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名古屋高等裁判所 昭和27年(う)1104号 判決 1952年12月26日

控訴人 被告人 柴田英左右

弁護人 鈴木匡

検察官 竹内吉平関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審に於ける訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は被告人名義の控訴理由書、弁護人鈴木匡名義の控訴趣意書と各題する書面に記載の通りだからここに之を引用する。

弁護人鈴木匡の論旨について、

被告人が昭和二十七年六月五日午前五時頃林宇之吉、金石一康の両名から本件靴九足を受け取つたのは同人等の為に賍物と知りながら其の売却を斡旋してやる為であり、被告人が各斡旋の目的で藤田貞義に対し右売却方を転嘱して同日午後三時頃同靴を引渡していることは、まことに所論の通り原判決挙示の証拠により明白であるが、結局藤田貞義の右売却前に事発覚して被告人が右売却斡旋の目的を遂げなかつたものであることも亦同証拠により明白である。

ところで賍物の牙保といふのは其の売却の斡旋をすることで其の際必ずしも常に賍物の保管、運搬を伴うものではないが、牙保の目的を遂行する必要上一時賍物を預つたり、運搬したりしても結局売却の斡旋の目的を完遂した際は其の間の賍物の保管、運搬のことは牙保の目的遂行上の一過程として之に吸収され別に賍物の寄蔵、運搬の罪を構成するものではないと解するを相当とはみとめるけれども、本件の如く結局売却斡旋の目的を達しなかつた場合に於ては賍物牙保の未遂がないからといつて其の間に於ける賍物の寄蔵、運搬の事実を不問に附さねばならぬといふいわれは無いと解する。そして右解釈に立つて、原判決挙示の証拠を綜合すると、原裁判所認定の賍物寄蔵の事実は明白に認め得られ、本件訴訟記録並に原裁判所で取調べた各証拠を調査しても原審の右認定に誤りがあると疑うべきものはない。所論は結局被告人の前記藤田貞義に対する売却の斡旋方転嘱の事実だけから賍物牙保の既遂と誤解したのでなければ独自の解釈に立つて賍物牙保の不成立の場合に於ても其の過程に於て生起した寄蔵の事実は犯罪を構成しないとなすに因るものと認められ、いずれも当裁判所の採用し得ないところだから論旨は理由がない。

被告人の論旨について、

本件訴訟記録並に原裁判所で取調べた各証拠を調査し之にあらわれた被告人の本件犯行の動機、犯行の態様其の前科、経歴、資産、生活の関係等を考慮すると、所論の事情を参酌検討してみても原審が被告人の本件犯行につき懲役五月及罰金三千円を量定したのは相当と認められ右量刑を不当過重と認めるべき資料はないから論旨は採用できぬ。

以上説明の通りだから刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却し、当審に於ける訴訟費用(国選弁護人に支給のもの)は同法第百八十一条により全部被告人をして負担せしめるべきものと認め主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 羽田秀雄 裁判官 小林登一 裁判官 山口正章)

弁護人鈴木匡の控訴趣意

原判決は寄蔵に当らない事実を賍物寄蔵となしているが之は判決に影響を及ぼす事実の誤認であり当然破棄されるべきものと思料する。即ち原審の確定したる事実に依れば被告人は昭和二十七年六月五日頃岐阜市清住町の自宅に於て林宇之吉外一名より依頼を受け靴九足(時価約二万四千六百円相当)を盗品であることの情を知りながら自宅に保管し之を以て賍物の寄蔵なりと認定している。

然し原審の一件記録を精覧するに被告人が賍物を寄蔵したものであるや否やの証拠は、(一)藤田貞義に対する司法警察員の供述調書(二)林宇之吉に対する司法警察員(昭和二十七年六月七日付)及び検察事務官の各供述調書(三)金石一康に対する検察事務官の供述調書(昭和二十七年六月十六日付)(四)被告人に対する司法警察員及び検察事務官の各供述調書であるが、此等の証拠に依れば次の事実関係が認められる。即ち前記林宇之吉が六月四日刑務所に於て服役中知合いとなつた被告人と出遭い、その晩林宇之吉及び金石一康が被告人の家を訪ね、林は被告人に対し「持つて来るから買つてくれるか」と念を押した処被告人は二軒程話をして来たからと答えたことは林及び金石の供述で明らかである。そこで林及び金石はその夜遅くから、何処か盗むに適当な場所がないかと物色し、六月五日の早朝から結局栗山兼一なる靴店から靴を盗んでそれを五日午前五時頃林及び金石が被告人の居宅に持つて行き、被告人が未だに寝ている二階に上つて「こんなものを盗んで来たから何とか処分をしてくれ」と懇請されたので、被告人は何処かに売却の周旋をしようと思い先ず受取つた靴を被告人が新聞紙に包み、未だに朝も明けない時間であること故一応そのまま林、金石及び被告人は寝て、被告人は朝九時頃日やとい稼ぎで知合いの藤田貞義を元町作業場に訪ね「靴を売つて貰いたいから僕の家に来てくれ」と頼んだ処藤田はその日の午後三時半頃被告人宅にとりに来て、そこで靴入りの風呂敷包を被告人が藤田に渡したものである。然らば原審にあらわれたかかる事実を熟考するに、成程被告人が藤田に靴を渡す迄被告人の住んでいる二階の部屋に置いてあつたものとは云うものの、それ迄に林及び金石がその部屋で一緒に休息がたがた寝ていたものであつて、被告人が之を寄蔵していたものとは云い難く、それは被告人が供述している如く、単に靴の売却の周旋をしたに過ぎない問題である。然るに原審はかかる事実関係を無視して敢て寄蔵と認定したことは判決に影響を及ぼす事実の誤認あり、破棄を免れぬものと信ずる。

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