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名古屋高等裁判所 昭和28年(う)469号 判決 1953年12月07日

控訴人 被告人 橋本三郎

弁護人 青木紹実

検察官 神野嘉直

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を原判決添付の別表第三記載の番号一乃至一〇の事実につき懲役壱年に、同番号一一乃至一三の事実につき懲役壱年に各処する。

訴訟費用中原審において証人奥山石雄、同永持淑郎、同加藤賢三、同萩野隆一、同長谷川英一、同永持徹男に当審において証人永持淑郎、同長谷川英一、同萩野隆一に各支給した費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人青木紹実名義の控訴趣意書に記載されている通りであるから、これを引用するがこれに対する当裁判所の判断は次の通りである。

控訴趣意第一点について

本件は所論の通り被告人が原審相被告人である永持淑郎に対する業務上横領の教唆及び同人よりその横領に係る贓物を収受したという事実について公訴が提起せられたのに拘らず原審はこれが訴因の変更なく又これを命ずることなくして原判示の如く同人との共謀に基く業務上横領の共同正犯であると認定処断したことは一件記録により明白なところである。而して斯かる場合に果して所論の如く訴因の変更を必要とするか否かの問題であるが刑事訴訟法上特に訴因の明示を求めている所以のものを考察するに畢竟当該被告人がこれによつて予め如何なる事実により公訴を提起せられているかを知ることができると同時に、これに対する事実上或は法律上における争点を調査検討し、これが適切有効な防禦の方法を予め考究し準備することができる訳であり、従つてこれにより裁判所からその予期しない事実の認定を受けて実質的に不利益な結果を受けることを可及的に防止し以て基本的人権の保障に遺憾なきを期せんとするの趣意に出たものであつて、このことは同法第二百五十六条及び同法第三百十二条の規定の趣旨に照らして全く疑のないところである。然らば裁判所においては一応示された訴因に拘束される筈のものではあるけれどもその拘束は然かく必ずしも絶対的なものではなく公訴にかかる事実の同一性を維持するほか当該被告人の事実上或は法律上における防禦に実質的な不利益を与える虞れがない限り、訴因変更の手続がなくても訴因に示された事実と相違する事実を認定することができるものと解すべく又斯く解することは毫も訴因の明示を要請する法の趣意に反するものではないと認むるを相当とする。これを本件の場合について検討するに本件起訴状に訴因として示された被告人の原審相被告人永持淑郎に対する業務上横領の教唆及び同人よりその横領にかかる贓物を収受したという事実を原判示の如く両名共業務上横領の共同正犯であると認定することは公訴にかかる事実の同一性を害しないか何うかの点であるが業務上横領の教唆と業務上横領とは唯その犯罪の態様を異にするに過ぎないのであつて法律上の評価において異なるものではなく又業務上横領と贓物収受とは等しく他人の財産権に対する侵害行為であつて尓前、尓後の形態に別があるに過ぎないのであるから本件公訴事実を原判示の如く認定することは決して事実の同一性を害するものではなく、この点の原判決の判断は正当である。然しながら本件公訴事実である業務上横領の教唆及び贓物収受の事実に対する被告人の防禦は当然に業務上横領の共同正犯たる事実に対するそれを包含するものとも考えられないから訴因変更の手続なくして右公訴事実を業務上横領の共同正犯と認定することは畢竟被告人の予測せざる事実を認定し実質的な不利益を帰せしめる結果となり到底容認し得ないところであると解するを相当とする。然らば原判決が訴因の変更なく又これを命ずることなくして本件公訴事実を業務上横領の共同正犯と認定処断したのは訴訟手続に関する法令に違反し且つその違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである場合に該当するが故に論旨はその理由がある。

よつて原判決は破棄を免れないので他の論旨に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条に則り原判決中被告人に関する部分を破棄するが検察官は当審において本件公訴事実に対し予備的訴因として業務上横領の共同正犯の事実を追加したから該事実に対する審理を遂げ且つ原審竝に当審において取調べた証拠により直ちに判決ができるものと認め同法第四百条但書に従い更に次の通り判決する。

当裁判所の認めた罪となるべき事実及びその証拠は原判決に引用の証拠に当審において取調べた証人永持淑郎の供述を追加するほか原判決摘示の通り(同判決添付別表第三を含む)であるから茲にこれを引用する。

なお被告人は昭和二十六年二月二十二日名古屋高等裁判所において、麻薬取締法違反の罪により懲役五月に処せられ同二十七年二月二十一日上告棄却により該判決は確定したものであつて、この事実は当審において取調べた被告人に対する前科等照会書の記載によりこれを認めることができる。

法律に照すと被告人の本件各所為は何れも刑法第二百五十三条第六十条に各該当するところ本件は身分なき者の加功した場合であつて身分に因り刑の軽重があるから同法第六十五条第一、二項第二百五十二条を適用処断すべきであるがその間に前示の如き確定判決があるから、その確定判決前である原判決添付別表第三記載番号一乃至一〇の各所為については同法第四十五条前後第五十条第四十七条第十条を適用し犯情の重い番号三の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役一年に又右確定判決後である右別表番号一一乃至一三の各所為については同法第四十五条前段第四十七条第十条を適用し犯情の重い番号一三の罪の刑に法定の加重をした刑期範内において被告人を懲役一年に処すべきものとし訴訟費用中主文掲記の費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り全部被告人をしてこれを負担させることとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 羽田秀雄 判事 鷲見勇平 判事 小林登一)

弁護人青木紹実の控訴趣意

第一点原判決は被告人橋本と永持淑郎との業務上横領の共同正犯を認めているが検事は公訴事実として業務上横領の教唆と贓物収受を訴因とし裁判長の「橋本の訴因を被告人永持との共謀による共同正犯として予備的訴因に変更する意図はないかとの釈明に対して別箇のものであるから併合罪の関係にある故訴因変更せず」と答えている。従つて橋本に対する業務上横領は訴因となつていないのである。

然るを原判決は公訴事実の同一性を失わないから差支えないとの理由を以て業務上横領の共犯に問擬しているが刑事訴訟法第三百二十条には公訴事実の同一性を害しない限度に於て(公訴事実が同一性ありや否やは関係なし)訴因の変更を許すとあり訴因の変更は必須の条件としている。この意味に於て原審裁判長も検事に対して訴因の変更を促したものと解されるが検事は頑として之に応ぜず横領の教唆と贓物収受を主張しているので訴因は自然この点に極限さるべきは当然である。これを原判決が漫然業務上横領の共犯であると認定したのは法律の適用を誤るか審判の請求なき事件に付審判を為した違法ありと云うべきである。

第二点原判決の被告人橋本に対する懲役三年の刑は過重である。被告人橋本は「永持から金を借りたことはあるが病院の金であることは知らない」と業務上横領の教唆又は共謀の悪意を否認しているので事実認定の当否が問題になるが被告人本人及永持淑郎の司法警察員並に検察官に対する各供述調書を閲読すれば病院の金であつたことを知らず永持個人の金であつて情を知らずとは云いがたい。従つて事実誤認を主張する余地はない。しかし原審が被告人橋本に懲役三年の実刑を科したのは刑の量定著しく重きに失すと謂うべきである。事件の経過を見ると横領の本犯と教唆と云うので比重が厳に橋本にかかるかに見えるが相被告人永持も橋本とともに競馬競輪に或はキャバレーの飲食遊興に多額の金銭を費消し居り加うるに利子は月一割の計算であつたと云うので橋本だけが特に犯情が悪いとは云われない。然るを原審は被告人橋本に懲役三年同永持に対して懲役三年に但し三年間右刑の執行を猶予すると言渡し両者間に量刑の上で甚しき差等をつけたのは刑の権衡上承服しがたいところである。なる程橋本には前科があるが前科は当時これに服役して一切の責任を完了しているのである。これを前科者なりとして強く加味することは考慮すべき問題である。所謂前科偏重主義が検察裁判の面に於て常に散見することは洵に遺憾の極みである。弁償の点に付ても内七十余萬円を永持に返還し殘額九十九萬余円は公正証書とし割賦崩済の誠意を示している。以上の次第にて諸般の事情酌量減刑の御裁判を望んでやまず。

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