名古屋高等裁判所 昭和29年(う)1139号 判決
論旨は、原判決は、判示第一の事実として、被告人が、矢橋工業株式会社に対し、業として、労働者を供給し、これ等労働者の就業に介入して、各労働者の日給より一部を天引して利益を得たという職業安定法並びに労働基準法各違反の事実を認定しているが、被告人は、矢橋工業と請負契約を締結して、各労働者を自から使用していたものであるから、原判決が労働者供給事業を行つていたものと認定したのは事実誤認であるというにある。よつて、原審及び当審において取り調べた証拠について考察するに、矢橋工業においては、被告人からの申出によつて、原石処理の仕事をさせることになつたが、被告人から廻して来る人夫が会社の就業開始時刻までに通勤して来るのに困難な事情があつたので、当初は請負契約によつて仕事をさせることとし、仕事の出来具合によつて請負金額を定めることとして、仕事を始めさせたのであるが、その後請負契約によつては仕事をさせ得ないこととなつたので、請負契約によることを止めて昭和二十八年二月頃以降は、被告人の廻して来た人夫を会社の臨時工として稼働させることになつたものであること、会社においては昭和二十八年二月以降被告人から廻して来た人夫各個人別にその稼働日数に応じて日給額による賃金を支払つていたこと及び通勤の人夫に対しては通勤に要する定期乗車券代を支給していたこと等を認めることができる。かような事実に徴すれば、昭和二十八年二月以降は、被告人より廻して来た人夫は、いづれも会社の臨時工として雇われ、会社の仕事に従事していたものであつて、被告人が会社より仕事を請負つて、被告人に使用されていたものではないというべきである。もつとも、会社より各人夫に支払うべき毎月の賃金は、それ以前からの支払方法をそのまま引き続き、人夫側よりの申出によつて、人夫の代表者一名とともに受領に来た被告人に対し、毎月分を一括して支払つた上、被告人より各人夫に夫々支払つていたものであることが認められるが、この事実によつては、前記認定を覆すに足りない。又、会社において、右賃金を支払うに際り、所得税の源泉徴収をしなかつたことは明らかであるが、右は当初被告人との間に請負契約を締結して仕事をさせる筈であつたのに、中途においてこれを止めたため、経理の手違いによつて、その徴収をしなかつたものであることが認められるので、右の源泉徴収をしなかつたという事実があるからというて、前記認定を左右することはできない。被告人は、原審公判廷において、会社から自分が仕事を請負つたものである旨を供述し、又、当審において取り調べた証人の中には、被告人に雇われて、被告人から賃金を貰つていたという趣旨の供述をしているものもあるが、それ等の供述は、信を措き難い。記録を精査するも、原判決のこの点に関する認定には誤はないので、論旨は理由がない。
控訴趣意第一点について
論旨は、原判決には理由不備の違法がある。即ち、原判示第一の事実において、被告人が、矢橋工業に対し、伊藤嘉市外十九名の労働者を供給し、これ等労働者の就業に介入して、各労働者の日給より三十円乃至五十円宛の利益を得ていた旨を認定しているが、原判決添付の人夫賃支払状況表によるも、労働者の誰から幾何の利益を得ていたのか全然判明せず、唯各労働者の日給より三十円乃至五十円宛の利益を得ていたというだけであつて、犯罪構成要件となつている利益を得ていた相手方と金額が明瞭ではないというのである。
なるほど、原判決の判示事実は、所論指摘のとおりであつて、被告人が就業に介入した労働者が添付の人夫賃支払状況表記載の労働者全員であるのか、又、その中の誰から幾何の利益を得たのか、明確ではない。労働基準法第六条所定の他人の就業に介入して利益を得るという犯罪において、その就業に介入された労働者から利益を得た場合においては、就業に介入された労働者は誰であり、その労働者から何時幾何の利益を得たかを特定することを要するものと解すべきであり、これを特定できなければ、罪となるべき事実の判示としては、理由不備の違法があるというべきである。論旨は理由がある。なお、職権を以て調査するに、原判決は、判示第一の事実として、昭和二十八年二月頃より昭和二十九年二月末日頃まで、伊藤嘉市外十九名の労働者の就業に介入して利益を得た旨を認定し、更に、判示第二の事実として、昭和二十九年三月一日労働者伊藤嘉市外九名の同年二月分の労働賃金五万三千八百六十六円を着服横領した旨を認定しているのであるが、右第二の事実によれば、昭和二十九年二月分の各労働者の賃金は、すべて被告人が着服したものであつて、各労働者の就業に介入して利益を得たという関係は全くなかつたといわざるを得ない。然るに、右第一の事実によると、昭和二十九年二月末頃まで就業に介入して利益を得たことを認定しているのであつて、添付の人夫賃支払状況表には、昭和二十八年二月より昭和二十九年六月までの各労働者別の各月の賃金額を掲記してあるのであるから、判示第一の事実においては、昭和二十九年二月分については、果して就業に介入して利益を得た犯罪として認定されているのであるか否か不明であり、若しこれをも認定してあるものとすれば判示第二の事実との対照上、理由にくいちがいがあるといわねばならない。結局、原判決には、理由不備又は理由くいちがいの違法があるというべきである。
又、原判決は、判示第二の事実において、金五万三千八百六十六円の着服横領を認定しているが、当審において取り調べた証人遠藤治作、同増田ゆき子の各供述並びに遠藤治作の検察官に対する供述調書によれば、昭和二十九年三月一日に同年二月分の賃金として、会社より、現実に被告人に支払われた金額は、健康保険料、前渡金等を控除された結果、金三万八千八百六十六円であることが明らかであるから、被告人が着服横領した金額は、同額であると認められる。原判決には、この点において事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。更に、原判決は、判示第二事実の横領を業務上横領と認定している。刑法第二百五十三条の業務とは、適法な行為を反覆する場合その他本質上違法性を帯びない行為の反覆を指称するものであつて、公序良俗に反し又は強行法規に反する等法が絶対的に禁止する行為は、たとえ業務とする意思をもつて反覆するも、本条の業務と目することはできないといわなければならない。労働基準法第二十四条によれば、賃金は、直接労働者に支払わなければならないものであつて、該規定は強行法規であり、これに違反する行為を絶対的に禁止するものであることは、法規の精神に照して疑を容れない。被告人が前認定のように各労働者の賃金を一括して会社より支払を受けた上、被告人より各労働者に支払うことは、右規定に違反するものであつて、たとえこれを反覆したとしても、刑法第二百五十三条の業務と目することができないことは、右説示に徴して明らかである。原判決が、被告人が各労働者の賃金を会社より受領し保管した行為を業務と認定したことは、法令の解釈適用を誤つたもので、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百七十八条第四号第三百八十二条第三百八十条に則り、原判決を破棄し、同法第四百条但し書に従い、次のように自判する。
罪となるべき事実。
被告人は、土木請負業を営んでいるものであるが、
第一、法定の除外事由がないのに、昭和二十八年二月頃から昭和二十九年二月頃までの間、岐阜県不破郡赤坂町所在石灰石採掘及び石灰製造業矢橋工業株式会社に対し、別紙中間搾取額一覧表記載の伊藤嘉市外十七名並びに吉田幸、高木正明の計二十名の労働者を斡旋して、同会社の業務に稼働させた上、右一覧表記載の伊藤嘉市外十七名が同会社より支払を受くべき昭和二十八年二月分乃至昭和二十九年一月分の賃金中より、その間毎月、日給額の内右一覧表記載のとおり二十円乃至九十円を引き去つて合計金八万六千十二円五十銭を取得し、もつて労働者供給事業を行うと共に業として他人の就業に介入して利益を得
第二、昭和二十九年三月一日同会社より右伊藤嘉市外八名に対する同年二月分賃金合計金三万八千八百六十六円を同人等のために同会社において受領して保管中、その頃同町において、ほしいままに自己の用途に費消するため着服横領し
たものである。
(裁判長判事 高橋嘉平 判事 伊藤淳吉 判事 梶村謙吾)