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名古屋高等裁判所 昭和28年(ラ)4号 決定 1953年6月18日

抗告人 伴喜美定

訴訟代理人 田中一郎

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は原決定を取消す、本件異議申立を却下するとの決定を求め其の抗告理由は原決定は法律の解釈を誤りたる不法があると言うの外別に陳述するところはない。

仍て審理するに相手方が原審に提出した公証人荻本亮逸作成第五五五九八号根抵当権設定契約公正証書正本によれば右公正証書には、

(一)抗告人は永田茂登治に繊維類を売渡し、永田茂登治は品物を買受けた都度抗告人に対し六十日満期の約束手形を振出し右期日に之が支払を為すか又は抗告人の承諾を得て右手形の書替を為すこと、

(二)永田茂登治の抗告人に対する買受代金債務の極度額を二百万円と定める、

(三)永田茂登治は抗告人に対し現在及将来に於て負担する代金債務の支払を担保する為め担保提供者相手方所有に係る不動産上に根抵当権を設定した、

(四)永田茂登治は左の場合には期限の利益を失い何等の手続を要しないで直に全債務を完済すること、

(イ)本契約各条項の一にても違背したとき、

(ロ)他の債務の為め差押、仮差押、仮処分を受け又は競売、破産、和議の申立があつたとき、

(ハ)本債権を侵害し其の他抗告人の信認を欠くような行為のあつたとき、

(五)本件に於ては永田茂登治が債務不履行の際は其の債務額は一応限度額に達しているものと看做し之が支払を為すことを要し其の支払を受ける為めに抗告人が永田茂登治及相手方に対し直に強制執行を為すも永田茂登治及相手方に於て異議なく、永田茂登治及相手方は後日精算の結果過払があつたときは之が返還を受くることを得るに止まり損害賠償の請求を為すことを得ない、

(六)相手方は本契約から生ずる一切の債務を保証し、永田茂登治と連帯して其の債務を履行することを約諾した、

との記載がある。

そして公正証書が債務名義たる効力を有する為めには民事訴訟法第五百五十九条第三号により一定金額の支払債務或は一定の数量の代替物又は有価証券の給付の債務に付て作成されたものであることを要するのであるから其の債務は具体的なものであり且その数額も明確に表示されることを要する、即ち其の数額が証書に明記されているか又は少くとも証書の記載自体より一定の数額を算出し得るものでなければならず且期限附若くは条件附又は反対給付に係つていると否とを問はず其の支払又は給付の債務が具体的に証書の記載上確定しているものでなければならない、然るに本件公正証書に於ては前記(二)によりて将来の取引により永田茂登治は二百万円に達する迄買受代金債務を負担することが出来るというだけであつて具体的に確定した債務額(現実の代金債務)の記載がない、尤も前記(五)の如く永田茂登治が債務不履行の際は其の債務額は一応限度額即ち(二)の二百万円に達し居るものと看做して之が支払を為すことを要し後日精算の結果過払があつたときは之が返還を受けると言う記載がある、然し右によるも数額は二百万円と明記されているがそれは一応看做される債務額に過ぎず後日の精算の結果を待たなければならないのであるから斯の如きは到底証書の記載上債務額が確定しているものと認め難い、然らば本件公正証書は強制執行の債務名義たり得べき形式的要件を欠如するものであるから原審が本件公正証書に付ては執行文を付与すべからざるものとして前記公証人の付与した執行文を取消し且右に基く強制執行を許さざる旨の決定を為したのは正当である、仍て本件抗告を棄却すべく民事訴訟法第四百十四条、第三百八十四条第一項に従い主文の如く決定する。

(裁判長裁判官 中島奨 裁判官 白木伸 裁判官 県宏)

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