名古屋高等裁判所 昭和26年(う)31号 判決 1951年3月16日
控訴人 被告人 津田昭三
弁護人 佐治良三
検察官 片桐孝之助関与
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役二年六月に処する。
原審において国選弁護人平野丹治に支給した訴訟費用並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は被告人及び弁護人佐治良三各提出に係る控訴趣意書の各記載を引用する検察官は本件控訴は理由のないものとしてその棄却を求めた。
弁護人佐治良三の控訴趣意第一点の一について。
原審公判調書によれば検察官から犯罪事実に関する他の証拠と共に被告人の司法警察官に対する第一、二回供述調書の取調請求がなされていることが明らかである。然しながら刑事訴訟法第三百一条は要するに被告人の自白による予断を抱かしめることを防止しようとするのがその狙いであるから、犯罪事実に関する他の証拠の取調に先立つて被告人の供述を録取した書面でその内容が自白であるものを取調べてはならないという趣旨と解すべく、必ずしもその取調請求の順序自体に重点があるものとは思われないし、又そのように解することによつて十分偏見予断のない裁判の実況や被告人の利益保護を期し得られるのであつて所論はその法文の文字に拘泥し手続を煩雑化するに過ぎないと考えられるから採用し得ない。
同上第一点の二について。
原判決によれば原審は本件犯罪事実を認定するについて一、被告人東郷修の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書一、被告人津田昭三の司法警察員に対する第一、二回各供述調書一、北条幹夫作成の強盗届一、北条幹夫の司法警察員並びに検察官(検察事務官の誤記と認められる)に対する各供述調書一、北条みつ子の司法警察員並びに検察官(検察事務官の誤記と認められる)に対する各供述調書一、司法警察員作成の搜索調書並びに差押調書一、北条幹夫作成の実見始末書並びに押収物還付請書一、司法警察員作成の実況見分調書
(図面四葉、写真六枚並びに領置調書添附)一、領置に係るかけや一挺、菜切庖丁一挺、紺色ズボン一着、国防色上衣一着(証第一号乃至第四号)を挙示しており、更に原審公判調書によれば右各書類(写真及び図面を除く)の取調は論旨のように朗読がなされたのみで示されていないことが明かであり、若し右各書類にしてその意義が証拠となる証拠物たる書面であるとするならばまさに論旨のようにその取調はその方式に瑕疵があるものとせねばならない。然しながら右各書類は本件事件の訴訟手続において作成された書類であつてかかる書類は論旨に拘らず証拠書類としてその取調の方式は朗読を以て足りるものと解すべきである。蓋しその書類について朗読の外特にその展示を要するとされる理由はその存在自体が特に問題とする必要があるからであるところ当該事件において作成されている以上その搜査機関によつて作成されたということを別事件に関して作成されたものと同様に見て当該事件に関し裁判官の面前において作成されたものに比して特にその存在自体を問題にせねばならぬとは思われない。勿論新刑事訴訟法が搜査機関作成のものと裁判官の面前で作成されたものとにその証拠能力について差等を附していることは所論の通りであるが、そのことからは当然にその存在自体について迄区別を附さねばならぬという結論にはならない。従つて原審の手続に違法があるものとはいえないから論旨は採用の限りでない。
同上第二点及び被告人の控訴趣意について。
原審判示の事実はその挙示の証拠によつてこれを認めうるところであり、一件記録によるも右の認定を妨ぐべき資料は存しない。而して原審の「被告人が直に加担する意図の下に同人の誘いに応じて」云々と判示していることは論旨のように被告人の犯行についてその積極性を認定したとするのは誤りであつて、寧ろ原審相被告人東郷修の誘いに応じて共謀加工に到つたもの、即ちその共謀加工の態様が消極的従属的であつたことを判示しているものと解すべきである。而してその犯行が消極的従属的である外更に被告人には前科もなく又その平素の行状が不良であつたとする資料もなく、本件犯行の態様その他諸般の事情から見ても被告人に対する原審の科刑は被告人の責任追究において原審相被告人東郷修の犯行の結果が重大であつたのに眩惑されたと思われ些か重きに過ぎた憾があり、従つて原審の量刑が失当であるとする各論旨は理由があるものというべく、原判決はこの点において刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条によつて破棄を免れない。
而して本件は直に当審において判決し得るものと思われるので同法第四百条但書に則つて更に判決する。
(事実)
被告人は原審相被告人東郷修と小学校時代の同級生であるが、昭和二十五年十月七日夜右東郷修の依頼で同人が嘗てパンの製造卸をしていた当時の荷物引取を手伝うため、三重県鈴鹿市庄野町え来り、同夜同市鈴鹿橋下で夜を明かし翌八日も同橋下及びその附近を徘徊しその翌九日午前一時三十分頃偶々同市加佐登町二千百六十七番地北条幹夫方前道路にさしかかつた際右東郷修は商売をしていた際の借金返済について苦慮していた折からであつたので、同家で金品を強奪しようと決意し同家便所屋根裏から同家え侵入し内部から表戸を開け被告人を招いたので、被告人は右東郷修の挙動から同人の強盗の意図を察知するに到つたが、これに加担する気になり同家に侵入して覆面し右東郷修において就寝中の右北条幹夫及びその妻北条みつ子(その当時二十歳)に対し同家にあつたかけや(証第一号)及菜切庖丁(証第二号)を示し「声を出すな」と脅迫し更に右両名の手足を縛し口え布切を押し込み蒲団を被せる等の暴行を加えて同人等をして反抗不能の状態とした上、被告人等で右北条幹夫所有の現金七百五十円、五球スーパー受信機一台、丸型腕時計一個、チヨコレート色短靴一足、外衣類雑品十二位点を強取したものである。
(証拠)
一、被告人の司法警察員に対する第一、二回各供述調書
一、東郷修の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書
一、北条幹夫の強盗届
一、北条幹夫の司法警察員並びに検察事務官に対する各供述調書
一、北条みつ子の司法警察員並びに検察事務官に対する各供述調書
一、司法警察員作成の搜索調書並びに差押調書
一、押収に係るかけや一挺(証第一号)及び菜切庖丁一挺(証第二号)の存在
(適条)
法律に照すと被告人の住居侵入の点は刑法第百三十条罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項第一号刑法第六十条に強盗の点は、同法第二百三十六条第一項第六十条に各該当するところ、右は手段結果の関係があるので、同法第五十四条第一項後段第十条に則り重い強盗罪の刑に従うべく、その情状に憫諒すべきものがあるから、同法第六十六条第七十一条第六十八条第三号によつて酌量減軽をした刑期範囲内で前示諸般の事情を斟酌して被告人を懲役二年六月に処し、原審において国選弁護人平野丹治に支給した訴訟費用及び当審において生じた訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項に従つて全部被告人をして負担せしむべきものである。
(裁判長裁判官 山田市平 裁判官 佐藤盛隆 裁判官 小沢三郎)
弁護人佐治良三控訴趣意
第一点原審訴訟手続には判決に影響を及ぼすべきことが明かな法令の違反がある。
一、(イ) 被告人の供述を録取した書面でその内容が自白であるものは仮令任意性の認められるものであつても犯罪事実に関する他の証拠が取調べられた後でなければその取調を請求することはできないものであること刑事訴訟法第三百一条により明かである。
或は右法条は文字通り厳格に解すべきものではなく「取調を請求することができない」とは単に「取調べることができない」と解すべきであるとして自白を内容とする被告人の供述調書について他の証拠と共に一括して証拠調の請求があつた場合には実際の証拠調に当つて右の供述調書の取調が他の証拠の取調の後に為されゝば何等前記法条に違反するものではないとする説もあり、その旨を明言している下級審判例もあるが、凡そ刑事訴訟法第三百一条が偏見予断を持たぬ公平な裁判所による裁判を実現せんとする法目的の具体的一顕現であり、被告人の利益保護の規定である限り訴訟関係人が新法の手続に習熟せぬ時代に於ての救済的措置としてなら兎も角、施行後二年を経過した今日に於ては斯く単に手続の便宜にのみ眩惑され法の精神並に規定の文理を無視した解釈は許さるべきでない。
(ロ) 果して然らば原審訴訟手続に於て検察官がその立証として被告人の司法警察員に対する第一、二回各供述調書を未だ何等の証拠調の行われない時期に他の証拠と共にその取調を請求したのは(記録第二十九丁)明かに刑事訴訟法三百一条に違反するものであり、原判決援用の証拠中に斯る法令違反の手続を経た証拠の存在することは即ち同法第三百七十九条該当の控訴理由あるものと謂はねばならない。
二、(イ) 更に原判決に証拠として、援用された各書面は孰れも法律上之を証拠とすることが出来ないものである。
(ロ) 即ち右各書面は孰れも証拠物件中書面の意義が証拠となるもの、換言すれば所謂証拠物たる書面であつてその取調の方法は刑事訴訟法第三百七条第三百六条及び第三百五条により展示朗読を要するのであるが第二回公判調書(記録第四十四丁)の記載によれば検察官は単に右書面中添附の図面及び写真を展示したのみで他は展示することなく朗読して之を裁判所に提出したことが明かである。
蓋し証拠書類と証拠物たる書面との区別に関しては旧法当時より学説の派れる処であり判例は大体「当該事件又はこれと併合せられた事件の訴訟手続に於て作成せられた訴訟書類」を以て証拠書類と為して居たのであるが訴訟構造の根本的に変革せられ当事者主義的性格の強調せられた新法の下では証拠書類の概念は更に狭く解する必要があり、搜査機関の作成した書類も右範疇に入れるべきではなく単にその手続に関し裁判所または裁判官の前で法令により作成された訴訟書類のみを指称すべきである。証拠調の方法に関して証拠物たる書面は展示を必要とする処からそれは文書の存在並びに状態がその意義と共に重要であるものとして所論と反対の立場をとる判例もあるが、是亦いたづらに破棄の理由の増大せんことを防止する意企に出た経過的且政策的意義しか有するものに他ならず、証拠能力の点に於ても裁判官の面前調書と搜査機関のそれと区別して取扱つている新法の精神に照し末永く維持せらるべき判例でないことは明白である。
(ハ) 果して然らば此等違法の証拠調を経た証拠により判示の如き事実を認定した原審々理には判決に影響を及ぼすべきことが明らかな訴訟手続の法令違反があると謂うべきであり、原判決はこの点に於て破棄を免れないものである。
第二点原判決の刑の量定は不当である。
一、原判決は判示の如き被告人の行為を認定して之に対し懲役四年の実刑を科しているのであるが、右の刑は被告人の性格犯行の動機情状、実害の有無等に照らし明かに不当である。即ち
(イ) 被告人は六歳の時父に死別れて以来母の手一つで(恐らく清貧の中に)育てられ(記録第五十六丁)高等二年卒業後二年半位朝夕刊を十部位配達し月二、三百円の収入を得てその金は全部母に渡して家計を助け(同第六十一丁)就職後も被告人の月約六千円の収入で母子二人が暮して居た為小遣銭も少ししか使えず道楽は勿論酒煙草すら呑まず清貧に甘じて居たのであつて(同第五十六丁)斯る日常の生活を通じて看ても被告人の善良な性格が容易に推知され得るのである。
(ロ) 斯る善良な被告人が偶々小学校時代の友人である相被告人東郷の再三に互る懇請を受け共に鈴鹿市におもむいた処、本件被害者宅前に差し掛つた際東郷に於て財物強取の決意をなし被告人を其処に待たした侭単身同家に侵入し、然る後被告人を誘い入れたものであることは原判決認定の通りであるが被告人が「直ちに之に加担する意図の下に」同人の誘いに応じ同家に侵入したと判示しているのはいさゝか事実と喰い違い被告人は同人の態度より同人に強盗の決意あることを知るや「恐ろしくなり一旦外へ出てぼんやり立つて居た」(記録第五十九丁)のであり、この事は東郷の原審公廷に於ける「津田は妙な表情をして一旦表へ出て行つた」旨の供述(同第五十丁)からも明かであつて被告人は極めて受動的な立場にあつたもので判示の如き積極性はその片鱗すらうかゞえぬのである。
(ハ) 然も被告人は東郷が屋内を物色中「何もせず土間の方でぼんやり立つて居た」のであり(記録第五十九丁)東郷も被告人は何にをして居たか判らない旨申述べて(同第五十二丁)右被告人の供述を補強しているのである。或は北条幹夫の検察官に対する供述調書に「二ケ所でガタガタ音がして居ました」ので「部屋の中を探し廻つて居たのは二人共やつていたように思います」との記載がある処から(同第七十丁)原判決判示の如く「被告人両名で同家屋内を物色し」たことになつたのかも判らぬが、恐怖に戦く被害者の記憶は細部に互つて信用し得ないものであるばかりではなく、被告人は土間に立つている中に目が眩んで来たので洗面所で顔を洗つた事実がある処からその音が聞えたのではないかとも思われるのであり、孰れにしても判示の如き認定は為し得ず被告人の犯行態度は極めて従属的な軽微なものであると謂わねばならない。且犯行中に目が眩むと謂う事実は前科のない事実と共に被告人の善良な性格を如実に物語るものである。
(ニ) 加えて被告人の所為は原審判示の如く単に刑法第二百三十六条第一項によるべき処被害品は全て返還され(北条幹夫作成の請書二通記録第八十五、八十六丁)実害はなかつたのであるから此の点は財産犯処罰の目的が個人の財産保護にあることよりしても大いに考慮さるべきである。
二、以上の如く被告人は情状極めて憫諒すべきものであり、執行猶予の恩典を与えられて然るべき被告人に四年の実刑を言渡した原判決は政策上も明かに不当であり破棄さるべきである。
(被告人の控訴趣意は省略する。)