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名古屋高等裁判所 昭和29年(ツ)4号 判決 1954年12月24日

上告人 控訴人・原告 山内領三

訴訟代理人 加藤謹治

被上告人 被控訴人・被告 東海商事株式会社 代表取締役 稲葉民治

訴訟代理人 阿久津英三

主文

原判決を破毀し本件を名古屋地方裁判所に差戻す

理由

本件上告理由第一点は原判決は弁護士田中親義が被上告人の事実上の利益代表者たることを認定しながら上告人は右委任により何等不利益を蒙るものでないと断定して居りますが原判決は弁護士の職責を単なる使者、或いは法廷に於ける代弁者の職能乃至は責務しか有しないものと考へての判断としか取れないのでありますが弁護士法第一条は弁護士は基本的人権を擁護し社会正義を実現することを使命としその使命に基き誠実にその職務を行う義務を課して居るのであつて弁護士は誰からでも事件を受けその乞われるままに盲目的に訴訟事務を処理するを以て足れりとせず進んでその内容なり依頼する筋に付受任の適否を判断し更に自己の為す訴訟代理行為が明らかに依頼者の不利益に帰する内容に付ては依頼者に念押する位の注意義務を有するは勿論相手方の代理行為をなすことは積極的に避止義務を有し双方代理に類する訴訟代理行為は弁護士法第二十五条を以て禁止されてゐるのであります、然るに原判決は事茲に思を寄せることなく唯単に民法第一〇八条の規定による双方代理に触れない一点のみを以て上告人の主張をはねて居りますが上告人の主張するのは弁護士法にうたつてゐるところの弁護士の責務乃至は弁護士の避止義務に反してゐることを指摘して居りますのに原判決は之が判断をなさず或いは原判決は右弁護士法の規定を弁護士道徳に止り訴訟行為の有効無効を決するに足りないとの前提に立つて触れて居ないのかも知れませんが上告人は弁護士法に所謂双方代理も亦民法第一〇八条の双方代理としてその法律行為の無効を主張するものでありまして原判決はこの点に付いても理由に齟齬あるものと認定します、と云うのである。

按ずるに、原審は上告人は本件和解調書の内容につき被上告人の社員深谷誠詞との間に予め協議してこれを確定した上この確定した内容通りの和解調書作成代理権を被上告人の指定する代理人に委任する旨同意しその結果上告人の代理人として弁護士田中親義が選任せられ同弁護士並に被上告人の代理人としての弁護士阿久津英三が昭和二十六年三月二十日名古屋簡易裁判所に出頭して本件和解が成立したものであるとの趣旨を認定したものであること原判文上明かである。然し乍ら原審が右認定に供したる原審証人深谷誠詞の証言並に乙第二、四号証によれば、上告人は右和解の為め被上告人の代理人たる弁護士阿久津英三に対し白紙委任状を手交して自己の代理人となるべき弁護士の選任方を一任し阿久津弁護士はこれによつて自己と事務所を同じうする弁護士田中親義に上告人の代理人たるべく依頼しその承引を得て右白紙委任状に同弁護士の氏名を記入しこれを裁判所に提出したのではないかとの形跡を窺い得ないわけでもない。もし然りとすれば右阿久津弁護士は自己の受任している訴訟事件について代理人選任という事柄で相手方の為め職務行為を為したるものと云うべく従つて右代理人選任は弁護士法第二十五条第一号に抵触し無効に帰するものと認めざるを得ない。左すれば本件和解の効力にも影響すべきを以て原審としては叙上の点につき思を致し十分に審理を尽した上本件和解の効力を判断すべかりしに拘らず原判決は毫もその点に触るることなく右代理人選任の点をただ民法第百八条及び公序良俗に反するや否やに関する問題としてだけ取上げ本件和解を有効のものと判断したのは審理不尽に基く理由不備の誹を免れない。尚右代理人選任が右仮定の如き推移でなされたとしても本件のような場合は毫も本人の利益を害することがないから弁護士法第二十五条の問題とするに足りないとの異論もあるであろうが右規定の趣意とするところは一方の当事者の代理人たる弁護士が本人を裏切り相手方に廻つてその利益を害せんとするを禁止せんとするばかりでなく弁護士をしてその使命に鑑み弁護士としての品位を涜さざらしめんとする律意をも包含するものと認められるからただ単なる相手方の為の代理人を選任するというような行為をも禁止の対象としているものと認めるのを相当と考える。

以上の如くであるから原判決に叙上の欠点ありというに帰着する前示上告理由は理由あるものと云うべく従つて原判決は到底破毀を免れないものと考える。よつて民事訴訟法第四百七条第一項に則り主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 渡辺門偉夫 裁判官 海部安昌)

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