名古屋高等裁判所 昭和30年(う)87号 判決
原判決を査閲すると、同判決はその事実認定の部において、本件火災の原因は、原判示コンセント及びブラツグの接触に異常を生じたことに基因するものと認定し乍ら、右部位において、発火当時流れた電流の量につき何等事実認定をしていないこと及び通電によつて生ずる熱量は、電流の自乗と電気抵抗の相乗積に比例するものであることは所論の通りであるから、原判決の事実認定はこの点において些か不備の点があるとは認められる。然し乍ら原審鑑定人梅津明彬、同池上淳一、同竹上武雄、同山口次郎の各鑑定の結果及び証第八号キアツプタイヤの爪のある方同第九号キヤツプタイヤの中間線同第十号の一、キヤツプタイヤ自動車側同第十号の二、本件A、Cコンセント同第十二号第十三号屋内配線同第十四号同第十五号の溶断したヒユーズ同第十六号のコンセントの存在及びこれ等証拠物の呈する物理的状態その他原判決挙示の各証拠の内容を仔細に検討し、更に当審おける証拠調の結果を参酌すれば左の如き事実を認めることが出来る。即ち被告人は原判示日時場所において同判示の如き移動映画自動車に備付の蓄電池に充電を開始するに際り、原判示高北農製作所工場内の柱に備付の複式コンセントの一にその電源を求め、右製作所のブラツグを借受け、被告人所持のキヤツプタイヤコードに取付け之を右コンセントに差込み通電を開始したが、この充電開始の際における電流の回路は原判示自動車側においては自動車の蓄電池と整流器の間即ち直流側は電流容量(以下容量と略称する)五アンペア乃至八アンペア、整流器とブラツグの間即ち交流側は容量三十アンペア、被告人が前記の如く借受けて接続したブラツグは十アンペア、又コンセント側においてはコンセントは十アンペア、之に繋る前記工場内屋内配線及びその先のヒユーズは各二十アンペアであつた事が明白であり又証第八号のブラツグの真鍮製の爪の一片は溶解して凝固し、証第十四号の屋内配線に取付けてあつたヒユーズは溶断(シヨウト)し、コンセントの先三寸六分の部位にシヨート痕があることが明かである。而して被告人は右充電開始に先だち被告人が所持していた溶量三十アンペア、長さ約三十米心線六十七本撚りのキヤツプタイヤコードの尖端の被覆を除去し、ドライバーを用いて、高北農機製作所の門衛から借受けたブラツグの着いた容量十アンペアのキヤツプコードと繋合せる際右キヤツプタイヤコードの六十七本撚りの心線を約半減して、ブラツグの附いているキヤツプコードの心線と繋ぎ合せた上充電に使用したがその繋合せの操作が不完全であつたと認められることは、被告人自身自認しているところであり前記蓄電池の性能及び前記電流回路において、充電すれば交流側において十一アンペア乃至十六アンペア、直流側において五アンペア乃至八アンペアの電流が流れ之が為各十アンペアのブラツグ及びコンセントの部において安全電流たる十アンペア以上の電流(この流れた電流が十アンペア以上の何アンペアであつたかを確定することは出来ないが)が流れ、之が為その部位において電気抵抗を生ずる危険性があることは容易に推認し得るところである。又被告人が充電に用いたキヤツプタイヤコードは前説明の通り長さ約三十米、三十アンペアの容量のものであり、その重量が重い為仮りに、初めブラツグとコンセントの接触が十分であつたとしても時間の経過によりブラツグの爪がコンセントから抜け出し接触不良を来し時間の経過により過熱、発火を生ずる可能性があることも亦推定に難くない。
叙上の各事実を基礎として彼是考合せると先づ(一)、前記装置において充電すれば直流側において五乃至八アンペアの電流が流れ、為に容量各十アンペアのブラツグ及びコンセントの部においてその容量以上の電流が流れ電気抵抗を生じたものと認めることは出来るし、又(二)、前記キヤツプタイヤコードの心線を半減して、ブラツグ側の心線と繋合せたときの操作の不完全の為その部分においてシヨート(短絡)を来せば充電中の電流はその部位より交流側において流れる電流の量が急激に増大し、各十アンペアのブラツグ及びコンセントの部分に容量を遥かに超過する電流が流れ高度の熱量を出して発火の原因となる危険性があることは明かであり、更に(三)、キヤツプタイヤコードの重量の為或時間を経過した時コンセントからブラツグの爪が抜出し接触不良を来せばその部位において電気抵抗を生じ容量以上の電流が流れ過熱の為その部においてシヨウトし発火の原因となることも考へられる本件の場合以上いづれかの原因によつて本件火災を惹起したものと推定することは刑事責任に関する事実の推定として当然許さるべきものと解するを相当とする。
而して被告人は第一級映写技術者の免許を有し原判示自動車の充電等の職務の責任者であつたのであるから、右の如き容量を異にする電流回路の装置により充電せんとするに当つては、自動車の蓄電池整流器の性能直流側及び交流側の容量を熟知していたのであるからかかる回路において充電し翌朝まで之を放置すれば交流側における電流が十アンペアを超過し、容量十アンペアのブラツグ及びコンセントの部分を十アンペア以上の電流が流れ、過熱により発火の原因となる可能性が強いことに想を致し、又前説明の如く自らキヤツプタイヤコードの心線を半減して工場から借受けたブラツグのキヤツプコードに繋合す操作をしたのであるからその操作が完全無欠であるかどうかを確認するは勿論かゝる臨機の方法によりコードを接続した以上若しその繋合せの操作に不備がありその部位においてシヨートを来せばその部位から逆流する電流が激増し発火の危険が極めて増大することを念頭に浮べ、更に又ブラツグとコンセントの接触不良を来し、之亦発火の原因となるやも図り知れないことを意識しそのいづれの原因をも完全に除去して発火等の事故の発生を防止するよう常時又は危険の発生を未然に防止し得る程の一定の時刻に自己又は他の者をして監視して発火を未然に防止すべき業務上の業務があるものと謂わざるを得ない。然るに被告人は過去における自己の充電の経験において事故が発生したことがなかつたのに安易感を覚へ以上説明の如き細心の注意を払わず、漫然危険がないものと軽信して充電し翌朝まで放置したため、原判示の如く発火せしめ、その判示のような建物を焼燬せしめたものと認めざるを得ない。
以上説明の次第であつて本件火災は被告人が業務上尽すべき注意を尽さず不完全なる方法によつて充電を為しブラツグコンセントの部において安全電流以上の電流を流させ短絡を生ぜしめたために生じたものと認めるの外はない。尤も右認定に反するような資料がないでもないが、是等の証拠はいづれも信認するに足らないし外に右認定を覆すような資料はない。
以上の次第であつて原判決の注意義務及び発火の原因に関する事実摘示において論旨に指摘するが如き不十分の点があることは明かであるが結局本件発火の原因が被告人の不注意に基き充電の際における過熱の為に生じたものと認められる。
右認定に反するような証拠資料がないでもないが是等証拠は信認し難いところであるから原判決の右事実摘示の不備は未だ判決に影響を及ぼす事実誤認の違法があるとは云へないし又証拠によらないで事実を認定した違法もない。所論はいづれも前記の如き事実認定を首肯せず、被告人に有利な資料のみを基礎とし、独自の見解に立脚して原判決を非難しているに過ぎないので論旨はいづれもその理由がない。
(裁判長裁判官 小林登一 裁判官 栗田源蔵 裁判官 石田恵一)