名古屋高等裁判所 昭和26年(ネ)194号・昭27年(ネ)17号 判決
原告 雛形一郎 外四名
被告 稗田市郎 外一名
一、主 文
原告等の控訴を棄却する。
原告等の控訴によつて生じた訴訟費用は原告等の連帯負担とする。
原判決を次のとおり変更する。
原告等の請求を棄却する。
原告等は連帯して被告稗田市郎に対し金一万五百四円を、被告杉本芳夫に対し金十八万四千六百七十二円を夫々支払え。
被告等その余の反訴請求を棄却する。
第一審の訴訟費用及び当審において被告杉本芳夫の控訴によつて生じた訴訟費用は原告等の連帯負担とする。
右第五項及第七項に限り被告稗田市郎において金三千円、被告杉本芳夫において金六万円を各担保として供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告等は原判決中原告等敗訴の部分を取消す被告等は連帯して原告等に対し金四万四千百二十五円及びこれに対する昭和二十五年十二月十四日以降完済に到る迄年五分の割合による金員を支払わねばならない被告等の反訴請求を棄却する訴訟費用は第一、二審共被告等の連帯負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め更に被告杉本芳夫の控訴に対してはこれを棄却する旨の判決を求め、
被告杉本芳夫は原判決中同被告敗訴の部分を取消す原告等は同被告に対して金二十一万五千五百八十四円を支払わねばならない訴訟費用は第一、二審共原告等の連帯負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め更に被告等は原告等の控訴に対してはこれを棄却する旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は原告等において被告杉本芳夫はその反訴請求として同被告が昭和二十五年九月十五日訴外法沢正信に対し杉原木約七百石を売渡すことを契約し同年十一月中に該木材を納入せぬときは違約金五万円を同訴外人へ支払うことを特約したが原告等の不法な仮処分執行によつて右の杉材木を約定通り納入できず右違約金を支払わねばならなくなつたから同額の損害賠償を請求すると主張しているが、
(一) 右仮処分執行当時五百二十九石の木材が現存しその内仮処分が執行されたのは約百九十八石であつたことは乙第四号証で明かなるのみならず当事者間にも争のないところであつて従つてその執行せられなかつた三百三十一石はこれを搬出し得たものというべく現に同被告が仮処分執行の存続中に木材を搬出したことは乙第三号証、証人寺田政次郎の証言、被告両名に対する本人訊問によつて明かである然るところ他方右訴外人に対し既に仮処分執行前に三百五十石程の木材引渡済であることは同訴外人が証人として証言しておりこれを合計すれば略約定の数量に達するのであつて同訴外人に対する契約数量は「約」七百石(乙第八号証)として多少の数量の増減を見込んであり又その引渡時期に関しても同訴外人は証人として「到底年内に右木材は間に合わないと思い昨年十二月半過ぎに相手方に対し口頭を以て契約を解除した」旨証言しており同年十二月末頃迄に搬出して引渡せばその数量及び時期の多少の相違に拘らず契約の履行をなし得たのである。
(二) 更に右違約金五万円は乙第八号証によれば「故なく」木材を納入せざる場合に支払うべきものであるところ仮に仮処分の執行によつて約旨の履行が不可能となつたものとすれば同被告は故なく納入せざることにならないから右違約金支払の責任はないものとせねばならない。
(三) 次に右違約金は未だ支払われていない。
従つて右違約金五万円と同額の損害ありとしてその支払を求めるのは失当であると述べた。外原判決摘示の通りであるから茲にこれを引用する。<立証省略>
三、理 由
先ず原告等の本訴請求については昭和二十四年四月二十五日原告等と被告稗田市郎との間に原告等所有に係る富山県下新川郡松倉村河原波字道下地内の杉立木売買契約が締結されたこと、被告等が共同で右道下の一〇五番及び同所一一一番(所謂田跡)に生立していた杉立木六十六本約二百石を伐採したことは当事者間争のないところ、原告等は右田跡外二カ所の杉立木は右売買契約において特にこれを除外しその杉立木は全部残存せしむべき約定であつたと主張するのであるが成立に争のない甲第四号証(乙第十七号証と同一書証)に原審並びに当審証人金井正義、当審の被告稗田市郎本人訊問及び原審検証の結果を総合すると右売買契約においては本件所謂田跡外二カ所の杉立木は全部伐採せずに残存せしめるという約定ではなく用材となりうる程度のもの即ち目廻二尺五寸位以上のものはこれを伐採し得るがそれ以下のもの即ち小杉のみを残存せしめるという約定であつたこと、而して被告等が伐採した所謂田跡の杉立木六十六本は何れも目廻二尺五寸位以上のもののみであつたことが認められるのであり原審証人谷川仁、磯島伊三次の証言、原審及び当審における原告法定代理人雛形外美子の供述中右認定に反する部分は措信し難くその他右認定を左右するに足る証拠は存しない、従つて被告等の右杉立木六十六本の伐採は本件売買契約の約旨に副うものであり、不法な行為とはいえないから爾余の点を判断する迄もなく原告等の本訴請求は失当なものとして排斥を免れ得ない。
次いで被告等の反訴請求の適否について按ずるに原告等の本訴請求の要旨は本件所謂田跡に生立していた立木の所有権確認及びこれが不法伐採並びにこれに附随して生じた損害賠償を請求しその後同所に生立していた杉立木六十六本の不法伐採による損害賠償のみを訴求するに到つたものであるが、本件反訴請求は原告等が被告等において本件売買契約に基いて伐採した杉材に対し不法な仮処分を執行したために生じた損害の賠償を求めるというのでありその訴求の目的物自体は同一でないがその両訴は本件売買契約において本件所謂田跡の杉立木全部が売買の目的物から除外されていたか否か並びに右田跡の杉立木の伐採という基礎的事項を共通としてその攻撃、防禦において牽連性の存することは明かであるから本件反訴は適法であるとせねばならない。
仍て更に反訴請求について審究を遂ぐるに、原告等が被告稗田市郎を相手取り被告等主張の理由によつてその主張日時場所において被告等が搬出途上にあつた杉材に対し仮処分を執行したことは当事者間争なく更に成立に争のない乙第四号証及び当審証人高桑宴友の証言によれば、右仮処分執行の対象となつた杉材は二百六十八本約百九十八石であつたことは明かであるが、本件所謂田跡における被告等の杉立木伐採は本件売買契約における約定の範囲でなされた正当なものであることは既に説示の通りであり、且つ右田跡以外の場所における被告等の伐採も亦本件売買契約の約旨に副うものであることは成立に争のない乙第五号証及び前示金井証人の各証言並びに被告等本人訊問の結果を総合してこれを認むるに足るところである。従つて、被告等が正当に伐採した杉材に対しこれを不法な伐採として仮処分によつてその搬出を阻止したのは故意又は過失により他人の権利を侵害したものというべく、原告等はこれによつて被告等に生じた損害中その相当因果関係のあるものはこれを賠償すべき義務があるものといわなければならない。
そこで被告稗田市郎の損害としては原審証人杉本作太郎の証言及び原審並びに当審における同被告本人訊問における供述と当裁判所が真正に成立したと認める乙第十三号証を総合すれば、同被告は本件仮処分執行当時原告等から買受けた杉材を既に被告杉本芳夫へ売却しており、直接の利害関係はなかつたのであるが、原告等からその仮処分の相手方とされており、且つ被告杉本芳夫に対する売主としての責任上これを放置しておく訳にゆかず、該仮処分執行の解放交渉のため、昭和二十五年十一月九日及び十日の両日原告方を訪問し、又同月二十三日金子弁護士を依頼してその現場へ案内したことが認められ、右生業を離れてこれを空費した三日間の日当として少くとも計五百四円の損失を蒙つたことを肯認するに難くはなく、又右仮処分事件の相手方として応訴のための訴訟委任について同弁護士へ着手金一万円を支払つたことが認められ、右の合計一万五百四円は原告等がその不当な仮処分執行をなしたことによつて同被告に与えた損害であり、且つ、右の仮処分執行と相当因果関係のあるものとして原告等がその賠償の責任あることは明かである。
更に被告杉本芳夫の損害としては、(イ) 原審証人杉本作太郎の証言、原審被告杉本芳夫本人訊問における供述及び同供述により成立を認むべき乙第十二号証原審並びに当審における被告稗田市郎本人訊問の結果を総合すれば、被告杉本芳夫は本件仮処分執行当時被告稗田市郎から本件杉材を買受けてその搬出途上にあつたものでその仮処分事件の相手方にはなつていなかつたが、その執行の対象とされた杉材の所有権者としてこれが対抗手段を採らざるを得ない立場にあつたものであるところ、同被告は昭和二十五年十一月十日後二回に亘り右仮処分執行解放交渉のため原告方を訪れ、又同月二十三日には金子弁護士を現場へ案内し、更に同年十二月二日仮処分事件の検証に立会したことが認められ、右仮処分執行に関して空費した四日間について、同被告主張のように一日の日当千円となすべき立証はないのであるが、少くとも一日金百六十八円(証人の日当額として当裁判所に顕著な金額)計六百七十二円の損害を生じたことは、これを推定するに充分であり、又金子弁護士に仮処分事件の着手金一万円と現場へ二回出張の旅費四千円を支払つたことが認められ、(ロ) 又前示杉本作太郎証人の証言、原審被告杉本芳夫、原審並びに当審被告稗田市郎の各本人訊問の結果、当審証人小又栄次郎の証言、原審証人寺田政次郎(一、二回)の証言及び同証言によりその成立が認められる乙第九号証を総合すると、被告杉本芳夫は同年十一月八日以降同年十二月一日迄杉材搬出の人夫や馬を本件仮処分執行のため空しく待機せしめ、その間の費用として金十二万円の支出を余儀なくせられたことが認められる、尤も既に説示したように直接仮処分執行の対象とされた杉材はその当時伐採してあつた全部のものではなく、その中の二百六十八本約百九十八石であつたのであるけれども、その執行は搬出途中の先頭の杉材の部分についてなされたがために、その仮処分執行を受けない杉材の搬出が至難となり、結局搬出作業上伐採された全杉材が執行を受けたに等しい様な状況になつて搬出作業に使用する人馬を空しく待機せしめざるを得ないことになつたことが認められる、(ハ) 次に原審被告杉本芳夫本人訊問の結果、原審証人法沢正信の証言及び同証言によつてその成立を認むべき乙第八号証によれば、被告杉本芳夫は被告稗田市郎から買受けた本件杉材を目当として法沢正信に杉原本約七百石を売渡し、昭和二十五年十一月末迄に指定場所へこれを搬入すべく、且つ故なく右約定を履行しないときは違約金五万円を支払うべきことを約したが、本件仮処分執行のため右約定の通り履行することができず、違約金五万円を支払わねばならない立場となつたことが認められる。而して、原告等が右五万円はこれを支払う必要がないとし、(一) 本件仮処分執行当時執行されずにあつた三百三十一石の杉材を以て既に引渡済の分と合して略約旨の履行をなし得たとする主張については、前段説明のように本件仮処分執行が搬出先頭の杉材になされたため、結局搬出上全杉材が執行を受けたような状況となつたのであるから、本件仮処分執行が被告杉本芳夫の法沢正信に対する履行を阻害したことは疑なく、(二) 右不履行が本件仮処分執行によるとすれば、同被告は「故なく」履行しなかつたものでなく、所謂不可抗力によるものとして違約金支払の義務なしという主張については、同被告と法沢正信間の杉材売買が一応本件杉材を目当としてなされていることは否定し得ないが、特段の事由のない以上この種の取引は特定物の売買とは認め得ないのであり、他の同種の杉材を以て履行しうるものと考えられるから、同被告の立場からは当然不可抗力を以て違約金支払を拒否し得ないものというべく、且つ同被告が法沢正信に対し不可抗力を以て対抗し得ないということは、原告等の不法な仮処分執行の責任を免除すべき事由たり得ないことは勿論であり、(三) 又右違約金は現実支払われていないという主張については、同被告の五万円支払の義務が現実生じている以上これ亦原告等においてその責任を辞し得ないものというべきであるから原告等のこの点に関する主張は採用し得ない。尚同被告は本件仮処分執行によつて降雪による増加運搬費十万五千七百八十四円を支出したとしてその賠償を主張するのであるが、前示寺田証人の証言によれば、本件仮処分執行の昭和二十五年十一月七日の直後降雪があり、同月十六日には三尺の降雪を見たことが明かであるから、本件仮処分執行がなかつたとしても、当然降雪による運搬費増加の問題を生じたと思われ、且つ本件仮処分執行がどの程度にその運搬費増加に関係するのかこれを明かにし得べき立証がないので、この部分の請求は容認し難いのである。依つて同被告の反訴請求中、前示(イ)(ロ)(ハ)の合計十八万四千六百七十二円の損害は特に反証のない本件においては本件仮処分執行と相当因果関係あるものとし、原告等にその賠償の責任がありその以外の請求はいずれもこれを排斥すべきものである。
従つて以上説明のとおり原告等の控訴は理由なく、又被告杉本芳夫の控訴は一部理由があり、原判決はその範囲において変更すべきものと認め、民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第八十九条、第九十六条、第九十二条、第九十三条、第百九十六条に則つて主文のとおり判決する。
(裁判官 山田市平 村上久治 伊藤寅男)