名古屋高等裁判所 昭和26年(う)1024号 判決
弁護人の控訴趣意(一)の要旨は、原判決には法令の違反がある。すなわち、弁護人は原審公判において検察官に対して、起訴状記載公訴事実第一のうち、
一、「嫌がる右小林を直ちに同町の飲食店につれ込み」とあるは誰が連れ込んだのか。
二、「千円持つて来い」旨申向け、若しこの要求に応じない時は危害ある旨暗示して、同人を更に畏怖させ云々とあるは誰が千円持つて来いと請求し又誰が危害ある旨暗示したのか又その暗示の方法はどうか。
との二点について釈明を求めたが、検察官はこれに対して、一については審理の進行に従い判明すると思う、二については後に請求する証人によつて判明させると述べた。しかしながら、検察官は釈明を求められれば、当然これに応える義務があり、特に本件においては、被告人が恐喝の犯意を否認しているのであるから、たとえ共犯事実であつても、右の事項は確定せねばならない事項であつて、之に対する釈明がない以上、起訴状記載の公訴事実を確定し得ないのであり、結局起訴状の朗読がなかつたことに帰着するものと断じなければならない。されば原審の訴訟手続においては、検察官の当該事実についての起訴状の朗読がなかつたという法令違反があり、この違反は判決に影響を及ぼすことが明らかな場合であるから、原判決は破棄せらるべきものである。尤も検察官は弁論終結直前において弁護人の再度の釈明要求によつて釈明し、結局その釈明をしたことにはなるが、訴因という大命題の特定なくして審理を進行せしめた点についての法令違反は到底治癒されないものと謂わなければならないと謂うに在る。
よつて按ずるに、原審第一、二回公判調書によれば、その第一回公判において、弁護人が検察官に対して、起訴状記載公訴事実第一について所論のような釈明を求め、検察官が所論のとおり釈明し、第二回公判において検察官が弁護人の再度の釈明要求に対して具体的な釈明をしたことは所論のとおりであつて、本件起訴状には、右弁護人が釈明を求めた事項について明白な記載のないことも明らかである。しかし共謀共同正犯の行為はすべて共謀者同一体として観察すべきものであつて、たとえ実行行為を分担しない共謀者でも、他の共謀者の実行した共謀に係る行為については、その責を免れないものであるから、起訴状に記載すべき公訴事実においても、必ずしも共謀者の各分担行為を明らかにしなければならないものではない。又犯罪の結果を生ぜしめた手段乃至方法は犯罪事実を特定するため、できる限り具体的に明らかにしなければならないのであるが、これは当該犯罪事実そのものではないから、たとえこれを明らかにしなかつたとしても、犯罪事実そのものを明らかにしないものと謂うことはできない。従つて起訴状に記載すべき公訴事実においても、犯罪事実すなわち罪となるべき事実の記載があれば、その結果を生ぜしめた手段又は方法を欠いても、訴因が確定しないものとは謂えない。しかして本件起訴状の公訴事実の記載は措辞妥当を欠くものがあるが、これを通読すれば、被告人両名が些細のことから小林恒久と格闘し、両人が辟易して、被告人両名に対して畏怖の念を抱いたのに乗じて金銭を喝取しようと企て、共謀の上、嫌がる小林を飲食店に連れ込み、四百円相当の飲食をなし、更に自動車一台を賃金五百円にて雇い、同所から同人宅まで乗りつけて同人宅に宿泊した上、翌朝同人に対して「今までの経費が千円ばかりかかつているから、あしたの晩に新城の鈴の屋まで千円持つて来い」との旨を申向け、同人を更に畏怖させ、よつて現金八百円を右鈴の屋に持参させてこれを喝取したとの共謀恐喝行為につき、日時、場所等を明らかにして、訴因を明示していることが諒解されるのであるから、起訴状に記載すべき公訴事実としては特定されていて、欠くるところはないものと認める。
(中略)
同控訴趣意(二)の要旨は、原審公判調書(九十九丁)によると、検察官は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号に基き、小林恒久の検察官に対する供述調書の取調を請求し、弁護人はこれに異議ない旨陳述し、裁判所は右供述調書の署名捺印を確かめた上、これを採用したことが認められる。しかし裁判所が如何なる方法で右供述調書の署名捺印を確かめたかは公判調書では明瞭を欠き、特に右小林が証人調の後まで公判廷に居残つたとはいわれないが、その当否は別論として、元来右刑訴法条は、むしろ例外的な場合として書証に証拠能力を与えられるのであるから、検察官は同条第一項第二号の如何なる条件に該当するやを明らかにして証拠調の請求をなすべきであるのに、右法条の趣旨を無視し、裁判官亦これを簡単に採用したのは訴訟手続の法令違反であつて、原判決はこの点においても破棄されるべきものであると謂うに在る。
しかし、原審第二回公判調書によると、被告人及び弁護人は検察官が刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号に基き、所論小林恒久の検察官に対する供述調書の取調を請求したのに対して、その取調に異議はない旨を述べ、その後行われたその証拠決定及び証拠調に対しても、何等異議を述べなかつたことが明らかであるから、被告人等は右供述調書を証拠とすることに同意する意思を以て、その取調に異議ない旨を述べたものと認められ、従つて爾後その証拠能力を云為することは許されないから、これを採用した訴訟手続を論難することも亦許されないものと謂わなければならない。又仮りに然らずとするも、被告人等は本件弁論終結に至るまで、右証拠調に関する異議の申立をしなかつた者であるから、刑事訴訟規則第二百六条によつて、爾後においては、これについての異議の申立は許されないこととなり、従つてこれを証拠として採用した原審の訴訟手続を批難することは許されないし又これを控訴の理由とすることも許されないものと謂わなければならない。しかも、検察官は右供述調書が右法条項号所定の如何なる条件を具えるものであるかを明らかにしなかつたことは所論のとおりであるが、その供述者である小林恒久は右公判期日に証人として出頭して供述をしたものであり、又その証人としての供述と右供述調書記載の供述とを対照すれば、その供述が相反するものでないことは明らかであるから、右供述調書は右法条後段のうちの、公判期日において、前の供述と実質的に異つた供述をしたときというに該当するものとして、検察官はこれが取調を請求し、裁判所亦これが証拠決定をしたものであることは自ら明らかであり、そしてその両者の供述内容は、供述調書記載の供述においては、供述者たる小林恒久の本件被害当時における動作が概して受動的であり、その態度は被告人等及び被告人等の言動に対して甚しく恐怖的であつたと看られるのに、証人としての供述においては、その行動が概ね自動的であり、恐怖の程度も甚しくはなかつたようにも看られるので、その各供述が、心証の如何によつて、判示金員授受の原因を畏怖に基くものと看るか或は任意に出たものと看るかの点について、互に異つた結論を齎らすこともあり得るものと認められるので、かかる場合には、これをその供述が実質的に異るものとして、その供述調書の取調を請求し、又その取調をすることができるものと解するを相当とするから、検察官の右証拠調の請求は違法ではなく、又原審はその請求について決定するため、被告人等の意見を聴いた上、検察官に対して当該供述調書の提示を求め、これをその供述者たる小林恒久及び被告人に示してその供述者としての署名捺印が右小林恒久のしたものであること及びその供述が同人の任意の供述であることを確かめて、これを取調べる旨の決定を宣し、その証拠調を施行したことが右公判調書によつて明らかであるから、畢竟原審は、その証拠決定をするに当つて、前示各手続を経た上、その供述調書その他一件記録等によつて、その証拠調をするを適当と認めてこれを施行したものと認められるから仮りに右供述調書を証拠とすることについて被告人の同意がなかつたものとしても原審の訴訟手続には何等法令違反の廉はない。