名古屋高等裁判所 昭和29年(ネ)34号 判決 1956年2月07日
主文
原判決を取消す。
訴外丸山商事株式会社が昭和二十七年十月末頃被控訴会社に対してなした金三十三万円の弁済行為は之を取消す。
被控訴人は控訴人に対し金三十三万円を支払え。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
本判決は控訴人に於て金十万円を供託するときは仮りに執行することができる。
事実
控訴代理人は主文第一項乃至第四項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は原判決事実摘示の通りであるから之を引用する。
(立証省略)
理由
控訴会社が訴外丸山商事株式会社(以下単に訴外会社と略称する)に対し債権を有すること、被控訴会社が訴外会社に対し金六十四万六千八百円の債権を有していて、同会社から控訴会社主張の如き約束手形の振出を受け、その手形金中金三十三万円の弁済を受けたことは当事者間に争いがない。
控訴人は右弁済行為は被控訴会社と訴外会社とが共謀して他の債権者を害することを知りながらなしたものであるから之を取消す旨主張するにつき按ずるに、原審並に当審証人青山賢二、原審証人丸山栄一、同林棟勝の各証言を綜合すると、訴外会社は毛糸、綿布等の卸売を業とする会社であるが、昭和二十七年十月頃控訴会社は訴外会社に対し約金八百七十万円の債権を有して居り、訴外会社は控訴会社その他に対し合計約千九百万円の債務を負担していたのに反し、訴外会社の資産は約八百万円に過ぎず(訴外会社の有する太洋ビルの賃借権の価格が一千万円以上なることを認むべき証拠はない。)同会社は明白に債務超過の状態にあつた。而して、同月二十日から二十二日にかけて訴外会社の債権者の一人なる伊藤忠商事株式会社は訴外会社の手持商品の殆ど全部を持ち去つてしまつたので訴外会社は営業を続けることができなくなり、同月二十三日には控訴会社に交付してあつた訴外会社振出の約束手形も不渡となり、訴外会社の社長等の幹部はその所在不明となつたので、訴外会社はその店舗の戸を閉じ、休業の状態に陥つた。かかる時、被控訴会社の代表取締役吉田善一は被控訴会社が訴外会社より受取つた前記約束手形がその満期(同月二十四日)に不渡となるべきことを知つたので、何とかしてその弁済を受けんと思い、同月二十三日丸和綿業株式会社社長猪飼貫一と共に訴外会社の店舗に行つた。そこには、店員青山賢二外一名が居たに過ぎなかつたが、吉田等は青山に対し「丸山商事から受取つた手形が不渡になることを知つたが、手形が不渡になり金が入らないと丸吉商事は潰れそうであるから何でもよいから手形金を払つてくれ」と要求した。青山は「今日は主人がいないから判らない」と返事したが、吉田等は「店には何もないがどうしたか」と尋ねたので、青山は「伊藤忠へ持つて行つた」と答え、なお吉田等は「どうしても金を払つてくれ。君には迷惑を掛けない。若し刑事問題が起きたら俺等が引受けてやる」と言い、青山は吉田等の求めによつて、訴外会社の係長太田寿隆の住所に両名を案内した。そこで、吉田等はなおも手形金の支払を強く求め、太田は「社員で無力だし、此処にはない」と答えたが、吉田等は「売掛金はないか。それで返して欲しい。会計を通さずにやつてくれても責任を持つ」と言い。太田は「そんなことをする権利もないし、他の債権者に対しても申訳ない」と言つて、之を拒んだが、吉田等は「それにも責任を持つから」と主張して肯かないので、遂に太田は青山に対し東海道にある訴外会社の得意先を廻つて売掛代金を集金し、之を以つて被控訴会社等に支払うことを青山に命じた。そして被控訴会社の店員前田某と前記猪飼貫一の両名が青山に附添つて、翌二十四日朝名古屋市を立ち、同日より同月二十六日に至る間、岡崎、豊橋、浜松、焼津、静岡、沼津、島田の各市の得意先を歴訪して売掛代金を集金して廻り、同月二十四日中に集金した金四十二万四千八百円は同日夜沼津市の旅館にて右猪飼に交付し丸和綿業株式会社に対する債務の弁済に充て、その後に集金した金三十三万円は同月二十六日名古屋市に帰つた後駅前旅館に於て吉田善一に交付して、被控訴会社に対する前記手形金の一部弁済に充てたことを認めることができ、之に反する原審並に当審に於ける被控訴会社代表者吉田善一の尋問の結果は措信し難い。
右認定事実によると、右弁済当時、訴外会社は支払不能の状態にあつたものであつて、前記弁済はその債権の弁済期の翌々日になされたものであるが、被控訴会社の代表者は右弁済期の前日に於て自己の債権が弁済期に到底弁済せられない状況にあることを予知し、自己が弁済を受くれば他の債権者を害することを知りながら、敢えて債務者たる訴外会社にその弁済を強く要求し、訴外会社をしてその債務者から債権の取立をなさしめ、之を以つて自己の債権の弁済に充てたものであり(訴外会社に於て被告会社代表者から弁済の要求を受け、而して第三債務者より債権を取立て右被告会社代表者に弁済した者は前記の通り訴外会社の係長太田寿隆であるが、右太田が訴外会社の事実上支配人たることは当事者間争いないこととその他弁論の全趣旨に徴すれば太田は訴外会社の係長として訴外会社のために債権の取立並びに債務の弁済をなすべき権限を有するものと認むべきであり、仮りにその権限なしとするも、原審に於ける証人丸山栄一の証言によれば、訴外会社に於て、太田のなした債権取立、弁済行為を追認したものと認むべきものであるから同人のなした法律行為は訴外会社に対し法律効果を及ぼすべきものと言うべきである)。訴外会社も亦他の債権者を害することを知りながら被控訴会社の要求に応じ弁済をなしたものであると言うべきである。
債務者が弁済期に債務の弁済をなすのは義務の履行であつて、一般には詐害行為を構成しないものと言うべきであるが、本件に於ける如く、弁済期日後に於て弁済行為がなされたのではあるが、受益者に於て他の債権者を害する意思を以つて弁済期日の前日より弁済を要求し、債務者に於ても他の債権者を害すること知りながら之に応じ以つて両者通謀し、弁済行為をなしたときは仮令その弁済行為が弁済期日後になされたときと雖も、右弁済行為は詐害行為を構成するものと言うべきである。なお、右弁済行為はその当時に於ける訴外会社の債務超過の状態に照し、訴外会社の債権者の共同担保を減少せしめ、他の債権者を害するものと言うべきである。既存債務を弁済するのは債務者の総財産に増減を生じないのみならず、債権者が比例的平等分配を求めんとせば破産手続によるべしと言う論もあるが、一債権者に対する弁済は之により総債権額が減少する半面同額に於て総債務額も減少するから総債権債務額の差引計算に於ては異動はないけれども、債務超過の場合一債権者のみに優先弁済するは他の債権者に対し共同担保を減少せしめるものであつて、民法第四百二十四条の趣旨は可及的に共同担保を増加して各債権者が公平なる分配に与り得ることを期したものであり、かかる場合強制的共同分配は破産手続のみによるべきものとすべきではない。
従つて、訴外会社が被控訴会社になした本件金三十三万円の弁済行為は正に民法第四百二十四条の詐害行為に該当するから之を取消すべきものとし、被控訴会社は控訴会社に対し右金三十三万円を返還すべき義務があると言うべきである。仍て、之を求める控訴人の本訴請求は正当として之を認容すべきものであり、之を棄却した原判決は不当であるから之を取消すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第百九十六条を適用し、主文の通り判決する。(昭和三一年二月七日名古屋高等裁判所第二部)