名古屋高等裁判所 昭和25年(ネ)22号 判決
被控訴人は控訴人に対し金三万八千五百円及び之に対する昭和二十三年一月二十二日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払うべし。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分しその一を控訴人の負担とし、他の四を被控訴人の負担とする。
本判決は控訴人において勝訴部分につき金一万五千円の担保を供するときは仮りにこれを執行することができる。
二、事 実
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金四万八千五百円及びこれに対する本件訴状送達の翌日(昭和二十三年一月二十二日)以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
控訴代理人は本訴請求原因として原判決事実摘示のとおり陳述し、なお本訴は釘百樽の売買契約を合意解除した際の契約に基きその契約の履行を求めるものであると釈明した。
被控訴代理人は当審口頭弁論期日に適式の呼出をうけながら出頭しなかつたが、同代理人において陳述したと看做すべき答弁書によれば被控訴人の事実上の陳述は原判決事実摘示のとおりである旨の記載がある。
<立証省略>
三、理 由
成立に争のない甲第一号証、同第二号乃至第十八号証の各一、二並に原審証人土屋保、同矢島由一、同万岩男、同山本芳松、同中田扇治郎(一部)の各証言を綜合すると次のようなことが認められる。
控訴人は昭和二十一年二月初頃訴外中田扇治郎から被控訴人が相当量の釘を販売するから買わないかとの勧誘をうけたので、控訴人は被控訴人方にその釘が存在し直に入手できるものと信じてこれに応じ、その頃同人と共に被控訴人方を訪れて買受の交渉をしたところ、被控訴人は元来自転車の部分品販売商を営むにすぎず、従て右釘は素よりその手許に保有するものではなく、同人の知人でありブローカーたる杉本芳太郎がさらに他から入手してくる釘を被控訴人が自己の名を以て控訴人に売渡すものであるに拘らず、このことを秘して翌日直に控訴人に目的物を引渡すことができるように装うて釘百樽を代金十万円と定めて売買契約を締結し、即時控訴人から右代金十万円(内三万円は小切手)を受取つた。ところがその後数日を経ても目的物の引渡を受けられなかつた控訴人は焦慮して同月十三、四日頃、再度被控訴人方に赴きその引渡を請求した。そこで被控訴人は前記代金を右杉本に交付して釘の入手方を委嘱してあつた関係上同人にその入手を督促したのであるが、同人は遂にこれを買いととのえることができなかつたので、その旨を被控訴人に報告した結果被控訴人は控訴人に対し目的物たる釘は手許になく他からも入手不能でこれを引渡すことができない旨を告白した。ここにおいて控訴人は初めて右事情を知りさきに支払つた代金十万円の返還を欲して被控訴人に対しその旨の申入をしたところ、被控訴人においても事情已むなしと思惟してこれに応じ、即時控訴人と被控訴人間において本件売買契約を合意を以て解除し、かつその解除契約において目的物の引渡不能によつて控訴人が蒙つた損害の弁償として、被控訴人から控訴人に対しさきに受取つた代金相当の金員(十万円)を支払うことを約諾した。
原審証人中田扇治郎の証言中右認定に反する部分は信用しがたく、他に右認定を左右すべき証拠はない。従て被控訴人は本件売買の当事者ではないとの被控訴人の主張は採るに足らないし、他方右十万円の外にさらに右合意解除の際控訴人が取引のため出張したことによつて蒙つた失費の補填として、金一万円を被控訴人から控訴人に支払う旨の約束が成立したことを認めるに足りる証拠は少しもないから、この一万円に関する控訴人の主張も採用しえない。
さて控訴人は右解除契約の際の約旨に従て未履行部分の履行を求めるものであるが、被控訴人はまず本件売買の目的物は配給統制品であつたから、その売買契約自体右統制違反の契約として無効であり、前記釘代金は不法原因に基く給付として被控訴人はこれが返還の義務なしと抗弁する。しかし本件売買の目的物件がいわゆる配給統制品でなかつたことは明であるからそれが配給統制品であつたことを前提とする被控訴人の抗弁は理由がない。
次に被控訴人は本件売買の目的物件は価格統制品であり、本件売買契約は公定価格に超過する統制違反の契約であるから、その超過部分に相当する本訴請求金額は不法原因に基く給付として返還請求権のないものである。従て結局のところその返還を求めることに帰着する控訴人の請求は失当であると抗弁する。
なるほど前記の売買契約は価格等統制令に違反する契約であることは原判決理由にくわしく説明しているとおりであり、しかも本件釘百樽の公定価格が金二万三千四百五十六円であること、従て本件契約は金七万六千五百四十四円の限度で右公定価格に超過する売買となることは控訴人の自認するところでさえあるから、右超過部分の代金の支払は一応不法原因に基く給付と考えられないことはない。しかしながら控訴人はその給付したものを不当利得としてそのまま返還を求めるものではなく、前記解除契約に基き本訴請求に及んでいるのであるから、控訴人はその請求をするについて直接的に不法なる売買契約を結んだことを主張する要はないと解するのを妥当とするのみならず、前段認定のような売買契約成立に至る事情に併せて本件目的物が生活必需物資たる性質に乏しいことを斟酌するときは、その契約の不法性は買主なる控訴人において比較的軽度であり売主たる被控訴人において頗る強度であると解するのを相当とするから、被控訴人が控訴人に対し自己の不法を承認して(このことは前記甲第一号証、同第二号乃至第十八号証の各一、二により推認せられる)前段認定のとおり代金相当の金員を弁償することを約諾したに拘らず、なおその契約(解除契約)を無効としてまでその不法の利得の返還を拒否することを許してこれを保護する必要は少しもないと考えられる。
これを要するに本件売買契約解除に際し被控訴人が代金相当の金員を控訴人に弁償することを約する契約は有効と認めなければならない。
従て被控訴人のこの点に関する抗弁も採用するわけにはいかない。
してみると被控訴人は控訴人に対し右約旨に従て金十万円を支払う債務を負うたものというべく、その後数回に亘つて合計金六万一千五百円の支払を受けたことは控訴人の自認するところであるから、これを右十万円から控除すれば控訴人の有する残債権は金三万八千五百円となるものとする。
被控訴人は右既払金の外金五万円の小切手を控訴人に交付しているから、代物弁済又は更改によつて被控訴人の債務は消滅に帰していると抗弁する。そして控訴人において被控訴人主張の金額五万円の小切手(甲第一号証の小切手)をうけとつたことは控訴人も認めるところであるが、右小切手の交付のみによつて被控訴人の債務が消滅したことを認めるに足りる証拠はないから、該小切手は通常の場合の如く単に支払の方法として交付されたものとみるべく、そして右小切手は支払拒絶されていることが右甲第一号証によつて明である。
従て該抗弁は採用に値しない。
最後に相殺の抗弁について考えるに、たとい被控訴人がその主張のようにトラツク及び馬力代として合計金二千五百円を費したとしても、控訴人においてこれを負担すべきものであるということを認めるに足りる証拠は少しもないから被控訴人主張の反対債権を是認することができない。
従て右相殺の抗弁も排斥を免れない。
以上みたところによつて明なとおり、被控訴人は控訴人に対し残債務金三万八千五百円及びこれに対する本件訴状送達の翌日たること当裁判所に顕著なる昭和二十三年一月二十二日以降完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものというべく、これに超過する範囲の金員についてはその支払の義務がないといわなければならない。
従て控訴人の本訴請求は右金員の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものである。
しかるに原判決が控訴人の請求を全部棄却したのは一部不当であるから、これを主文のように変更すべきものとし民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十二条、第百九十六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 中島奨 白木伸 鈴木正路)