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名古屋高等裁判所 昭和28年(ネ)218号 判決 1953年11月30日

控訴人 債務者 早川忠男事 早川忠夫

訴訟代理人 平山文治

被控訴人 債権者 柴田幸治

訴訟代理人 笠原章

主文

原判決を取消す。

被控訴人と控訴人との間の名古屋地方裁判所昭和二十七年(ヨ)第四六八号不動産仮差押申請事件に付き同裁判所が昭和二十七年七月二十四日為した仮差押決定は之れを取消す。

被控訴人の右事件の仮差押申請は却下する。

訴訟費用は第一、二審共に被控訴人の負担とする。

本判決主文第一、二項は仮に執行することが出来る。

事実

控訴代理人は主文第一乃至第四項同旨の判決及仮執行の宣言を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は控訴代理人に於て原判決は其の理由に於て「仮差押の目的物を特定することは其の執行のためには必要であるが命令自体にとつては理論上原則として不必要である」と判示して居るが右は不当である、即ち不動産の仮差押に於ては裁判所の管轄を定める上からも仮差押の執行を為す面から考えても不動産を特定して置く必要あるのであつて仮差押申請に当つては差押ふべき不動産が債務者の所有に属することを疏明すべきものである、而して本件仮差押は債務者である控訴人の所有に非らざる第三者所有の不動産に対して仮に差押える旨決定したので控訴人は之に異議を述べ第三者の権利に対する侵害を除去せんとするもので之れは控訴人の義務である、法律の明文に於ても異議の理由に付き何等の制限を加えて居ないと述べた外は原判決摘示事実(尤も原判決には別紙目録を付けてないが右は本判決に付けてある目録を脱漏したものであること原判決を通読すれば極めて明白である)と同一であるから茲に之れを引用する。

証拠として

被控訴代理人は疏甲第一号乃至第九号証(第一号乃至八号証の写は昭和二十七年(ヨ)第四六八号事件記録に編綴しあり)を提出し原審証人小山{羊久}の証言を援用し疏乙第一号証同第五、六号証の成立を認め同第七号証の一及四の公印の部分の成立を認め其の余の部分は不知である、尚爾余の乙号証は全部不知であると述べ、

控訴代理人は疏乙第一号乃至第六号証疏乙第七号証の一乃至四を提出し原審証人大野章同早川茂子同上島明同岩田直重の各証言竝に当審に於ける控訴本人の訊問の結果を援用し甲号各証の成立を認めた。

理由

案ずるに被控訴人主張の仮差押申請の理由中仮差押の目的物が控訴人の所有に属するとの点を除き尓余の事実は控訴人の明かに争わないところで自白したものと看做すべきである。仍て控訴人の異議の理由を審究するに原審は控訴人の異議は其の主張自体失当であると判示して居るので此の点を考えて見なければならない。仮差押決定は一般的に云つて必ずしも目的物を特定する必要はないこと原判示の通であるけれども、それだからと云つて目的物に何等の限定を与える必要ないと結論することは出来ないのであつて動産仮差押の如きは目的物を具体的に特定しないで為されるけれども、然し目的物が債務者の所有に属すべきであると云う最少限度の限定を附して決定されるのが普通である。蓋し仮差押の本質に付いて学説は種々あるであろうが要するに実務上重要な仮差押の本質的目的と云えば本執行を保全するのが唯一の目的であるから差押の目的物は本執行を為し得べきものであること換言すれば原則的には債務者の所有に属するものであることが最も重要な契点であるからである。原則論はともかく本件不服を申立てられて居る具体的の仮差押決定は別紙目録記載の三棟の建物を特定して之れを唯一の対象として仮に差押える旨決定して居るのであつて其の意味は要するに被控訴人(即ち債権者)の手形債権の弁済に充てる為競売に付する準備として売買入質等の処分を禁示する(尠くも債権者に対する関係に於て)と謂うに在るのであつて従つて若し右不動産が債務者の所有に属せず本来手形債権の弁済に充てること不可能なものであるならば斯様な仮差押は保全処分本来の目標を失つた違法なものであり取消さるべきものであることは多言を要しない。次に第三者の財産を対象とした仮差押が違法であつても右は第三者のみが主張し得るもので債務者より主張することは許されないと解すべきであるかの問題があるが次の二点から考えて債務者の異議を許すべきものと解するのである。

(一)  元来取消すべき違法を包含している裁判は早く取消されるのが望ましいのであつて斯る裁判を受けた者は裁判に包含される一切の違法を主張して取消を求め得るのが原則で民事訴訟法も異議の理由に付何等明文上の制限をして居ない。他面から考えて債務者にとつて第三者の所有物が仮差押されることに利害関係を有しないのが普通で従つて斯る異議を許すことが濫訴を認める結果となることは考えられない。第三者の所有物が仮差押の対象となるのは其の物が債務者の賃借保管使用中等の原因に因るか又は上記の様な占有状態に基き公簿上債務者名義に登載されて居る様な場合が普通であつて従つて債務者は真所有者の為めに善良な管理者の注意義務を負う場合が寧ろ普通で尠くも信義則上当該物件の保全に努力すべき義務がある場合が普通であること控訴代理人の主張する通であるからである。又公務員の錯誤に因り他人の所有名義に公簿に登載された場合(後記の通り本件も此の錯誤の場合なり)には債務者と真所有者間に上記の関係が無いときには債務者も亦自己の所有でないことは判るが真所有者の住所を知らない場合が屡々起るべく斯るときは真所有者は仮差押の為されたことを知る機会なく若し債務者に異議を許さねば遂には競売手続迄も執行さるるに至ることも絶無ではなく然らば全く無用にして而かも無効な競売手続が執行され債務者は他人の財産により自己の債権の消滅を来たした様な外観だけは呈するけれども真の事実と云うことは出来ず法律関係の混乱を来すのみであろう。

(二)  仮差押の申請の理由として基本債権の存在竝びに本執行保全の必要性及可能性の二つは最も主要な二大眼目である。特定の不動産の仮差押申請を受けた裁判所は先づ該不動産に付本執行の可能なこと即ち債務者の所有に属することを確めるのであつて口頭弁論を開かない場合でも申請人に疏明方法の提出を許し之れを取調べるのは勿論である。本件仮差押は別紙の如く不動産をその地番で特定すると共に更らに「債務者所有の」と云う限定をも附加して居る。此の限定は地番で特定した以上物件の特定と云う点からは無用であるが而かも執行保全と云う仮差押の主目的の上から所有権の所在を審理したことを明示して居ると云うべきである。さて仮差押の申請に於て手続を鄭重にして口頭弁論を開始した場合には相手方たる債務者に於て申請人提出の疏明方法が虚偽であり不実であると思うときは之れを争い反対の証拠を許すべきは当然で、寧ろ此の反証と対比して取調べ以て違法な仮差押を防止することが口頭弁論を開くことの主たる目的なのである。即ち仮差押の申請理由の総べてに対し抗争することが出来るのであり此れが「双方を聞いて裁判する」と謂う口頭弁論の本質である。仮差押は急速を要するとき債権者の便宜を図り口頭弁論を開かないで発することがある代りに債務者の利益も考えて異議と云う制度を設けたのであるから異議の申立に因りて必要的に開始される口頭弁論は前記の裁判所が職権で開く任意的口頭弁論を省略した場合の債務者側の立場を考えた再調査の手続で彼此其の本質に於て毫も異らないことを考えれば債務者は右二個の口頭弁論に於て同様の立場で仮差押の眼目たる本執行の可能性(所有権の所在)を争い得ること多言を要しないであろう。

上来説示の理由に依り控訴人主張の異議事由の存否に付審理を進めなければならない。

原審証人上島明同岩田直重の各証言と之に依つて成立の真正なことを認め得る疏乙第七号証の一乃至四同第二乃至四号証及成立に争のない同第一号証を綜合すれば関野誠一は本件建物の敷地を川瀬より買受け該地上に本件建物を建設して之れを酒井に譲渡し同人は之れを岩田直重に譲渡したことを推認するに十分である。而して成立に争のない疏乙第五、六号証原審証人大野章同早川茂子の各証言及当審に於ける控訴本人の供述を綜合すれば控訴人は岩田直重より本件建物の使用の許諾を得て之に居住中家屋台帳の作成に当り係官の調査不十分で居住者である控訴人を誤つて所有者として台帳に登載したが控訴人は納税のことから之れを発見し台帳訂正方を昭和二十五年十月頃から(本件仮差押の数年前)既に申請して居たが手続上の点から訂正未完の内に仮差押決定の為されたことを推認出来るのである。従つて本件不動産は被控訴人主張の債権の弁済の為に強制執行を為すことの出来ないものであるから其の結果として該債権の執行保全の為仮差押を為すことも出来ないものである。仍て之れに対する仮差押決定は違法として取消すべきもので之れを認可した原判決は不当であるから本件控訴は理由ありと謂うべく民事訴訟法第三百八十六条第七百四十五条第八十九条第九十六条を適用して主文の通り判決した次第である。

(裁判長判事 北野孝一 判事 伊藤淳吉 判事 小沢三朗)

(別紙目録省略)

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