円を擅に同組合より持出し組合員外の者である浅井よねに貸与し以てこれを横領し、
十五、同年十二月頃一日自己の保管に係る前記組合所有の小切手額面五万円を擅に同組合より持出し組合員外なる浅井よねに貸与し以てこれを横領し、
十六、同年同月五日頃自己の保管に係る前記組合所有の現金一万円を擅に同組合より持出し組合員外なる浅井よねに貸与し以てこれを横領したものであるとの事実を判示し
右の各行為に刑法第二百五十三條を適用した上被告人を懲役二年但五年間執行猶予の判決言渡をしたことが明かである。然るに本件横領額、その犯行の動機並びにその弁償の状況等から観て他に新たな事情が附加される場合は格別原審の審理終結当時の事情を以て直ちに被告人に対し執行猶予を与えたことは疑問なきを得ないのみならず、
一、業務上横領罪の判示としては業務上自己の占有する他人の物を自から不法に領得し又は他人をして不法に領得せしめたことを具体的に明かならしめねばならない。然るに原審の判示自体によつて明かなように、被告人は愛知縣西加茂郡石野村農業協同組合に金融係として勤務し同組合に対する預金の受入れ、拂出、現金の保管並びに組合員に対する最高三万円を限度とする金融等の業務を担当していたものであるが、右判示二、六、七、を除くその余の判示事実における「自己保管に係る組合所有の現金を擅に同組合より持出し組合員以外のものに貸与し」とあるは、被告人が組合の組合員以外に貸出を許さぬ規定に反し組合と組合員以外のものとの間に貸借関係を成立せしめる意図であつたとするのか、それとも全く被告人が組合の金を私的に貸与する意図であつたとするのか明瞭を欠き、若し前者の意図に出たとすれば別種の犯罪の成立することは格別不法領得の意思を認め難い結果横領罪は成立しないと解すべきであり、
二、次に業務上横領罪の成立を判示するについては、その目的物件の占有が業務上のものであることを確定明示すべき筋合であるのに、右判示八乃至十六の事実については単に「自己の占有に係る」とのみ判示してその占有が業務上のものであることを確定判示せず、
三、更に右判示十五の事実については、その横領の目的物件が額面五万円の小切手(然も右の小切手が正当に成立したもので、その当時被告人の占有にあつたものか、それとも被告人が擅に作成したものか明にされていない)であるとするのか又は単に額面五万円の小切手を利用して五万円の金員を横領したというのか、その判示自体からは知り得ない。
のであつて、その何れの点から言つても原審の判示は理由不備の違法があるというの外はないので、結局本件控訴は理由あり原判決は刑事訴訟法第三百八十一條、第三百七十八條第四号、第三百九十七條によつて破棄を免れず、且つ更に審理を尽して事実を確定せしむる必要があると思われるので同法第四百條本文に則り本件を原審名古屋地方裁判所岡崎支部に差戻すべきものと認め主文の通り判決する。