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名古屋高等裁判所 昭和28年(う)374号 判決 1953年7月07日

控訴人 被告人 権雲学

弁護人 野田底司

検察官 道前忠雄

主文

原判決中有罪の部分を破棄する。

本件を岡崎簡易裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人野田底司の控訴趣意書記載の通りであるからこれを引用する。

同控訴趣意第一について。

本件訴訟記録によつて考察するに、本件は検察官より昭和二十六年六月二十六日附起訴状によつて被告人に対し、被告人が昭和二十五年十一月上旬頃、愛知県東加茂郡足助町大字足助字西町十二番地の当時の居宅において、朴又寿に対し、「大見発電所の電線を盗つて来れば、一万円位になるから盗つて来てくれ、後は俺が責任を持つ」と申し向け、同人をして窃盗の決意をなさしめ、李在俊、李正洛の両名と共謀の上、その頃、同郡賀茂村大字東大見字市平地内中部電力株式会社大見発電所の北方約百五十米の地点の県道の電柱に架設してあつた同発電所責任者平岩隆資管理の第二種絶縁五粍硬銅線約二百米(価格八千円相当)を窃取せしめて教唆したという窃盗教唆の事実について起訴し、原審においてこの事実について審理したのであるが、その後昭和二十六年八月二十二日附追起訴状によつて検察官より被告人が盗品である情を知りながら李在俊等が前記大見発電所附近において窃取した中部電力株式会社所有の第二種絶縁五粍硬銅線長さ約二百米重量約十貫匁を、昭和二十五年十一月上旬頃前記賀茂村大字御内蔵連地内県道より挙母市大字挙母字天神二十八番地岡村明教方まで運搬したという賍物運搬の事実について追起訴をなし、原審において、この事実について審理を進め、その審理中、検察官は、更に昭和二十六年十月十三日附訴因の変更請求書により、追起訴の賍物運搬の事実を被告人が賍物である情を知りながら、昭和二十五年十一月上旬頃、前記賀茂村大字御内蔵連地内において朴又寿より同人等が前記大見発電所の北方約百五十米の県道上の電柱より窃取した第二種絶縁五粍硬銅線長さ約二百米重量約十貫匁の買受契約をなし、同日同人の代人李在俊より、同村大字東大見地内山林においてこれが引渡を受け、以て故買をしたという賍物故買の事実に訴因を変更したのであるが、原審は右賍物故買の事実について、有罪の判決をなし、前記窃盗教唆の事実については無罪の判決をなしたものである。論旨は、前記窃盗教唆の事実と右賍物運搬及び故買の事実とは、同一性を失わないのであるから、右賍物運搬及び故買の事実についての追起訴は、二重起訴でありこれに対しては公訴棄却の裁判をなすべきものであるというにある。然し、前記窃盗教唆の事実と右賍物運搬又は故買の事実との間には犯罪の対象である物が、中部電力株式会社大見発電所附近の県道の電柱に架設してあつた同発電所責任者平岩隆資管理の第二種絶縁五粍硬銅線約二百米である点においては全く同一であるが、その犯行の日時については、いずれも昭和二十五年十一月上旬頃となつていても両者の犯行日時は接着した時期ではなく、その犯行場所については、前者は愛知県東加茂郡足助町大字足助字西町十二番地の当時の被告人の居宅であり、後者は同郡賀茂村地内又は挙母市内であるから、相当な距離を距てた場所であり、その基本たる事実も全く異つたものであるから、その間に同一性があるとはいわれないのでその同一性のあることを前提とする論旨は、採用することができない。論旨摘示の最高裁判所の決定は、犯行の日時場所、対象たる物が同一である窃盗と賍物運搬との事実関係に関するものであつて、本件には適切ではない。論旨は理由がない。

然し、職権を以て調査するに、

(一)原判決は被告人に対し、賍物故買の事実について、有罪の認定をして懲役六月及び罰金五百円に処し、未決勾留日数中百二十日を右懲役刑に算入する旨を言い渡している。被告人は、前説示のように先づ窃盗教唆の事実について、起訴されたのであるが、記録中の勾留状によれば、被告人は前記窃盗本犯である朴又寿等との共同正犯として勾留状を発付され、その執行を受けて引き続き勾留されていたもので、原判決言渡後の昭和二十六年十月十六日勾留を取り消されたものである。そして追起訴にかかる賍物運搬の事実又はその後訴因変更された賍物故買の事実について、新たに別個の勾留状が発付された形跡の認められない本件においては、その未決勾留は、前記窃盗教唆の事実についてなされたものと認めるの外なく、而も前記窃盗教唆の事実については前説示のように原判決において無罪の言渡をしているのであるから、右の未決勾留の日数を、原判決において有罪の認定した賍物故買の事実について言い渡した懲役刑の中に算入することはできないものといわなければならない。そうであるから、原判決が右の未決勾留日数中百二十日を右懲役刑に算入する旨を言い渡した点は、法令の適用に誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべきである。

(二)又原判決は、訴訟費用中証人沢田種一に支給した旅費日当を、被告人の負担とする旨を言い渡しているが、原審においては、沢田種一を証人として尋問しているけれども、同証人に旅費日当を支給した形跡は、記録中に全く見当らない。そうだとすれば、原判決はこの点においても、法令の適用に誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。

(三)次に原判決は、判示賍物故買の事実を認定する証拠として他の証拠とともに、平岩隆資の被害上申書の記載及び証人朴又寿、李在俊の原審公廷における供述を採用している。訴訟記録を調査するに、右の被害上申書及び証人の供述は、原審において、当初の起訴にかかる窃盗教唆の事実について審理している間に、取り調べられたものであり、原判決において有罪の認定を受けた賍物故買の事実について審理している間に、(訴因変更前の賍物運搬の事実について審理を始めた時より以後を含めて)適法な証拠調がなされたものでないことは、原審第七回乃至第十回公判調書の記載に徴して明らかであるから、右の被害上申書及び証人の供述は、判示賍物故買の事実を認定する証拠となり得ないものであるといわなければならない。この点において、原審の訴訟手続には法令違反があるというべきである。(もつとも原判決は右の被害上申書及び証人の供述の外に、原審における検証の結果、原審における証人朴又寿、李在俊、山本広治、小池文夫、武田宗一の各尋問調書の記載、被告人の検察官に対する供述調書の記載を証拠として援用してあり、前記の不適法な証拠を除外しても、判示事実を認定し得ないこともない。従つて、この違背の点のみであれば、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいわれないとして、原判決を破棄するに至らなかつたかも知れない。)

(四)更に、原判決は、累犯加重の原因である前科を認定する証拠として、被告人の原審公廷における供述と前科調書を採用しているが右(三)と同趣旨の訴訟手続違反があるということができる。

もつとも、累犯加重の原因たる前科を認定するには、厳格な証明を必要としないとする見解もあり、仮りにこの見解に従うとするも、原判決において有罪と認定した賍物故買の事実についての審理をする以前に取り調べた証拠によることは、適法であるとはいわれないというのが相当であると思料する。

(五)なお、原審第七回公判調書を検するに、検察官より、李在俊及び朴又寿の検察官に対する各供述調書の取調を請求したのに対し、被告人及び弁護人がこれを証拠とすることに同意しなかつたのに拘らず、原裁判所において、その証拠調をしたことが認められる右の各供述調書は、刑事訴訟法第三百二十一条の被告人以外の者の供述を録取した書面であるから、被告人においてこれを証拠とすることに同意しない限り、同条第一項第二号の条件を具備する場合においてのみ証拠能力を認められるものである。原審公判調書を査閲するに、右各供述調書が同条項の規定により証拠能力を有する場合であるとは認めることができないので、原審がこれについて証拠調をしたのは、訴訟手続に違反があるというべきである。(もつとも原判決は、これを証拠として採用していないので判決に影響を及ぼすことはないと認めることができる。)

以上説示の理由により、原判決は到底破棄を免がれないので、弁護人のその余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条第三百七十九条に則り、原判決中有罪の部分を破棄し、同法第四百条本文に従い、本件を原裁判所である岡崎簡易裁判所に差し戻すこととし、主文の通り判決する。

(裁判長判事 高橋嘉平 判事 柳沢節夫 判事 山口正章)

弁護人野田底司の控訴趣意

原審は被告人に対し賍物故買被告事件につき懲役六月、罰金五百円の判決言渡をしたが左記の如き違法がある。

第一、先づ被告人に対する起訴事実を大観すると

(1)  昭和二十六年六月二十六日検察官は左記の如く窃盗教唆罪として起訴した。被告人は昭和二十五年十一月上旬、自宅にて朴又寿に対し「大見発電所の電線を盗んで来れば一万円位になるから盗んで来てくれ後は俺が責任をもつ」と申向け同人をして窃盗の決意をなさしめ李在俊、李正洛の両名と共謀の上其頃中部電力大見発電所の北方百五十米の地点県道の電柱に架設しあつた同発電所責任者平岩隆資管理の第二種絶縁五粍硬銅線約二百米(見積り約八千円)を窃取せしめて教唆したものである。(2) 然るに右犯罪事実の審理の結果、犯罪の証明十分ならずと思料するや求刑審理終結後同年八月二十二日賍物運搬罪として追起訴を提起した。即ち被告人は盗品たる情を知りながら李在俊等が大見発電所附近に於て窃取した中部電力株式会社所有の第二種絶縁線約十貫匁を昭和二十五年十一月上旬頃加茂村大字御内蔵連山林地内県道から挙母市大字挙母字天神二八岡村明教方まで運搬したものである。(3) 更に右事実の審理中同年十月十三日次の如く訴因変更申請書を提出した。被告人は盗品たる事情を知りながら昭和二十五年十一月上旬加茂村大字御内蔵連地内に於て朴又寿より同人等が同村大字東大見地内中部電力株式会社大見発電所の北方約百五十米の県道上の電柱より窃取した第二種絶縁五粍硬銅線長さ約二百米約十貫匁を買受契約をし同日同人の代人李在俊より東大見地内山林に於て之が引渡を受けて故買したものである。原審は右の(1) 起訴事実につき無罪の判決を言渡し(3) の賍物故買事件につき有罪判決をしたのである。

凡そ先に起訴した事件と別個の事件につき犯罪の嫌疑ある時は追起訴を提起することは差支えないが既に起訴された事実と同一性を失わない事実なる時は単に訴図の変更をなすべきものである。これは二重起訴を禁じた法の精神に照らして明である。然るに前示の如く原審は(1) の事実と(2) の事実との多少の異同あるに止まり同一性を失わないことは多言を要しないのに検察官の追起訴を審理しながら(2) の事実につき公訴を棄却しなかつたのは違法である。従つて又(3) の事実につき公訴棄却すべきに拘らずこれをしなかつたのは不法である。前示の如き場合には(1) の窃盗教唆の訴因を賍物運搬の訴因に変更すべきことは既に判例の示すところである。(昭和二十七年十月三十日第一小法廷決定)

第二、仮に前叙の理由なしとしても、原判決は刑の量定不当である。即ち被告人は昭和二十六年六月五日逮捕勾留せられ尓来同年十月十六日追勾留継続せられ其間計百三十三日間未決勾留に苦しんだ。然も此の間の勾留の継続は検察官の前示の如き起訴事実の変更による審理の遅延によるものであることを知れば被告人は何等の責任なくして不当に長期勾留に処せられて来たものである。原審が未決勾留日数中百二十日を本刑に算入したとはいえ懲役六ケ月を言渡したことは其の量刑不当と云わねばならぬ。況んや原審相被告人朴又寿外二名は窃盗本犯罪に問われながら何れも執行猶予の恩典に浴して居るのに比較すれば一層其の不均衡なる刑を知ることが出来る。従て原判決を破棄し更に相当の裁判を求めるものである。

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