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名古屋高等裁判所 昭和28年(う)938号 判決 1953年12月15日

控訴人 被告人 宋貴鎬

弁護人 小野久七

検察官 香川幸

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の理由は弁護人提出の控訴趣意書記載の通りであるから茲に之を引用する。

弁護人の控訴趣意書第一点について

論旨は原判示第二の事実は外国人登録令(以下登録令又は単に令と略称する)第四条第十二条を適用すべきであるのに、原判決が之に対し外国人登録法(以下登録法又は単に法と略称する)第三条第一項第十八条第一項第一号を適用したのは違法である。而して登録令第四条の外国人とは第三条と対比すれば連合国最高司令官の承認を受けて本邦に入つた外国人のみをいうのであつて、連合国最高司令官の承認を受けないで本邦に入つた外国人即ち不法入国者を包含しないものと解すべきであるから、原判決第一において不法入国者として処罰された被告人には外国人登録申請義務なく判示第二の事実は無罪であるのに、原判決が被告人を登録義務違反ありとして有罪の認定をしたのは法令の解釈を誤つた違法があるというにある。

よつて案ずるに、登録法附則により平和条約最初の効力発生の日から登録令廃止され之に代り登録法が施行された為、原判決が認定した判示第二の事実は右登録令及び登録法に跨り、その前者の部分は令第四条第一項第十三条第一号に後者の部分は法第三条第一項第十八条第一項第一号に該当するところ、令と法とを比照すれば令第四条第一項は入国後六十日以内に所要事項の登録を申請しなければならない旨規定し、法第三条第一項は上陸の日から六十日以内に外国人登録証明書の交付を申請しなければならない旨規定し、前者は所要事項の登録申請義務と、後者は外国人登録証明書交付申請と規定し、その規定するところは稍々辞句形式を異にしているけれども、共に本邦に在留する外国人が右所定の申請義務に違反した場合を処罰するものであつて、之を仔細に検討すればその目的とするところは外国人の入国に関する措置を適切に実施し且つ外国人の取扱の適正を期する(令第一条参照)ことであり、又在留外国人の公正な管理に資する(法第一条参照)ことであつて、両者は性質が相異なる法令ではなく全くその性質目的を同じくする単なる刑罰法規に変更のあつた場合に該当するに過ぎないものと解すべきことは、銃砲等所持禁止令が廃止され銃砲刀剣類等所持取締令が施行されたときと同様である。而して本件不申請罪のような継続犯については一個の罪が成立し継続中たといその刑罰法規に変更があつても刑法第六条による新旧両法対照の問題はおこらず常に新法を適用処断するを相当とする(最高裁判所昭和二十六年(あ)第四五三六号参照)。従つて原判決が判示第二の事実に対し登録法第三条第一項第十八条第一項第一号を適用したのは正当である。

次に不法入国者と雖も登録法施行後は法第三条の外国人登録証明書交付申請の義務あり、之に違反すれば第十八条第一項第一号の処罰を免れないものと思料する。蓋し出入国管理令第三条は外国人は有効な旅券又は乗員手帳を所持しなければ本邦に入つてはならない旨規定し、第七十条第一号は右規定に違反して本邦に入つた者を処罰しているが、若し不法入国者に対しては右規定で明なように不法入国それ自体を処罰の対象としているから不法入国者は登録法第三条の申請義務なく従つて之が違反に対し処罰すべきでないとし、法第三条第一項の本邦に在留する外国人の内には不法入国者を包含しないとすれば不法入国者に寛にして却つて適法な入国者に酷であるという不公平な結果を生じ、その非なること寸疑不容といわねばならない。そしてこの理は右規定の前身と見られる平和条約発効前の登録令第三条第十二条においても異なるところはないのであるから、論旨の如く被告人の本件所為に対し令第四条第十三条を適用すべきものと仮定しても、論旨の理由により被告人は処罰を免れ得ないのみならず、本件第二事実は前叙の如く登録法第三条第一項第十八条第一項第一号に該当するものとして処断したのであるから論旨は理由がない。

同第二点について。

本件記録によれば、所論の如く被告人は向学の熱意にもえ渡日したものであつて、その動機真に同情に値すべきものがある。然れども被告人は密入国者であつてその後長年月の間外国人登録証明書なくして本邦に在留したこと、外国人登録法及び出入国管理令の立法精神並びに諸般の情状を考慮すれば所論の事情を参酌しても、原裁判所が被告人に懲役刑を科しその執行を猶予したことは妥当であつて重きに失するということはできない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴は理由なきものとして棄却することとし訴訟費用の負担に付き同法第百八十一条を適用各主文の通り判決する。

(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 判事 赤間鎮雄)

弁護人小野久七の控趣訴意

被告人に対する原判決は法令適用について誤りがありその誤りは明らかに判決に影響を及ぼすのみならず刑の量定に於ても不当である。

第一点被告人の原判示第一の不法入国の事実は昭和二十八年四月二十八日以前の所為にして原審は外国人登録法附則第3号に依り外国人登録令(昭和二十二年勅令第二〇七号同二十四年政令第三八一号改正)第三条第十一条第一項第十二条罰金等臨時措置法第二条を適用、原判示第二の登録不申請については外国人登録法第十八条第一項第一号第三条第一項罰金等臨時措置法第二条を適用している。原判示第一の被告人の本邦不法入国の事実は被告人が本邦に入国したことにより完成し外国人登録令第三条(昭和二十四年政令第三八一号改正)に相当し、原判示第二の登録不申請の事実は被告人が引続き本邦に在留していたにも拘らず、外国人登録令第四条所定の六十日以内に外国人登録申請をしなかつたまま今日に至つているので新法である外国人登録法を適用するに至つたのであるが若し外国人登録令第四条の六十日の期間経過により、外国人登録不申請の罪が完成するものならば外国人登録令第十三条を適用すべきである(結果は同一にしても)。そして外国人登録令第三条に於ては外国人は連合国最高司令官の承認なき限り本邦に入国を拒否している。同第四条の外国人登録申請の義務者は右連合国最高司令官の承認を得て入国した如き正当の入国者に対して荷せられたことは明白であり被告人の如き不正入国者に対し登録申請義務を命じたものではないと思はれる。若し不正入国者と雖も同様登録申請義務ありとするならば外国人登録令第三条所定の連合国最高司令官の入国承認は全く意味なきこととなる。従つて原判示第一の不法入国の処罰のみにて足り原判示第二の登録不申請については処罰することは不当にして原審は法令適用を誤つたものにして斯る誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第二点一、外国人登録令は終戦後の我邦の特殊事情により規定されたものであつて朝鮮は元我邦の領土の一部であつたがカイロ宣言、ポツダム宣言の受諾により独立するに至つたものである、従つて朝鮮人は他の外国人とは大いに事情を異にするものがある外国人登録令の上に於ても其の第十一条に於て朝鮮人はこの勅令の適用について当分の間これを外国人とみなすとあつて本来の意味の外国人と見ていないことは明らかである被告人は朝鮮人として日本に入国について外国人登録令の如き入国に関する措置が採られていることを知らなかつたことは原審公判廷に於て被告人が「日本に此の様な法律のある事を知らなかつた」旨述べていることで明らかである。

二、国家は国際法上一般に外国人の入国を許可する義務は持たないし入国の許否について自由に規定し得るが、実際的には通商航海条約にて相互に入国を許しているし又条約がない場合にも慣行として入国を許しているのが普通である。殊に旅行其の他一時的入国の場合は移民等と区別し無条件許容することが国際慣例である。被告人は其の供述並証明書等に依つて明白の如く真実勉学の為に入国したもので一時的滞在と認むべきであり終戦後連合国占領下の混乱時代は別とし講和条約成立後の現在入国を拒否する理由に乏しいものと思はれる。

三、被告人は現在叔父の下に在つて立命館大学理工学部土木科に通学している学徒である。只管勉学を励んでいる者であることは原審に於ける証人訊問の結果並陳情書等により明らかでしかも朝鮮人として稀に見る真面目の者と推定せられる。原審は被告人に対し懲役三月に処し二年間右刑の執行を猶予したのは被告人の諸般の事情を考慮したものと推測されるけれども被告人の諸般の事情殊に学徒としての事情に鑑みるときは尚苛酷にして罰金刑に止むるを相当と認むるので原判決を破棄し更に軽い処刑を求むる為茲に控訴の申立をする次第である。

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