名古屋高等裁判所 昭和27年(ネ)308号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は以下記載の外は原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。
控訴代理人は、原審において訴外中島磯一郎と被控訴人赤津支店長藤井浅太郎とが共謀の上約束手形を偽造して振出した。仮りに然らずとするも、両名相談の上、中島磯一郎又は中島陶器株式会社が手形金の支払義務を負い、控訴人には支払義務なきことを諒解して被控訴人宛て約束手形を振出したと主張したが、その約束手形なるものは本件において被控訴人主張の約束手形(甲第一号証――以下本件手形と略称する)を言うのではなく、その書替前の約束手形を指称する。即ち、訴外中島磯一郎と被控訴人赤津支店長藤井浅太郎は共謀して本件手形の書替前の約束手形を偽造して振出した。仮りに右書替前約束手形の振出は偽造に非ずとするも、両名相談の上、中島磯一郎又は中島陶器株式会社が手形金支払義務を負い、控訴人にはその支払義務なきことを諒解して被控訴人宛で振出したものであるから控訴人は被控訴人に対して右約束手形金を支払う義務を負わない。従つてかかる約束手形を書替えたものに過ぎない本件手形についても控訴人は之を支払うべき義務はないと主張するものである。仮りに、右書替前の約束手形につき右の事実が認められないとしても、書替前の手形の振出に際し、被控訴人の代理人たる赤津支店長藤井浅太郎は中島磯一郎が右手形を偽造して振出すことを知つて之を割引いたものであるから被控訴人はその手形取得につき悪意であつたと言うべきである。従つて右手形と同一性を失わない延期手形なる本件手形について、控訴人は支払義務を負わない。仮りに、書替前の手形について以上の事実が認められないとしても、本件手形の振出につき被控訴人の代理人たる藤井浅太郎は中島磯一郎が書替前の手形の支払延期のため本件手形を振出すものであり、而もそれは中島が権限を濫用し自らの利益のため控訴人名義の手形を振出すものであることを既に知つていた。換言せば、書替手形が偽造であることを知つていた。従つて本件手形は偽造に係るものであり、而も被控訴人はその事実を知つていたのであるから、控訴人は本件手形金支払の義務を負わないと述べ、
被控訴代理人は、当審において控訴代理人が主張した事実を全部否認し、訴外中島磯一郎は控訴会社の経理に関し代理権を有する商法上の番頭又は手代に該当する者であるから手形振出の権限をも当然有していたものと言うべく、従つて同人が控訴人名義の手形を振出した場合、それが偽造であると言う主張は法を無視した独善論である。又此の場合、右中島の内心的効果意思が控訴人のためにするものでなかつたが故に偽造であると言うことも亦著しく当を得ない。仮りに右中島が控訴人のために手形等を振出すには両者協議の上なすべき制限があつたとしても、かゝる制限は善意の第三者である被控訴人に対抗し得べくもない。最後に、仮りに控訴人が当審において主張する事実が存在するとしても、かゝることは全て時機に遅れた攻撃防禦の方法であるから却下を求めると述べた。
<立証省略>
三、理 由
証人藤井浅太郎の証言(原審二回)により真正に成立したと認める甲第二号証乃至第四号証の各一、二の記載、証人藤井浅太郎(原審一、二回並びに当審)、同藤井清次(原審並びに当審)の各証言並びに控訴会社代表者鈴木四郎本人尋問の結果(一部)を綜合すれば、訴外中島磯一郎は控訴会社の代表権限のない取締役であるが、事実上控訴会社の業務を主として執行し、手形振出については控訴会社取締役社長鈴木四郎の記名印及びその印鑑を常時保管していて、之を使用して控訴会社のために手形を振出す権限を持つていたところ被控訴人赤津支店においては昭和二十六年一月八日右中島の申込により同人が右記名印及び印鑑を押捺して作成した額面金三十万円の約束手形一通を受取つて、右中島に金三十万円を交付し控訴会社に対し右金員を貸付けたが、その後同年四月二十四日中島はその使用人藤井清次に右手形支払の延期のため之を書替えることを委任し、前記記名印及び印鑑を託したので同人は右赤津支店に到り之を使用して被控訴人主張通りの手形要件を記載した控訴会社取締役社長鈴木四郎名義の約束手形一通(甲第一号証)を作成し、之を前記手形の支払延期のための書替手形として右支店に交付したことを認めることができる。而して控訴会社代表者本人尋問の結果によれば、中島が控訴会社代表者名義の手形を振出すについては代表者鈴木四郎と協議をした上なすことを要する定めとなつていたところ、前記約束手形振出に際し、中島は右鈴木四郎と協議をしなかつたことが認められるが、中島磯一郎は前記認定の通り代表権のない取締役なるも事実上会社の業務に従事しているものであるから商業使用人を兼ねているものと言うべく、その地位は前記認定事実より考察すると商法第四十三条に所謂番頭に該当するものと言うべきである。従つて中島の手形振出の代理権に対し代表者と協議をなすべきことを要すとした制限は同法第四十三条第二項、第三十八条第三項により之を以て善意の第三者に対抗することができないものと言うべきところ、被控訴人は右手形の交付を受けた当時中島磯一郎の代理権に右の様な制限があつたこと、中島が右制限に反して手形を振出したものであることを知つていたことを認めるに足る証拠はないから控訴会社は中島磯一郎の右行為に付きその責に任じなければならない。当審における証人藤井浅太郎、原審並に当審における証人藤井清次の各証言並びに控訴会社代表者本人尋問の結果を綜合すると、中島磯一郎は右代理権を濫用して自己の利益を図り控訴会社名義の手形を振出し、被控訴人より金融を受けたことを認めることができるが、被控訴人において書替前の手形取得の当時中島の代理権濫用を知り又は知り得べかりしことを認めるに足る何等の証拠もないから、右の様な動機で代理行為をなしたことはその代理行為の効力に何等影響を及ぼすものではない。
控訴人は前記書替前の手形は中島磯一郎が被控訴人赤津支店長藤井浅太郎と相談の上中島磯一郎又は中島陶器株式会社が右手形の支払義務を負い、控訴会社にはその支払義務のないことを諒解して被控訴人宛てに振出したものであると抗弁するにつき按ずるに、之を肯認する趣旨の証人藤井清次(原審並びに当審)、同松原啓の各証言並びに控訴会社代表者本人尋問の結果は証人藤井浅太郎の証言(原審一回)に照し措信しがたく、松原啓両証人、控訴会社代表者本人尋問の結果によると昭和二十六年一月頃控訴会社代表者等の債務現在高の照会に対し控訴人赤津支店長藤井浅太郎は本件手形金債務の存在することを述べなかつたことを認めることができるが(此の点に関する原審証人藤井浅太郎の証言は措信しがたい)、右日時は昭和二十六年一月頃と言うだけであつて書替前手形振出日時(昭和二十六年一月八日)の前なるか後なるか判明しない、仮りにその後なりとしても、債務現在高照会に対し積極的に述べなかつたと言うことだけでは貸付当時控訴人抗弁の如き特約があつたと断定するには至らない。又成立に争いのない乙第四号証に書替前の手形及び本件手形の記載のないこと明かであるが、之は証人藤井浅太郎の証言(原審二回)により成立を認められる甲第二号証の一、二(被控訴人赤津支店備付の出金票)、第三号証の一、二(貸付金記入帳)、第四号証の一、二(個人別貸付別貸付元帳)には夫々昭和二十六年一月八日及び同年四月二十四日控訴会社に対し金三十万円を出金又は貸付けた旨記載ある事実と、右藤井証人の証言により成立を認める甲第五号証(同じく当座預金台帳)にはその記載のない事実と、右藤井証人の証言を綜合すると、被控訴人が手形を受取り貸付をする際借受人に対し直ちに現金を交付するときは預金とならないため当座預金台帳の手形による借方勘定にその旨記載せられないのであり、乙第四号証は甲第五号証を写したものであることが認められる而して前記認定の通り被控訴人は右中島より書替前手形を受取り金三十万円貸与した際現金を交付したのであるから甲第五号証には当然記載せられない、従つてその写しなる乙第四号証に書替前手形による預金の記載がなくても之を以て控訴人抗弁事実を証する資料となすことはできない。その他控訴人援用による全立証によるも右抗弁事実を認めるに足りないから本抗弁は採用することはできない。
次に控訴人は書替前手形の振出に際し、被控訴人の代理人たる赤津支店長藤井浅太郎は中島磯一郎が右手形を偽造して振出すことを知つて之を割引いたのであるから右手形の書替手形たる本件手形につき支払義務はないと抗弁するが、右藤井浅太郎につき悪意の立証のないことは前記認定の通りであるから右抗弁も亦採用の限りでない。
次に控訴人は赤津支店長藤井浅太郎において中島磯一郎が代理権限を濫用し自己の利益のため書替前の手形を振出したものであることを知り乍らその支払延期のため書替えられた本件手形を取得したものであるから本件手形金支払義務はないと抗弁するにつき按ずるに、中島磯一郎が手形振出の権限を有するも振出につき事前に会社代表者と協議をなすべき制限を付せられていたものであるが、右代理権に加えられた制限を被控訴人に対抗し得ないため、右中島の振出した書替前手形につき控訴会社はその支払の責任を負うべきものなることは前記認定の通りであるが、かかる場合控訴会社において右手形の満期にその支払のできないため右手形を書替えて新手形を振出すは只既存債務の履行を延期するのみであつて債務者たる控訴会社に何等不利益を与えるものでなく、寧ろ債務の履行の一手段とも言うべきものであるから、中島は控訴会社代表者と協議をなすことを要せずして右手形を書替え新手形を振出すことができるものと言うべきであつて、書替手形の受取人たる被控訴人において、書替前手形につき中島の代理権濫用の事実を知らない限り(被控訴人が右事実を知らなかつたことは前記認定の通りである)、書替手形取得当時右事実を知ると否とを問わず、書替手形の振出人たる控訴会社はその手形金支払の責に任ずべきものである。従つて本抗弁も亦排斥すべきものとす。
仍て控訴人は被控訴人に対し本件手形金三十万円と之に対する満期の翌日たる昭和二十六年六月一日(満期に本件手形の呈示のあつたことは真正に成立したと認める甲第一号証の符箋の記載により明かである)以降完済まで年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから之を求める被控訴人の本訴請求を認容した原判決は正当であつて本件控訴は理由がないから之を棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第一項、第九十五条、第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 北野孝一 伊藤淳吉 小沢三朗)