名古屋高等裁判所 昭和30年(う)153号 判決
原判決第一の強姦致傷の犯罪事実を見るに、原判決は、被告人が被害者甲女に対して加えた暴行として、「夜九時過頃、室内の電燈を消して、自己の動作を容易に目撃することができないようにした上、同女が真実被告人においてマッサージ施療を為すものと誤信し、且つ被告人の言動に対して些の疑念をもさしはさんでいなかつたことを奇貨とし、マッサージに邪魔になると言つて、同女のズロースを脱がせ、更に横になつていたのではマッサージがしにくいから仰向けになれと言つて、同女が、被告人の言に従い、仰向けになるや、矢庭に同女を押えつけて、その上に押しかぶさる等の暴行を為して強いて姦淫した」と認定しているが、右の暴行以前の被告人の言動は、被害者甲女をして真実マッサージであると誤信せしめる手段であり、被害者を仰向けにさせて、その上に乗りかかつたのは、姦淫の通常の手段であるから、原判決のような事実摘示では、被告人が欺罔手段によつて姦淫したことは認められるが、被告人が被害者に対して、強姦罪の構成要件である反抗を抑圧する程度の暴行を加えたものとは認められない。更に原判決は、刑法第一七八条の強姦罪としての事実認定をしているわけではないが、原判決のような事実関係があつたとしたならば、同条の罪に該当するのではないかとの疑念があるが、右の事実関係では、被害者が心神喪失になつていたとも又は抗拒不能に陥つていたとも認められない。従つて原判決の事実摘示としては、十三歳以上に達している被害者甲女に対して、被告人が反抗を抑圧する程度の暴行脅迫を加えたかどうか又は心神喪失或は抗拒不能に陥らしめたかどうかの点について、十分の理由を附していないことになる。この点で、原判決は、理由不備の違法があつて、破棄を免れない。
よつて原判決は、強姦致傷の点については、破棄すべきであるからこの点について、当審で、自判することにして、この点の公訴事実を検討するに、原審証人及び当審証人甲女の各証言によれば、甲女は、当時十八歳で、新制中学を中等位の成績で卒業し、四日市阿倉川にある製陶所の女工をしているもので、心身共健康であり、映画もよく見に行く娘であり、月経は、中学一年の末頃から順調にあり、同じ工場に勤めている男工村上清文という青年とも交際していて、男女関係については、未経験ではあるにしても、性知識が全くなかつたものであるものとは認められない。而して同女は、昭和二十九年七月二十六日午後七時過頃、工場の帰途、街に遊びに行つたついでに、近鉄諏訪駅前で易を開業している被告人の小屋に行き、易を見てもらつたのであるが、その際、同女が体がだるいと訴えると、被告人は、同女の片足のつけ根をもみ、このまま放置すると命が危いから、マッサージをしてやるといつて、附近の料理兼貸席業伊戸三こと臼井たい方に案内したのである。その当時同女は同家の商売には気が付かなかつたが、被告人が誘致するまま、同家の二階六畳の部屋に行き、女中がサイダーを運んで来てから立去つた後は、何も恐怖心を抱かず、被告人と相対し、被告人が部屋の入口の鍵をかけたがよいというと、甲女自らその鍵をかけ、同室にあつた座布団の上に横臥して被告人にマッサージをしてもらつたのである。被告人は、甲女の足のつけ根附近をもみはじめたが、スカートが邪魔になると言えば、甲女は自らスカートを脱ぎ、被告人が部屋の電燈を消すと、同女はこれを内心歓迎し、被告人がズロースを脱げと言えば、同女はこれに応じて自らズロースを脱ぎ、仰向けになれと言えば仰向けになり、股を広げろと言えば、その通り広げ、遂に被告人は、好機到来したとして(この点本件記録中の被告人の供述調書によつて明らかである)甲女の腟内に指を入れたり、乳房をもてあそび、甲女が何の反抗もしないので、被告人は、甲女の上に乗りかかつて姦淫を遂げ、その肉体関係が終了しても、甲女は、ズロースを脱いだままの状態で被告人の横に寝たまま一時間位、被告人と妊娠又はその中絶等話をし、共に右の貸席を出て、甲女は、被告人に占料まで支払つたことが認められる。被告人の司法警察員及び検察官の供述調書によれば、右の事実関係と殆んど一致する事実が認められる上、甲女は、被告人に対して肉体関係を拒否しないばかりか、被告人の行為に反応を示したことが認められる。被害者甲女は、前記被告人の行為は、いよいよ姦淫されるまで、マッサージに必要な行為であると思つたと証言しているが、この点甲女の年令、知識から見て、又経験則に照し、容易に信用ができないばかりでなく、被告人がいよいよ姦淫自体の実行に着手するに際して被害者甲女は其真実の意図を察知して居りながら周囲の者に知れては恥かしいと云つた気持から被告人の意のままになり、情交関係の終つた後の状況は前説明の通りで彼此綜合して強姦罪の構成要件である暴行又は脅迫があつたとは認められない。又甲女が心神喪失又は抗拒不能に陥らしめられたもの又は其状況に乗ぜられたものとも認められない。従つて、本件強姦罪の公訴事実は、その証明が十分でなく、強姦罪が認められなければ姦淫の結果から当然生じた傷害についても、別罪は構成しないものと解すべきであつて、本件強姦致傷の公訴事実については、無罪の判決を為すべきものである。
(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 判事 赤間鎮雄)