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名古屋高等裁判所 昭和28年(く)21号 決定 1953年7月28日

名古屋市南区観音町五丁目八十一番地

騒擾指揮 芝野一三

同市瑞穂区川澄町一丁目十二番地、名大嚶嗚寮内

騒擾指揮 兵藤鉱二

同市中村区藤江町三丁目六十三番地

爆発物取締罰則違反 騒擾 岩間良雄

愛知県春日井郡守山町大字守山千百十六番地

騒擾指揮 清水清

名古屋市東区矢田町三丁目三十五番地

騒擾 平田秀雄こと 崔秉祚

春日井市勝川町上三区二千百二十五番地

騒擾 小松正夫こと 金泰杏

名古屋市東区豊前町三丁目一番地

山本繁一方

騒擾指揮 加藤和夫

右七名弁護人 天野末治

森健

桜井紀

右被告人等に対する頭書のような被告事件について、昭和二十八年六月二十九日名古屋地方裁判所が為した保釈決定に対し、原審検察官検事大越正蔵から抗告の申立があつたので、当裁判所は次の通り決定する。

主文

原決定は、何れも、これを取り消す。

昭和二十八年三月二十五日附(金及び加藤を除く)昭和二十八年六月十五日附各被告人に対する弁護人天野末治、森健、桜井紀の各保釈請求及び昭和二十八年六月十五日附各被告人芝野一三に対する同人妻芝野君枝の保釈請求は、何れも、これを却下する。

理由

本件抗告の理由は、検察官の抗告申立書及び抗告申立理由補充書を引用する。

よつて本件記録並に原審公判記録を調査するに、次のことが認められる。即ち本件については、公判を重ぬること約四十回、その間約一年を経過しているが、その証拠調は、事実関係確定についてあまり困難ではない罪体について取り調べが為されたに過ぎない。その間、本件訴訟と関係のない論争に多くの時間が費され、甚だしきに至つては、原審と全く関係のない事項である保釈決定に対する抗告の理由又は疏明について議論が繰り返されたこともあり、現在においては、本件抗告の裁判があるまで、一時訴訟の進行が停頓している状態であつて若し将来このような状態が繰り返されるとすれば何時証拠調が終了するのか予想できないのは勿論のこと、訴訟が順調な軌道に乗せられて進行するかどうかさえ危惧の念を抱かせる有様である。而して被告人等の公判廷における言動を見るに、訴訟と関係のない派生的なことがらに対する抗議又は独自の政治論を繰り返すのに主力を注ぎ、本件訴訟の公平にして迅速な進行及び裁判を妨害していることが明らかに認められる。このような結果になつたことは、不必要な論争の種を蒔いた検察官側にも責任の一部はあり、原審裁判所の訴訟指揮権が十分に発揮できなかつた点も見逃すわけにはいかないけれども、何かのきつかけをとらえ紛議に陥らせようと計画し実行した被告人等に重大な責任があることは明らかである。右のように、訴訟と関連性のない事項に付不当な争いを為し、訴訟を著しく遅延せしめることは、証人又は関係人の記憶を減退させ、事件に付ての印象をうすらがせることにより、証拠を隠滅したか又は隠滅する虞れがあるものと解すべきである。

而して本件騒擾事件の証拠調の段階は、被告人等が騒擾の計画と指令と準備を為した事実に入らんとしているのである。その事実が認められるか否かは、被告人等の犯罪の成否及び情状に重大な関係があるばかりでなく、被告人等の属する政党の浮沈にも関係することであることは、被告人等自ら十分に理解している筈である。そのために、被告人等は、あらゆる手を尽し抗争し続けているものと思料せられる。これ等の事実について、検察官は、証人として三十数名の取り調べを請求しているのであつて被告人等の地位、利害関係から若し被告人等を自由の身とするときは、右の証人等に対し、法廷の内外において、圧力を加え、証人をして、真実を供述せしめることが困難となる心配がある。

被告人等は、既に保釈を許されている他の被告人等と、同様に取り扱わるべきものであると主張しているけれども、被告人等は、他の被告人等と異り、何れも、騒擾の首魁として起訴せられたものであり、被告人芝野は、日本共産党名古屋市委員会軍事委員キヤツプ、被告人兵藤と清水は、同軍事委員、被告人岩間は、日本共産党名古屋市委員会の政治オルグ、被告人崔は、愛知県祖国防衞委員会軍事担当委員、被告人金は、名古屋市祖国防衞委員会のキヤツプで且つ日本共産党名古屋市委員会軍事委員であり、被告人加藤は、同委員会員でS部を担当して居るもので、本件騒擾の計画、指令、準備を為したものとして起訴せられたもので、被告人等が前記のような地位にあつたことは、生倉公幸、岩原靖幸、清水清、金億洙の検察官に対する供述調書抄本によつて認められるので、被告人等を釈放したならば、証人として喚問される予定の分離されている被告人等及び関係人に対し、団体における地位と斗争性により、強力に働きかける虞れのあることは、既に釈放されている他の被告人等と同一視することはできないところである。従つて、既に釈放せられている他の被告人と同一に取り扱わねばならない合理的根拠はないものと謂わねばならない。

被告人等が釈放せられると法廷外において、強力な団結力を利用して、証人に直接又は間接の圧力を加える虞れがあるばかりでなく、法廷においても、自己に少しでも不利益なことを供述する証人に対し、怒号又は叱声をあびせかけると、被告人等が勾留されている時より以上に、証人に不安な気持を抱かせ、自由な供述を求めることが困難になつてくる虞れがある。このことは検察官の供述調書が確保されているから、法廷における証人の供述の如何は、重要なことではないと論ずるものがあるかも知れないが、この議論は、刑訴法の直接審理主義に反するもので、賛成し難い。かくして前述の通り証人及び関係人の事件についての印象が益々稀薄となり、迅速にして公平な裁判を求めることが不可能となる。これ等の諸点は、被告人等の公判廷における言動及び本件抗告事件の疏明によつて、十分に推知できることである。従つて、現在の段階においては、被告人等は、罪証を隠滅する虞れがあることを疑うに足る理由があるものと解することができる。

然れども、被告人等を証拠調が全部終了するまで勾留しておくことは、不当に長く勾留する結果ともなるが、特別の事情の生ぜざる限り、少くとも検察官が申請している計画、指令、準備についての証拠調が終了するまでは、被告人等を釈放することは前記のような理由で、相当でない。右の証拠調は、公判手続が通常期待せられる如き進行の過程を以て為され特に、公判の進行を阻害される事態の生じない限り、二月位の期間で終了するものと予想される。従つて被告人側も検察官も、強力に証拠調の進行に協力し、訴訟に不用不急な派生的論争に日時を費消することなく、まつしぐらに証拠調につき進むべきである。原審裁判所においても、被告人等の勾留が不当に長くならないように、証拠調の順序、方法の計画を打ち立て、万難を排して、その計画の実現に努力すべきである。かくすることが迅速にして公平な裁判を期待する所以であつて、これを妨害する者が不利益を受けることは現行の刑訴法における訴訟手続上当然のことである。

被告人等は、本件において保釈を求めることを権力者に対する政治斗争と感違いし被告人等の所属する団体が中心となつて、保釈を求めることを「敵の手にとらわれた愛国者たちをわれわれの手に奪いかえすための斗い」と誇称し、保釈が許されたときは、これを斗い奪つたと勝ち誇つているがこのような態度は、迅速にして公平な裁判を常に念願している裁判所を侮辱するものである。

以上の通り、本件については、計画、指令、準備に関する重要な証拠調が終了しない限り、被告人等の地位、利害関係、従来の法廷における斗争歴から考えて罪証を隠滅する虞れがあることを疑うに足る理由があるものと思料する。従つて被告人等の保釈を許した原決定は、失当である。本件抗告は理由がある。

よつて刑事訴訟法第四二六条第二項第八九条第四号を適用し、主文の通り決定する。

(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 〃 赤間鎮雄)

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