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名古屋高等裁判所 昭和29年(ま)4号 判決

請求人

中山義男

〔抄録〕

本件刑事補償請求の理由は、代理人Aの刑事補償請求申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

よつて、請求人にかかる刑事記録並びに本件記録について調査するに、請求人は、昭和二十三年十二月初頃東京駅前運輸省構内において、日の出防水布株式会社嘱託近藤某に対し、偽造割当公文書一通を不当に高価な六十万円で売却したものであるという物価統制令違反被疑事件について、名古屋簡易裁判所裁判官の逮捕状により、昭和二十四年六月一日逮捕され、引き続き同年六月四日名古屋地方裁判所裁判官の勾留状によつて勾留されたのであるが、同年六月二十三日請求人が(一)昭和二十三年十一月下旬東京都運輸省八階食堂において、(イ)近藤喜八郎を通じ、日の出防水布株式会社が、営利の目的で、山下海信より、主務官庁商工省生活物資局名義の綿織物五百反の需要者割当証明書一通を不当に高価な四十万円の契約で買い受けるに当り、右近藤及び会社のために山下を紹介し、その買受の斡旋をして、これが幇助をなし、(ロ)松野嘉雄が、日米貿毛株式会社のために営利の目的で、山下海信より、主務官庁商工省繊維局名義の綿織物五百反の需要者割当証明書一通を不当に高価な四十万円の契約にて買い受け、内金十五万円を支払うに当り、右松野等のために山下を紹介し、その買受の斡旋をして、これを幇助し、(二)前記近藤喜八郎より昭和二十三年十一月下旬十五万円昭和二十四年一月上旬十万円計二十五万円を前記(イ)記載の割当証明書の代金として山下海信に支払われたい趣旨の下に手交されて保管中、昭和二十四年一月下旬頃東京都内において、擅に今城健次に貸与して、これを横領したものであるという物価統制令違反幇助及び横領被告事件について、名古屋地方裁判所に起訴され、その後昭和二十四年六月二十七日附名古屋地方裁判所裁判官の保釈決定により、同年六月二十八日釈放されるに至つたのであるが、右被告事件は、名古屋地方裁判所において審理の結果、昭和二十八年七月十日右横領の公訴事実については有罪の、物価統制令違反幇助の公訴事実については、物価統制令第九条の二第三十四条に該当するものとして起訴されたものであるから、昭和二十七年政令第百十七号大赦令第一条第八十七号本文により赦免されたものであるとして、刑事訴訟法第三百三十七条第三号に従つて、免訴の判決言渡があり、右免訴の部分は、その頃確定したが、有罪の部分については、弁護人野田底司より控訴の申立があり、当裁判所において審理の末、昭和二十九年五月十三日無罪の判決言渡があつて、該判決は、その頃確定するに至つたものである。そして、本件は、右無罪の判決があつたことを理由として、前記未決拘禁日数二十八日間について一日四百円の割合による金一万一千二百円の刑事補償を請求するというにある。考察するに、請求人は、前記のように物価統制令違反の事実によつて逮捕勾留された後、物価統制令違反幇助(右逮捕にかかる事実と起訴にかかる前記(一)(イ)の事実との間に同一性があることは、前記両事実を対比すれば明らかである。)及び横領の事実によつて起訴されたのであるが、右起訴事実中無罪の判決があつたのは横領の事実についてであり、物価統制令違反幇助の事実については、免訴の判決があつたものであるから、拘禁の事由となつた物価統制令違反の事実については無罪の判決があつたものではない。従つて、本件の拘禁は、無罪の判決があつた横領の事実についてではないのであるから、この無罪の判決を理由とする刑事補償の請求は、一見その理由があるとはいわれないようであるが、しかし飜つて考えて見るに、本件のように或る事実によりすでに勾留されている場合には、その事実に他の事実を加えた数個の事実が併合罪として起訴された場合にも、他の事実についての勾留を新たにすることなく、当初の事実についての勾留のみによつて審理を進めるのが普通一般の事例であるから、かような場合は、他の事実について勾留の要件を充たしている限り、右勾留は、(少くとも、刑事補償に関する拘禁の状態についての観念においては、)両者の事実についてなされているものと観察し得られないこともないので、その事実の内のいずれかの事実が無罪となつた場合には、刑事補償法第三条第二号の「一個の裁判によつて併合罪の一部について無罪の裁判を受けても、他の部分について有罪の裁判を受けた場合」に補償の一部又は全部をしないことができるとの規定の適用があるものと解するのが相当であるから、併合罪を構成する各事実と勾留との実際上の関連を考慮し、有罪の裁判を受けた事実だけでも実質的に十分な勾留の要件を備えていたか否かを検討して、補償の許否を決定すべきものであるというべきである。更に本件は、併合罪の一部について無罪の判決があり、他の部分については免訴の判決があつた場合であるから、刑事補償法第二十五条に規定するところの免訴の裁判を受けた場合に、もし免訴の裁判をすべき事由がなかつたならば無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるときは、刑事補償をなすべきものであるとの規定も考慮しなければならない。本件記録について見るに、前記免訴の判決のあつた物価統制令違反幇助の事実は、昭和二十七年政令第百十七号大赦令によつて免訴となつたもので、もし右大赦令がなかつたとすれば、如何なる判決となつたものであるかを考察して見ると、刑事記録を精査すれば、請求人は、物価統制令違反幇助の事実については、有罪の裁判を受けたであろうことが認められ、到底無罪の裁判を受けるべき事由はなかつたものであると認められる。従つて、免訴の判決のあつた部分に関して、前記第二十五条の規定の適用を認容することはできないといわなければならない。かように観察すれば、本件については、前記第三条第二号の規定の適用に関する前記の事情を考慮して補償の許否が決せられるものということができる。刑事記録を調査するに、本件は、元来物価統制令違反の事実について捜査が開始され、これによつて請求人が逮捕勾留されて取調が進められたもので、その事実の取調に従つて、附随的に前記横領の事実が発覚するに至つたものであると認められるので、勾留の事由となるべき主たる事実は、物価統制令違反の事実であるということができるし、しかもこの事実については有罪の裁判がなされたであろうという状況が認められるのみならず、無罪の判決があつたのは勾留の事由となつていない横領の事実についてのみである事情を併せ考えると、請求人に対しては、刑事補償をするのは相当ではなく、しかも、全部をしないものとするのが妥当であると認められる。

(裁判長判事 高橋嘉平 判事 大友要助 判事 海部安昌)

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