名古屋高等裁判所 昭和29年(う)205号 判決 1954年5月25日
控訴人 検察官 柳沢七五三治
被告人 宮本光芳
検察官 浜田善次郎
主文
原判決中窃盗罪に関する部分を破棄する。
被告人を原判示窃盗罪につき懲役八月に処する。
但し、本裁判確定の日から、五年間、右刑の執行を猶予し、且つ、同期間中被告人を保護観察に付する。
原判決中、森林法違反に関する部分の控訴は棄却する。
当審における訴訟費用は、被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、検察官柳沢七五三治の控訴趣意書を引用する。よつて案ずるに、被告人は、昭和二十八年十月十三日高山簡易裁判所で、窃盗罪及び道路交通取締法違反により懲役一年及び罰金三千円に処する。但し徴役刑については、五年間、刑の執行を猶予する旨の判決言渡を受け、該判決は確定したのに、本件において、原判決は、窃盗罪につき、懲役八月に処する旨言渡し、再度の刑の執行猶予を為しながら、被告人を保護観察に付さなかつたことは、所論の通りで、原判決は、その理由として、保護観察に付する旨の改訂刑法の規定が施行されたのは、本件窃盗の行為の後であつて、執行猶予に右の条件を付することは、被告人にとつて不利益であるから、憲法第三十九条により、違憲であるので、改訂前の刑法第二十五条を適用すると謂うにある。
然れども、昭和二十八年法律第一九五号刑法等の一部を改正する法律(改訂刑法と略称する)により、刑法第二十五条等を改正附加し、刑の執行猶予の条件を変更しているが、これは、一般的に見て、執行猶予の条件を寛大にしたものと謂うことができる。本件においては、再度刑の執行を猶予する場合の条件が問題となつているので、特にこの点に限局して説明するが、再度刑の執行を猶予する条件としては、一般の条件の外に、改訂刑法第二十五条第二項の条件が充たされる必要があり、更に同法第二十五条の二により、猶予の期間中保護観察に付することになつている。而して改訂刑法施行前においては、判例(昭和二十八年六月十日最高裁大法廷判決)により、再度刑の執行を猶予し得る場合があるとしていたが、それは、無条件のものでなく、「併合罪の関係に立つ数罪が前後して、起訴され、後に犯した罪につき、刑の執行猶予が言渡された場合に、前に犯した罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言い渡されたであろうときは、前に犯した罪につき、更に執行猶予を言い渡すことができる」としたもので、且つ右判例及びこれと同一結論に出でた下級裁判所の判決例に現れたすべての場合を検討するに、二度目の刑は、改訂刑法第二十五条第二項と同じく、一年を超ゆるものはなかつたことが明らかであるから、前記判例の再度執行猶予を為し得る条件は、改訂刑法第二十五条第二項の条件より、むしろ厳格なものであると謂うことが出来る。即ち改訂刑法第二十五条第二項で、再度刑の執行を猶予し得る場合は、判例の条件と異り、一年以下の刑の言渡を為すべき場合で情状憫諒すべきものがあるときと謂い、併合罪の関係に立つ数罪が前後して起訴されて別個に審判を受けたが若し一括して審判を受けたとするも執行猶予を為し得べき場合に限り、再度執行を為し得ると謂うような厳格な条件と異つている。改訂刑法は、前記判例より寛大な条件がある一方、保護観察に付すると謂う不利益な条件があるが、これを差引考慮するとするも、改訂刑法とその以前の判例解釈による条件との間に、何れに軽重があるか一概に決し難く、むしろ具体的事例に照して見ると、右の条件を考慮しても、改訂刑法の条件が寛大であると謂う見方も成立する。立法の趣旨とするところは、前記判例の解釈を考慮に入れ、刑法を改訂したのであるから、改訂刑法施行後は施行以前の犯罪についても改訂刑法の適用と前記判例に則つた解釈とは両立しないもので、すべて改訂刑法が適用されるものと解するべきである。しかのみならず、刑の執行猶予の条件に関する規定の変更は、刑法第六条に所謂刑の変更にあたらないことは判例(昭和二十三年十一月十日最高裁大法廷判決)の示すところであるから、改訂刑法第二十五条第二十五条の二の規定は、刑法第六条により、新旧比照して適用すべきものでなく、裁判時法である改訂刑法を適用すべきものである。而して前記のような執行猶予の条件の変更は、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為について、刑事上の責任を問うものに該当しないから、憲法第三十九条に違反するものではない。原判決は、この点を誤解し、被告人を保護観察に付さなかつたら、改訂刑法第二十五条第二十五条の二、刑事訴訟法第三百三十三条第二項の解釈適用を誤つた違法があり、この法令違反は、判決に影響すること明らかであるから、破棄を免れない。論旨は、理由がある。
しかし右のような原判決破棄の理由は窃盗罪に関する部分であつて原判決が窃盗罪に関する部分と森林法違反に関する部分とに事実認定をはつきり分け、後者については、罰金刑を選択しているので、窃盗罪に関する部分について破棄理由があつても、森林法違反の部分についての事実認定、証拠説明、法令の適用、量刑等に何等の影響もなく、且つ森林法違反の部分については、破棄理由がないのでこの部分については、刑事訴訟法第三百九十六条により、本件控訴を棄却し、窃盗罪に関する部分については、同法第三百九十七条第三百八十条により、原判決を破棄し、同法第四百条但書により、次の通り判決する。
窃盗罪についての犯罪事実及び前科並にその証拠については、原判決中、その該当部分を引用する。
法律に照すに、被告人の判示窃盗の各所為は、刑法第二百三十五条第六十条に該当し、右は、原判示確定判決前の併合罪であるから、同法第四十五条後段第四十七条第十条により、原判示第三の(1) の罪の刑に法定の加重を為し、その刑期範囲内で、被告人を懲役八月に処するが情状刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二十五条第二頃により、本裁判確定の日から、五年間、右刑の執行を猶予し、同法第二十五条の二により、同期間中被告人を保護観察に付することとする。当審における訴訟費用については、刑事訴訟法第百八十一条本文により、被告人に負担させる。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 高城運七 判事 滝川重郎 判事 赤間鎮雄)
検事柳沢七五三治の控訴趣意
原判決は被告人に対し併合罪の関係にある余罪につき再度の執行猶予を言渡すに当り法令の適用を誤つて被告人に対し保護観察に付する言渡をしなかつた違法があり該違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないものと信ずる。即ち原判決は被告人が第一、昭和二八年二月中旬頃南設楽郡千郷村大字豊栄字石松地内山林に於て他人の立木約三石を盗伐し<以下省略>第二、同年八月頃山本茂と共謀の上前同所に於て他人の立木約十六石を盗伐し、第三、山本茂と共謀の上(1) 昭和二八年七月下旬前同字地内に置いてあつた他人所有の杉檜素材約十四石を窃取し、(2) 同年八月二四日頃額田郡常盤村大字米川地内路傍に置いてあつた他人所有の杉素材約十四石を窃取し、た事実を認定すると共に被告人が昭和二八年十月十三日高山簡易裁判所に於て窃盗道路交通取締法違反により懲役一年及び罰金三千円に処しその懲役刑につき五年間執行を猶予する判決宣言を受け右判決が確定した事実を認定し本件につき被告人を懲役八月及び罰金一万円に処し懲役刑については単に刑法第二五条第一項を適用し判決確定の日より五年間刑の執行を猶予する旨の判決言渡を為したのである。即ち原判決は被告人が現在刑の執行猶予中であることを認定したのであるから本判決により被告人に対し再度懲役刑の執行を猶予するに当つては必ず被告人を保護観察に付する旨の言渡を為すべきものなることは昭和二八年八月一日法律第一九五号刑法等の一部を改正する法律により新に追加された刑法第二五条第二項同第二五条の二及び刑訴法第三三三条第二項后段の規定に照し明白であつてこれが言渡しを為さなかつた原判決には判決に影響を及ぼすこと明かな法令の違背あること明瞭であると云わねばならない。
原判決は本件につき被告人を保護観察に付しなかつた理由として昭和二八年六月十日最高裁判所大法廷判決を援用し前記改正法施行前に於ては本件同様の事案即ち前に執行を猶予せられた事件の余罪に対しては情状により執行猶予言渡をできたものであり改正法は此の点に関する限り執行猶予の条件を寛大にしたものではない。仮に改正法施行前起訴せられその施行後判決を宣告するものとすれば裁判所が執行猶予の情状ありと認めた場合憲法第三九条を遡及適用して保護観察に付する言渡を付加し得ない筋合であり、本件は右改正法施行後に起訴された事件ではあるが刑事法規不遡及の原則の適用については公訴事実が改正法施行前の犯行である以上起訴日時の前後により別異の取扱を受くべき理由はないとの解釈を下し本件については前掲改正規定の適用なく従前の規定である刑法第二五条(第一項)により執行猶予を付するものであるから保護観察に付する言渡をしない旨説明している。
成る程前記大法廷判決のように執行猶予言渡前の罪については右改正法施行前に於ても再度の執行猶予の言渡しが可能であつたとの見解に従えば改正法(刑法第二五条第二項第二五条の二)の施行前に罪を犯した者に対し再度の執行猶予の言渡をする場合に此の規定によつて必要的に保護観察に付するものとしたこと乃至一年以下の懲役又は禁錮についてのみ再度の執行猶予を為し得べきものとしたことは本件のような事案に於ては理論上その者に対し不利益を帰せしめることとなるのであるが此の点につき最高裁判所大法廷の判決(昭和二三、一一、一〇判決)は「刑の執行猶予に関する規定の変更は特定の犯罪を処罰する刑の種類又は量を変更するものではないから刑法第六条の刑の変更に当らない」ものとしているのであつて憲法第三九条に違反するとの解釈のもとに新法たる刑法第二五条第二項の適用を為さなかつた原判決が法令に違背するものたることは明らかであると言わねばならない。
原判決は憲法第三九条を論じて刑罰以外の付加処分についても実質上刑の加重と同一結果を生ずる保護観察に付する処分については同法に定めるところと同様の保障を含むものと解すべきであるとしているが右が原判決独自の見解たるに止まり、かかる拡張解釈を妥当とする根拠に乏しいことは敢えて論ずる迄もないので結局原判決は法律の適用に誤があり、その誤が判決に影響すること又明白であるから貴裁判所に於て原判決を破棄し相当の裁判相成るべきものと思料する。