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名古屋高等裁判所 昭和29年(ネ)186号 判決 1955年9月17日

控訴人 被告 田島新一

訴訟代理人 原田武彦

被控訴人 原告 清水達夫

訴訟代理人 竹下伝吉

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は被控訴代理人において本件建物は訴外有限会社僚友住宅組合が建築してその所有権を原始取得し、同組合の組合員が所定の掛金を完納したとき右建物の所有権を取得する規約にして、右組合の組合員であつた訴外清水鑿太郎が右規約により右建物に対する掛金をしていたが中途で死亡し、これを相続した被控訴人が右組合員たる地位を承継して右掛金を完納し右建物の所有権を取得したものであると述べ、控訴代理人において右の事実を認めた外原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

証拠として被控訴代理人は甲第一乃至第四号証を提出し、原審における証人川村悦雄、小川浅治郎、清水ちゑの各証言、被控訴人訊問の結果を援用し、乙第三乃至第五号証、第八乃至第十号証の各成立を認め、爾余の乙号各証の成立は不知と述べ同第四号証を利益に援用し、控訴代理人は乙第三乃至第六号証、第七号証の一、二、第八乃至第十二号証を提出し、原審における控訴本人訊問の結果を援用し、甲号各証の成立を認め、尚当裁判所は職権で被控訴本人の訊問をなした。

理由

名古屋市昭和区広瀬町二丁目九番地家屋番号第六番木造瓦葺平家建居宅建坪二十七坪一合の建物は訴外有限会社僚友住宅組合が建築してその所有権を原始取得し、右組合の組合員であつた訴外清水鑿太郎は所定の掛金を組合に完納して右建物の所有権を取得すべき規約の下にその掛金をしているうち中途で死亡し、これを相続せる被控訴人が右組合員たる地位を承継して右掛金を完納し右建物の所有権を取得したことは当事者間に争のないところである。而して成立に争のない甲第二、第三第四号証、原審における証人川村悦雄、清水ちゑの各証言によれば訴外川村悦雄は昭和二十五年初頃被控訴人から右家屋を買受けてその所有権を取得したところ昭和二十六年六月三十日訴外櫛田正清から金二十一万円を借受けて右家屋をその担保に差入れ同年十一月二十四日の辨済期迄にその辨済をなさないときは右家屋を右訴外櫛田正清に譲渡することを約し置きたるに右期日迄にその辨済をすることができなかつたため右家屋の所有権は同訴外人に帰したのであるが、又訴外川村悦雄は昭和二十六年二月十日頃から控訴人に貸金債務を生じ昭和二十七年四月頃控訴人の要求によつてその担保のため右家屋を控訴人に二重に譲渡したことが認められ、他に右認定を覆えすに足るべき証拠はなく右建物が当時未登記のままであり、右訴外有限会社僚友住宅組合が昭和二十七年六月二日名古屋法務局広路出張所受附第一〇九七六号をもつて右建物の保存登記手続をなし、次いで同月二十日同出張所受附第一〇九七七号をもつて控訴人に対し同月十三日売買を原因とする所有権移転登記手続をなしその際被控訴人及び右訴外川村悦雄に対する各中間の所有権移転登記手続の省略せられたことは当事者間に争がなく、原審における証人小川浅治郎の証言、控訴本人訊問の結果によれば右訴外有限会社僚友住宅組合理事小川浅治郎と控訴人間には右中間省略の登記につき合意のあつたことが認められるけれども、控訴人の提出援用にかかる全証拠によるも被控訴人及び右訴外川村悦雄が右中間省略の登記手続につき明示の同意をなした事実を認め難く、而して本訴は被控訴人に於て訴外川村に譲渡する際中間省略登記に同意してなかつたから本件登記は無効であるとの理由の下に其の抹消を求むるものであり、原審は此の被控訴人の主張を認容したものである。然しながら中間省略登記を中間者の同意ある場合に於て有効とするに付いては何人も異論ないであろうが本件の様に同意が無かつたと云う消極的事実(不同意を表明したと云うのではない)のみを以て其の他の当時の事情の如何に拘らず常に中間省略登記を無効とし之が抹消を許すべきであろうか、中間省略登記は登記手続法規に違背する欠点を有するものである。若し此の欠点の故に右登記が公益を害し無効とすべきものであるならば中間者が省略を同意し又は承認する意思を表示したからと謂つて右欠点を治癒するものでないから登記を有効とすべき理由はないであろう。惟ふに中間省略登記は上記の欠点を有するものであるけれども而かも登記の現状が実質上の権利者と一致する場合には不動産物権変動の対抗力を附与することを主たる目的とする登記制度の目的は大半達成せられて居るのであつて之れを上記欠点を理由として無効とし何時にても抹消すべきものとするときは却つて不動産取引の実情を無視し之を混乱せしめる結果となり公益を害するに至るからであろう。従つて中間省略登記と雖も最後の登記が物権の実質的権利者を表示して居るときは一応之を有効として只だ省略せられた中間者の利益を不当に侵害することなき様に配慮すべきものとするのが不動産取引の実情に適するものと謂わねばならない。斯様に考えるときは中間者の省略登記の同意を得ることは右登記が同人の利益を害することなきことを確める方法として極めて適当ではあるけれども該方法のみに厳に限定する理由なく中間者が不動産を譲渡するに当つて省略の同意をしなかつたけれども又不同意の意思を表明した事実も認められず而かも客観的に考察して登記の省略に依り害せらるべき利益毫も存在せず且中間者が其の前者(物件の譲渡人)に対して有する登記権利者としての権利を保全するに適切な方法を講ずることなく譲渡して居る事実が認められる場合には爾後に至り自己の同意又は承認なきことを理由として中間省略登記の抹消を請求することを許さないものと解するのが相当である。本件に於て中間者である被控訴人の譲渡当時の事情を考察するに成立に争のない甲第二号乃至第四号証及原審証人川村悦雄、同小川浅治郎、同清水ちゑの各証言原審及当審に於ける被控訴本人の供述を綜合すれば、被控訴人は訴外組合より本件不動産を未登記の侭承継取得して自ら所有する期間之れを登記しようとしたこともなく登記方を他人に依頼することもなく、未登記の侭何等不満を感ぜず経過し、之れを訴外川村悦雄に譲渡するに当つても単に所有権を与えて其の対価を収得することを以て満足し不動産を何人の名を以て保有登記を為すや等既登記不動産とする点に関しては毫も関心なく話題と為すこともなかりしこと及被控訴人は自己名義を登記に登載することを要するが如き利益も亦何等なかつたことを認めるに十分であつて譲渡にあたり売渡証書委任状(甲第二乃至四号証)を作成して居るけれども右書類は既に登記済の不動産に付其の名義人が該不動産を最初譲渡する場合に登記の為の原因証書及登記義務者としての所有権移転登記申請手続を委任する書類として不動産取引に通常作成せられるもので、本件の如く未登記不動産の登記の書類としては先づ被控訴人が他より不動産を譲受けたる原因証書及自己を登記権利者として登記申請を為すべき委任状と共にしなければ不備であるが、当事者は不動産が既登記であるか未登記であるか等に付明白に自覚して作成したものでなく漫然不動産取引に於て通常作成せらるる書類を未登記の場合に無自覚に応用して作成したものと認めるのが相当で、此等の書類の文字上の意味を形式的に解し被控訴人は先づ自己名義に登記せらるべきことを当然前提して自己名義の登記を実現した上で他に移転登記する書類を自覚して作成したものと解することは出来ない。而して被控訴人は本訴を提起した動機に付いても何等自己自身の利益を守る目的に非ずして只だ訴外川村悦雄が二重譲渡したことを聞知し其の譲受人の一人である訴外櫛田正清を以て正当の権利者と解し之れに責任ありと感じて同訴外人名義の登記を実現するため控訴人名義の登記を抹消しようとするにあること被控訴本人の供述により明かであるが控訴人と櫛田と孰れが法律上の保護に価するや否やに付いては同人等の間の訴訟の結果に依るべく斯る他人間の争に関渉する手段として本件登記の抹消を求めることは権利保護の要件を欠き此の点に於ても本訴請求は失当である。

上来説示の理由により被控訴人の本訴請求は失当であつて之れを認容した原判決は不当で取消すべきものと認め、尚訴訟費用に付き民事訴訟法第八十九条第九十六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 北野孝一 判事 伊藤淳吉 判事 小沢三朗)

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