大判例

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名古屋高等裁判所 昭和30年(う)792号 判決

論旨は、原判決はその冒頭において「右の者に対する恐喝(予備的訴因横領)詐欺被告事件につき審理をとげ次の通り判決する」と明示して被告人に対し有罪の判決を言い渡している。然し、本件を原審に差し戻した名古屋高等裁判所刑事第三部の判決によると、本件の恐喝と横領とはその基本的事実を異にするから、予備的な訴因の記載は許されないので起訴状記載の横領の予備的訴因は適法に原審に係属しなかつたものであると説示している。従つて、適法に係属しなかつた予備的訴因の横領を審判の対象として判断した原判決は不法に公訴を受理したものであり、又審判の請求を受けない事件について判決をしたものである。なお、右のように予備的訴因の横領が適法に係属しなかつた場合においては本位的訴因である恐喝について判決をしたゞけでは足らず、右予備的訴因についても判断をなし、それが適法に係属しなかつたことを言い渡さなければ審判の請求を受けた事件全部について判決したことにはならない。

即ち原判決は、審判の請求を受けた事件について判決をしない違法があるというのである。

よつて、訴訟記録を調査するに、原判決はその表題の部分において所論指摘のとおり掲記し罪となるべき事実として、第一恐喝(昭和二十五年十二月二十一日附起訴状記載の公訴事実第一)及び第二詐欺(昭和二十六年二月十三日附起訴状記載の公訴事実)の各事実を認定して被告人に対し有罪の判決をなし、二個の恐喝事実(昭和二十六年二月五日附起訴状記載の公訴事実第一及び第二)については無罪の言渡をしている。そこで本件の審理の経過を見るに、被告人に対する関係においては、検察官は、昭和二十五年十二月二十一日附起訴状において本位的訴因として第一恐喝(原判示第一)、予備的訴因として第二横領の公訴事実について審判の請求をなし、次に昭和二十六年二月五日附起訴状をもつて第一及び第二の各恐喝事実(原判決無罪分)を起訴し、更に昭和二十六年二月十三日附起訴状によつて詐欺の事実(原判示第二)について審判の請求をしたのであるが、差戻前の第一審判決は昭和二十六年二月五日附起訴状の各恐喝並びに昭和二十六年二月十三日附起訴状の詐欺の事実について有罪の判決、昭和二十五年十二月二十一日附起訴状の予備的訴因である横領の点について無罪の判決をなし、その本位的訴因である恐喝の点については何等の判断も示していないものである。ところが被告人並びに検察官より夫々控訴の申立があり、当裁判所刑事第三部は昭和二十五年十二月二十一日附起訴状記載の本位的訴因恐喝と予備的訴因横領の公訴事実に関し、被告人に対する予備的訴因である横領の点について無罪の言渡をしたのみで、本位的訴因である恐喝の点について何等の判断を示さなかつた原判決は、右恐喝の点につき、審判の請求を受けた事件について判決を遺脱した違法を犯したものである。又、右本位的訴因である恐喝は、被告人及び原審相被告人小野田吉寿が昭和二十三年三月中頃荒川銈外一名の共有にかかる建物の売却方を依頼されたところから、共謀の上、古橋友三外数名を畏怖させて建物買受方を承諾させ、代金三十万円を交付させて喝取したというのであり、その予備的訴因である横領は、右三十万円を受け取り建物所有者のため保管中、共謀の上、内金二十二万円を着服して横領したというのであるが、右の恐喝と横領とはその基本的事実を異にするものというの外はないので、その間に予備的訴因の記載は許されない。そして右のように許されない予備的訴因を附加した起訴状が提出された場合に、本位的訴因についての起訴の効力まで滅却すべき理由がないと共に予備的訴因の記載をもつて併合罪の起訴と見ることも許されないと解するので、結局右起訴状記載の横領の予備的訴因は適法に原審に係属しなかつたものといわなければならない旨を説示して原判決を破棄して差し戻す旨の判決をなした。そして、差戻後の原審は、前記のように本位的訴因である恐喝の事実について有罪の判決をなしたが、予備的訴因である横領の点の処置については終始何等の判断を示していないのである。

おもうに、前記差戻判決によつては右予備的訴因が当然に却下されたものとは認められないのであるから、差戻後の原審としては差戻判決によつて示された上級審の判断を遵守し、適法に係属しなかつた横領の予備的訴因は、訴訟手続中において検察官にその撤回を求め、若しくはこれを却下する等の処置をとり、この予備的訴因が原審の係属より離脱したことを明示すべかりしものであつたのである。然るに、原審がこれをなさなかつたのは甚だその意を得ない。然し原審においてその処置をとらなかつたにしても、前記差戻判決において右予備的訴因をもつて適法に原審に係属しなかつたものとしている以上原審はその判断に拘束せられるのであつて、右予備的訴因について事実上及び法律上の審判をなすことは原審にこれを許されていない。又差戻後の原判決がその表題の部分に前記のように「予備的訴因横領」という事件名を掲記していることは所論のとおりであるが、右は控訴審の判断に従つてこの事件名を削除すべかりしものであつたのにその処置をとらなかつたがために生じた過誤である。然し、右予備的訴因について、原審は有罪の判決をしているのでもなく、又差戻後の原審における訴訟手続の経過に徴するも右予備的訴因を審理の対象としていないことが明らかである。たゞ右事件名は記載すべきでなかつたものというに過ぎない。原審が控訴審の前記判断にそつて審判していることは疑を容れぬ。従つて右記載があるからというて原審が不法に公訴を受理し、又審判の請求を受けない事件について判決し、或は審判の請求を受けた事件について判決しなかつたという違法はない。論旨はすべて理由がない。

検察官の控訴趣意第一点について。

論旨は、原判決が昭和二十六年二月五日附起訴状記載の公訴事実第一について犯罪の証明なしとして無罪の言渡をしたのは事実誤認であるというにある。

よつて考察するに、検察官は伊藤捨吉の検察官の面前における供述によつて公訴事実を証明し得るというので先づ伊藤捨吉の右供述調書の証拠能力について検討する。差戻前における第一審の訴訟手続の経過を見るに、昭和二十六年三月五日の第六回公判期日において検察官より伊藤捨吉を証人として証拠調の請求があつたので、裁判所はこれを取り調べる旨の決定をなし、検察官より申出のあつた名古屋市中村区広小路西通二の一七に宛てて召喚の手続をしたのであるが、受取人である同人を宛所に尋ねても見当らぬという理由で召喚状が送達不能となつた。そこで昭和二十六年五月十四日の第十四回公判期日において検察官は同人の所在不明を理由として刑事訴訟法三百二十一条に基いて、同人の検察官に対する供述調書及び司法警察員に対する供述調書の取調を請求し、被告人及び弁護人においてその証拠調の請求に異議がないと述べたので、裁判所はこれを取り調べる旨の決定をしてその証拠調を行つたことが明らかである。しかし同人が所在不明であるとの点については、召喚状を送達するための郵便物が右理由によつて返戻されている外には記録上何等の調査をした形跡がない。単に検察官よりの同人が所在不明であるとの申出と召喚状が送達不能となつたことによつてたやすく刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号第三号の事由ありと認めたものと思料される。そして証拠調を終つて裁判所に提出された同人の供述調書によると、同人の住所は名古屋市中村区広小路西通り二丁目二十七番地と記載されてあるので、召喚状を発送した宛所は同人の住所ではなかつたものといわざるを得ない。かように検察官より申出のあつた証人の住所が実際の住所と異つていたために、召喚状が送達不能となつた場合においてその所在の調査について何等の処置を採らずにたやすく所在不明であると速断し、前記法条の事由ありと認めて証拠調をしたのは同法条を適法に適用したものとはいい難く、訴訟手続に法令違背があるものというの外はない。従つてその取調をした右各供述調書は証拠能力を有しないものといわざるを得ない。もつとも、被告人及び弁護人においてその証拠調に際し前記のように証拠調請求に異議がない旨を述べているが、これをもつて証拠とすることに同意した旨の陳述と認めることはできないので、これによつては証拠能力を付与し得ない。更に、差戻後における原審の訴訟手続を見るに、昭和二十八年九月十六日の第一回公判調書によると、検察官の請求により証人伊藤捨吉の供述記載ある公判調書の証拠調(この点に関し弁護人第二控訴趣意書第二点に対する前記説示を援用する)をした旨の記載があるが、差戻前における第一審の訴訟手続において同人を証人として尋問していないことは前記のとおりであるから右の記載部分は誤記と認めるの外はない。而して、同日の公判期日において刑事訴訟法第三百二十一条に基き同人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書の証拠調をしているのであるが、右は差戻前における第一審の訴訟手続に準じてなされたものと認められるので前説示のとおりその証拠能力を否定せざるを得ない。もつとも、同日の公判期日において引き続いて弁護人より同人を証人として取調の請求があり、裁判所は昭和二十八年十月二十八日の第二回公判期日において取り調べる旨の決定をなし、召喚手続をして昭和二十八年十二月九日の第三回公判期日において同人の出頭を見た上でその証人調をしたのであるが、同公判調書によれば、同人の住所は名古屋市中村区広小路西通り三の二七となつていることが明らかである。そして同人は差戻前の第一審当時においては所在不明であつたのが、差戻後の原審当時所在が判明したと認むべき資料がないので、差戻前の第一審当時においてもその所在が不明であつたとはいわれない。そうであるから、前説示のように同人が所在不明であるとして前記法条に準拠してなした証拠の取調が違法であることは尚更明らかである。只、同人の住所が差戻前の第一審の訴訟手続における召喚状を宛てた住所及び各供述調書記載の住所とも多少異つているが、適当な所在調査の処置を採つたならば判明すべかりしものと認められるのであつて、さればこそたやすく前記法条の事由ありとした原審の手続を容認し得ないのである。更に進んで前記のように証人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書の証拠調をした後に、同人が証人として公判期日において供述調書の供述と相反し又は実質的に異つた供述をした場合において、右供述調書の証拠調手続の違法性が治癒されて適法となり得るかの点について考察して見るに、証人としての取調をなした後において改めて刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の規定によつて供述調書の証拠調がなされた場合にはこれを適法とするに何等疑問の余地はないというべきであるが、同法条の規定による証拠調がなされていない場合は如何という問題である。かような点について、福岡高等裁判所第二刑事部がなした昭和三十年十二月十五日の判決(高等裁判所刑事裁判特報第二巻追録一三〇七頁)が参照されるのであるが、右判決は公判期日において証人として取り調べても既に調べた証拠によつて同人が検察官に対してなした供述と相反する供述をなすことが極めて明白且つ確実に予見できる場合であつて、供述調書の取調に対して弁護人から何等異議の申立がなく、しかもその後の公判期日に証人として取り調べたところ同人が予期したとおり供述調書の記載と相反する供述をなしたときは、供述調書の証拠調の違法は完全に治癒され、供述調書が証拠能力を有するに至るものと解するのが相当であるというのであつて、本件の場合と対照すれば適切な先例とは認められない。前記のような本件事例においては当裁判所は証拠調の違法は治癒されないと認めざるを得ない。従つて伊藤捨吉の検察官に対する供述調書は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号の規定による適法な証拠とはいわれない。

然し、仮りに伊藤捨吉の検察官に対する供述調書が証拠能力を有する適法な証拠であるとして、これによつて検察官所論のように昭和二十六年二月五日附起訴状記載第一の恐喝の事実を認定し得るや否やを検討して見ることとする。伊藤捨吉の差戻後の原審における供述及び検察官に対する供述によると、同人が昭和二十三年六月頃被告人に金一万円を交付したことは認められるが、その金員の趣旨について検察官に対する供述調書においては被告人との間に家の問題で紛議が起り、話のわかるようにして来いといわれ、それは相当の挨拶をしろということであると考え、被告人が香具師の親分で子分も相当居り、因縁をつけられたときには相当の物なり金なりを持つて挨拶して置かぬと後で非道い目に会うので薄気味悪く怖ろしいので金を持つて行つたと述べているが、原審公判廷においては本件建物を被告人との間で譲るという話はなかつた。自己の土地に建売住宅を建築するについて、被告人の所有の小屋がその土地に建つて居り建築の必要上右小屋を毀さねばならぬので、その小屋を一万円で買いその代金として支払つたものであると述べていてその供述は一貫していない。ところで、右原審公判廷における供述は、記録中の他の証拠と対照するときは事実と著しく相違していると認められるので到底信を措き難い。然らば右検察官に対する供述調書によつて恐喝の事実を認定し得るかを考察するに、被告人の原審公判廷における供述及び検察官に対する昭和二十六年二月五日附供述調書、差戻前の第一審における証人佐々木武治、同三浦重雄、同伊藤重勝の各供述並びに差戻後の原審における証人伊藤重勝の供述によると、大同建設株式会社が伊藤捨吉より前記の建築を請負いその事務所として本件建物を建てたのであるが、被告人がその工事終了後に右建物を売却して呉れと申し出でたのでその建築の監督をしていた伊藤重勝が会社にこれを取り次いだところ、会社においては代金四万円位で被告人に売却することを承諾していたのである。然るにその後伊藤捨吉が被告人に無断で右建物を三浦重雄に代金七万円で売却するに至つたので被告人においてこれを詰問したところ、伊藤捨吉は違約を陳謝するために金一万円を被告人方に持参して交付したものであることが認められる。従つて右金一万円は被告人が脅迫する意志と方法をもつて伊藤捨吉を畏怖させて交付させたものであるとは認めることができない。伊藤捨吉の検察官に対する供述調書においても、一万円は陳謝のために持つて行つたとの供述記載があるのでいまだ恐喝の被害顛末を述べたものと認めねばならないものではない。検察官の所論中にある佐々木武治の上申書、三浦重雄及び清水梅子の司法警察員に対する各供述調書は刑事訴訟法第三百二十八条の規定によつて取り調べられたものであるから、これをもつて事実認定の資料とすることはできない。その他記録を精査するも原判決の認定に誤があるとは認められないので論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 高橋嘉平 裁判官 大友要助)

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