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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)980号 判決 1950年7月26日

被告人

林信男こと

金在德

主文

原判決を破棄する。

本件を岐阜地方裁判所大垣支部に差し戻す。

理由

弁護人大道寺慶三の控訴趣意に付いて。

原判決挙示の証拠によれば、被告人が原判示日時頃心神喪失又は心神耗弱の状況に在つたものでないことを認め得られないこともないようであるが、然ればとて、原判決は弁護人が原審公判廷に於て被告人の本件犯行当時に於ける精神状況に付為した主張に関し、鑑定人安藤守元の鑑定の結果によれば、ヒロポン中毒患者が約一升の酒を飮み急性の酩酊状態に陷つた場合は、心神喪失の状態を招来すべきことあることは推知できるが、被告人が右犯行当時心神喪失又は心神耗弱の状態を招来した程度のヒロポン中毒患者であり、且つ急性の酩酊状態に陷つていたと認むべき証明がないから、此の点に関する弁護人の主張は採用することができない旨判断を示し、恰も右鑑定人安藤守元の鑑定書により、ヒロポン中毒患者が約一升の酒を飮み、急性酩酊状態に陷つた場合は、心神喪失の状態を招来すべきことあることを推知し得るものの如く説示した上、之を前提事実として、被告人が右犯行当時心神喪失又は心神耗弱の状態を招来した程度のヒロポン中毒患者であり、且つ急性の酩酊状態に陷つていたと認むべき証明がないことを理由とし、弁護人の右主張を排斥しているけれど、本件訴訟記録に編綴されている右鑑定人安藤守元の鑑定書によれば、同鑑定書中には、「林信男は約四年前よりヒロポンを注射しておりて、頭重、倦怠睡気時に幻覚ありて、殊に被害的幻覚を惹起するが如し、而して昭和二十四年一月八日にはヒロポン五、六十本許り注射しておりて午後十時頃酒一升(日本酒)許り飮んでいたるを以て、いわゆる酩酊の状態に少くともその中等度以上の状態に在りしが如く、感情はヒロポン中毒によりて刺戟性なる上に、飮酒による酩酊の中等度の状態が加わりて感情はなお高度に刺戟性となりいたるを考えることを得、而して林信男の毎日の飮酒量は八合位が適当なりと言うを以て中等度以上の酩酊状態に在りて感情は高度に刺戟性となりいたりしを推定することを得、この程度は法律上の用語を用うることを許さるるならば、心神喪失の程度に在りしものなりと推定する」旨並びに「林信男こと金在德は現時ヒロポン中毒に罹りおりて、身体的には著しきも、頭重倦怠睡気感あり、一般にヒロポンの中毒はその体質或いは素質によりて、三ヵ月位より中毒症状を発し、強度なるときは幻覚症を発することありて、少量のときは三年位の後に発することもあり、林信男こと金在德は現時幻覚症を発することがあるが如し、而して昭和二十四年一月八日に於ても、ヒロポン中毒に罹りいたりしは容易に推定することを得、且つ酒を一升(日本酒)許りを飮んでいたことは、これを加うるに急性の酩酊状態に在りて、その程度は法律上の用語を用うることを許さるるならば、心神喪失の程度に在りしものなりと推定する」旨各記載されていて、原判決説示の如き前提事実は到底之を推知するに由がないから、原判決が右鑑定書により、原判決説示の如き前提事実を推知し得るものとして、之に基き前敍のように弁護人の右主張を排斥したのは、右鑑定書に記載された鑑定の結果を正解しなかつたに基因するものでなければ、冒頭説示の如く原判決挙示の証拠により、被告人が原判示日時頃心神喪失又は心神耗弱の状況にあつたものでないことが認め得られないこともない本件であるに鑑みると、原審に原判決挙示の証拠により右鑑定の結果を其の儘採用し難いものとの心証を把持したによるものの如くであるけれども、若し然りとすれば、原審は須らく原判決に於て右鑑定の結果を採用し難い理由を説示するか、或いは更に他の鑑定人をして鑑定を為さしめ、其の鑑定の結果を俟つて判断するか、其の孰れかの方途に出づるを相当と思料せられるに拘らず、原審が事茲に出でないで、前敍のように或いは鑑定の結果を正解しなかつたに基因するものの如くに、弁護人の前記主張を排斥したのは、畢竟所論のように採証の法則に違反する旨の非難を免れ難いものと謂うの外なく、斯の如きは原審の訴訟手続に法令の違反が存することに帰着し、且つ該違反が判決に影響を及ぼすものであることは、敍上説明に照し明らかであるから、結局論旨は理由がある。

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