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名古屋高等裁判所 昭和28年(う)1104号 判決 1953年12月15日

控訴人 被告人 権斗赫

弁護人 佐藤正治

検察官 片岡平太

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐藤正治の控訴趣意書記載の通りであるから、これを引用する。

同第一点について。

論旨は、原判決が判示第一の平松厚司に対する暴行の方法として、両手で肩部を突くなどの暴行をしたと認定判示していると主張するのであるが、原判決は、論旨主張のような認定をしていないのであつて、平松の肩部を突いて路上に顛倒させたと判示して居り、原審における証人平松厚司に対する尋問調書によれば、被告人は、平松の肩に手を置き、同人の後右側の首を平手で殴つて来たので、横倒しになつた旨の供述記載があるので、これによつて、原判決のように認定し得られないことはないので、何等事実の誤認なく、理由不備の違法もない。又、原判決が平松に対する傷害として、左中指捻挫、臀部打撲傷を認定していることは、所論の通りであるが、右証人平松厚司に対する尋問調書によれば、右認定の部位の傷害を受けたことを認むるに十分であり、本件起訴状に右拇指掌指関節捻挫、左臀部打撲傷と記載してあり、原判決掲記の医師山崎正美の診断書にこれに符合する記載があるからといつて、被害者たる右証人の供述によつて、原判示のように認定することは、原審の自由心証による証拠の取捨判断によるものであり、採証法則に違反する点はない。而して、起訴状記載の傷害の部位の一部について、右のように別異の部位の傷害を認定することは、何等訴因に変更を生ずるものではないと認められるので原審がその手続をしなかつたことも違法ではない。従つて、原判決には、違法の点はないので、論旨は採用できない。

同第二点について。

論旨は、被告人は、犯行当時心神耗弱の状態にあつたものであるというにあるが、記録を精査するに、被告人が当時心神耗弱の状態にあつたとは認められないので、原判決が弁護人のこの点に関する主張を排斥したのは相当であり、事実の誤認はない。論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は、原判決の刑の量定の不当を主張するものであるが。訴訟記録並びに原審において取り調べた証拠について、本件犯行の動機、犯情、被害の程度、被告人の前科、家庭の状況、その他諸般の事情を綜合すれば、原判決の刑の量定は、決して重きに過ぎるとはいわれない。論旨は採用しない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り、本件控訴を棄却することとし、主文の通り判決する。

(裁判長判事 河野重貞 判事 高橋嘉平 判事 山口正章)

弁護人佐藤正治の控訴趣意

第一点原判決は理由不備である。原判決は判示第一の事実につき暴行の方法の例示として「両手で肩部を突くの暴行」としてゐるが挙示証拠中被害者平松厚司の証言によると両手で肩部を突いてはゐない只平手で首筋をはられたと述ぺてゐるし又公訴事実一の平松厚司の負傷の中に右拇指掌指関節捻挫を挙げており原判決挙示の証拠中山崎正美医師の診断書に之と符合する旨の記載があるに拘らず原判決は此の点の判断を試みず左中指捻挫を判示し居るのみならず証拠と符合せず。

第二点原判決は当時の被告人の心神が少くとも酔余耗弱の状態に在つたと思はれるに拘らず(平松証人は泥酔保護の程度と認めると述べ又石黒、福田証人孰れも酒に酔つてゐたと証言)之を容認されてゐないのは事実誤認と謂ふべきである。

第三点原判決は量刑不当である。被告人の本件行為は酔余心神耗弱の状態下に行はれ制服の巡査が何れも酔人として穏かに応待してゐたに拘らず嶋村のみが元同署の巡査部長たりし事を鼻にかけ徒らに挑発的言動に出た為却つて被告人を激発せしめたもの而も被告人が朝鮮人であつた為か故らに反感と軽蔑してかかつたまま現に被告人は其の際嶋村等は足腰立たぬ迄に足蹴にされ又顔面を殴打され目が見えない迄にはれ上つて全治迄一週間以上もかかり未だに眉間の辺に負傷の跡が殘つている様である。酔人の行為が仮令軌を外してゐたとしても之を穏かに制止覚醒させる様努めてこそ警察官又は正常人の為すべき筋合なるに却つて挑発し且右の様な反撃を加えることは職権の乱用とも謂うべく又喧嘩両成敗的関係に在るとも考えられる。

兎角権力を有する警察官に対する事犯が一方的な証拠によつて確められ不利な事実が凡て隠蔽されて了うとのそしりを巷間耳にするが若し斯ることがあるとすれば民主警察官の使命は果されないと思う。被告人の本件行為が仮令酔余の行為とは云え恥ずべく又陳謝すべきであることは本人の再三口にするところなるも同人が原判決の量刑に対し敢て控訴の申立を為し更に御審判を求めた所以は検察官が被告人のみを当然に而も全面的に刑責ありとして起訴され且過酷な求刑をされ原審亦罰金刑を科されたものの所謂責任相殺と故意度とを充分に考慮願つていないと思はれ延いて量刑未だ重きに過ぎると思惟されるにつき篤と御恫察量刑の是正を賜り度いからである。

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