名古屋高等裁判所 昭和30年(う)345号 判決
本件公訴事実及び原審が認定した事実の要旨は、被告人は、濃飛酪農株式会社の代表取締役社長であるが、右会社が日吉酪農組合に対し、百二十万円の原乳代金債務を負担していたので、昭和二十七年三月十二日頃、右組合代表者安藤幸一との間の契約で、右の百二十万円の債務を消費貸借に改め、右会社所有の機械器具を譲渡担保とし、被告人において引続いて占有使用していたところ、昭和二十七年五月二十七日頃、掛布政一外十四名に対する債務の担保として、右譲渡担保の目的たる機械器具の一部を含め、工場建物等と共に工場抵当法により抵当権設定を為し、同月及び同年六月九日頃右設定登記を完了したと謂うにある。而して、被告人は、工場抵当法による抵当権設定登記をするに際し、前記のような譲渡担保の目的物である機械器具を抵当権の目的から特に除外する旨の意思表示を為したのでなく、譲渡担保の債権者から、弁済期日に債務の弁済を為さないので、右機械器具の引渡を要求せられていたのに、工場抵当法による抵当権設定登記に際し、右機械器具の一部を工場抵当法第三条による機械器具の目録中に記載して、登記したことも、原審の証拠によつて認められるところである。
然るに、原判決は、譲渡担保の目的となつている機械器具は、被告人又は被告人が社長となつている前記会社の所有でなく、譲渡担保債権者の所有に属するものであるから、被告人が、これに対し、工場抵当法による抵当権を設定しても、その抵当権の効力は、右の機械器具に及ばないから、被告人には、横領罪が成立しないとしている。譲渡担保においては、目的物の所有権は、外部的即ち第三者に対する関係においては、常に債権者に移転するけれども、内部的には、移転する場合と然らざる場合とがあり、当事者の意思不明のときは内部的にも、所有権が移転すると解するのが従来の判例の趣旨とするところであつて、本件においては、この点が確定されていないが少くとも、外部的には、債権者の所有となつているので、この目的物を債務者が処分すれば、第三者は、民法第百九十二条の即時取得の要件を充足しない限り、物権を取得しないことは、明らかである。しかし本件においては、工場抵当法第二、第三条に基く抵当権設定であるから、占有の承継取得がなく、従つて機械器具については、民法第百九十二条の適用がないから、本件のように譲渡担保の目的となつている機械器具については、抵当権の効力が及ばないものと解すべきである。この点の見解については、原判決は誤りでないと謂うことができる。
然れども、横領罪は、犯人が他人の所有物を保管している中に、これを自己のために処分することによつて成立するのが通常であるがこの処分が私法上有効であることが横領罪の構成要件となるものではない。犯人が他人の財物を自己に不正領得する意思を発現したときに横領罪が成立するものであつて、財物の処分行為が不正領得の発現となるのが普通であるが、この処分が私法上有効であるか無効であるかは問わないものと解すべきである(大正七年九月二十五日大審院判決、刑録二四輯一二二五頁参照)。従つて、犯人が不正領得の意思を発現したかどうかが横領罪の成否の鍵となるものであつて、その発現の方法が私法上の法律行為であろうと然らざる場合であるとを問わないばかりでなく、私法上の法律行為としては、未完成であつても、又はその法律行為が私法上取消し得べきものであるとか或は無効であつても、不正領得の意思が発現されていれば、横領罪は成立するのである。この見解から、横領罪については、未遂犯はあり得ないと謂うことができる。
原判決は、右の横領罪の構成要件を誤り、私法上抵当権設定の効力が及ばないと謂う一点だけで、横領罪の成立を否定している。他に審理の結果、公訴事実が認められないとか又は犯意がなかつたとか違法阻却事由があつたとかで、無罪になるなら格別、右のような原判決の解釈で無罪にするのは、刑法第二百五十二条の解釈を誤つたものと謂うことができる。論旨は、理由があり、原判決は破棄を免れない。
(裁判長判事 高城運七 判事 滝川重郎 判事 赤間鎮雄)