名古屋高等裁判所 昭和26年(う)896号・昭26年(う)897号 判決
原判決は被告人に対し昭和二十五年六月十三日附起訴状記載の賍物牙保の事実同年十月二十一日附追起訴状記載の窃盗の事実、昭和二十六年一月十七日附追起訴状記載の恐喝、窃盗同未遂の事実、昭和二十五年十二月二十九日附追起訴状記載の強盗並逃走の事実、昭和二十六年二月十九日附追起訴状記載の窃盗の事実同月二十六日附追起訴状記載の窃盗の事実を認定し之が証拠として被告人に対する司法警察員、検察事務官検察官作成の各供述調書、各被害者の供述調書、事実上申書被害届、被害上申書等を挙示すること及右挙示の被告人等の各供述調書は自白でその他の各証拠は右自白の補強証拠であることは所論の通りである。而して被告人の論旨は前記認定事実中昭和二十六年二月十九日附追起訴状記載の各窃盗、同月二十六日附追起訴状記載の各窃盗、昭和二十五年十二月二十九日附追起訴状記載の第一の強盗の各事実を否認しその理由として被告人は阿片及びヒロポン中毒で警察検察庁及原審公判に於ける取調当時一種の狂人で取調官が何を言うて居るのか判らなかつた中村警察署では刑事が被告人にヒロポン注射をしたり、他の物と交換条件で被告人の覚えのない事件迄被告人の所為であると自白さして調書を作成したのであると云うにあるが被告人が本件検挙当時ヒロポン中毒に罹り日々多数回に亘り注射していたことは本件記録上明かであつて右の様な中毒患者の精神状態が正常でないことは多くその例を見る事実であるからその中毒症状中の供述は任意性を欠くやの疑を抱き得るのみならず、被告人が否認する前記昭和二十六年二月十九日附追起訴状記載の百三十三回に亘る各窃盗、同月二十六日附追起訴状記載の百二十九回に亘る各窃盗は何れも昭和二十四年五月十八日頃から昭和二十五年十月六日頃迄の犯行であるが被告人は前刑懲役四年の刑を神戸市大久保刑務所で受刑中昭和二十四年五月十四日仮出獄により出所し直ちに名古屋市中村区松原町なる母の家に帰り同年六月中旬から同年八月中旬迄は同区中村公園前の林方で同人と共同で飴製造業に従事し同年八月下旬から同年十一月初迄は神戸市に居住し、同月初頃名古屋市に戻り昭和二十五年二、三月頃は土台石、王石の販売業に従事し同年六月初賍物牙保被告事件で逮捕拘束せられ、同月二十八日保釈により釈放せられ、其後同年十月十日窃盗被告事件で逮捕せられる迄笹島職業安定所で人夫として働いていたことも本件記録上認められるところで原判決認定によれば被告人は右期間に二百六十回余に亘り窃盜等本件犯罪を働いて居たことになるが此点につき被告人のかかる多数回に亘り窃盗をしたことはない中村警察署でヒロポン注射をして貰う交換条件に他人の犯罪を被告人の所為のように自白し其旨の供述調書が作成されたものであるとの弁解は無下に排斥し去れない理由があると思料される。その他被告人が論旨に於て縷々述べる所は相当具体的で証拠調を要するものがあり、その証拠調の結果如何によつては右公訴事実の成否に影響するやも計られないと推察される、
之を要するに被告人に対する中村警察署に於ける自白は被告人の精神異状中に為されたものか強制に基くものかその任意性に稍疑を抱き得る節があるし延いて検察庁に於ける自白も同様の疑問を存し得べく仮りに然らずとするも自白の信憑力に疑を容れる余地が相当あるものと思料せられる。而して原判決挙示の証拠中被告人の右自白を除けば、相被告人赤塚芳幸の検察官に対する自白は後記の通り信憑力乏しく他は何れも之が補強証拠のみであるから若し被告人の右自白が前記の理由により採用できない場合には右公訴事実の認定には証拠が不充分となるかも知れないから原審は須らく被告人の自白の任意性につき更に審理を尽し且論旨摘録の各証拠調により右自白の信憑力の有無を確めた上判断すべきである。結局原判決には審理不尽があるか採証の法則に反する違法があるか然らざれば事実誤認の疑あるもので破棄を免れない。論旨は理由がある。