名古屋高等裁判所 昭和30年(ネ)180号 判決 1956年8月08日
控訴人(原告) 杉山千春
被控訴人(被告) 岐阜市長
主文
本件控訴を棄却する
控訴費用は控訴人の負担とする
事実
控訴人は原判決を取消す被控訴人が昭和二十七年二月十二日附土第一三七号を以て訴外杉山末吉に対してなした借地権範囲指定通知及び同書面による移転命令、被控訴人が昭和二十七年七月十日土第八〇〇号を以て右移転命令に基いてなした代執行令書発布処分、被控訴人が昭和二十七年六月十七日附土第六二四号を以て前示移転命令に基き訴外杉山末吉に対してなした代執行の戒告の各無効なることを確認する訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とする旨の判決を求め被控訴人は本件控訴はこれを棄却する控訴費用は控訴人の負担とする旨の判決を求めた
当事者双方の事実上の主張は
控訴人において
(一) 原審において移転命令無効確認について主張した事実中「原告杉山千春は前叙のとおり……本件宅地の関係者である」と述べた部分(原判決書第四枚目裏第十行目下段以下同上第五枚目表第一行前段迄)を主張しない
(二) 本件宅地上の家屋番号四六番木造瓦葺平家建十五坪の建物は原始的に控訴人の所有であり既に昭和二十六年七月七日所得税課税台帳に控訴人名義を以て登録し被控訴人も控訴人に対しこの固定資産税を課税しておるに拘らず被控訴人は敢てその所有者でない訴外杉山末吉に対し移転命令を発したのであるがそれはその手続に重大な瑕疵があるものというべくその瑕疵のあることは岐阜県の訴願裁決書にも示されておるところである而して過去の行政行為に手続上重大な瑕疵の存するときは当然その過去の行政行為は無効となるのである原審は本件移転命令の無効確認を求むることを以て訴外杉山末吉の移転義務、忍受義務の不存在確認を求むるものとして控訴人の請求を棄却したのであるが右の義務が現に存在せぬということから直にその義務を生ぜしめた過去の行政行為自体が存在せぬということにはならない控訴人は手続上重大な瑕疵があることを理由に移転義務、受忍義務を生ぜしめた行政行為の無効確認を求めるのであり過去の行政行為は違法の瑕疵があつても効力を有するという原審の見解は承服できない而してそのことは代執行令書発布処分についても同様である
(三) 被控訴人は「工作物に関する権利の移動を以て被控訴人に対抗できない」と主張しているが、本件家屋に関して権利の移動があると独断している控訴人が原審で主張したように建築主は杉山末吉であり所有者は控訴人であつてこの両者間には金銭上の貸借関係があつたのである被控訴人が主張するように若し権利の移動があると仮定しても移転命令が昭和二十七年二月十二日発せられたのであるからその当時において権利の移動ということは問題にならない又被控訴人が代執行したことは証拠上疑いがない被控訴人主張のように本件家屋について権利の移動があつたなら被控訴人は代執行の事実を堂々と主張すべきでありこれを蔭蔽していること自体本件家屋が控訴人の所有であることを暗に認めている証左である。又被控訴人は特別都市計劃法施行令第十一条の規定による岐阜特別都市計劃事業復興土地区画整理施行規定により権利移動の届出をせねばならないと主張しているが、前段に説明したようにかかる必要はなく又宅地ならば届出の必要もあるが家屋に関してそのような必要はない登記簿上も控訴人所有名義であり被控訴人は控訴人に固定資産税を課しているのであるから被控訴人は控訴人の所有たることを認めているのである被控訴人が主張するように単なる便宜主義で徴税するというでたらめが許さるべきでないことは、多言を要しない
(四) 本件家屋の移転が完了したのは昭和二十七年八月であるその当時控訴人は岐阜高等学校に奉職し父杉山末吉と同居していたと述べ
被控訴人において
控訴人が昭和二十七年以降本件家屋について固定資産税を納入していることは争わないが固定資産税は原則として登記簿上の名義人に課することになつている即ち名義人が実質上の所有権者なりや否について所有権の帰属に関する問題を決定する資料となすべきではない唯徴税上の便宜から名義人に課するものと解さねばならない
と述べた外原判決摘示と同一であるから茲にこれを援用する
(立証省略)
理由
一、先づ当裁判所が本訴請求中借地権範囲指定通知及び代執行戒告の各無効確認の部分を排斥する理由説示は原判決理由摘示におけると同一であるからこれを引用する
二、(イ)次に移転命令の無効確認の部分について按ずるに被控訴人が昭和二十七年二月十二日附上第一三七号を以て(借地権範囲指定と共に)訴外杉山末吉に対し本件建物及び同訴外人所有の便所風呂場等の移転命令を発したことは当事者間に争のないところ成立に争のない甲第一、二号証によれば本件家屋は控訴人の所有と認める外なく乙号各証を以てしては未だ右認定を覆し難くその他右認定を左右せしめる程の資料は存しない従つて被控訴人がその所有者でない杉山末吉に対し本件建物の移転を命じたことは明かに瑕疵があつたものというべきであるが、他方控訴人と杉山末吉は父子の関係にありその当時同居していたことは控訴人の認めるところであるから右移転命令は控訴人において容易に知りうる立場にあつたものといえる而してかかる場合その命令が人違であつても当然無効となるものではなく単に取消しうべき瑕疵があつたものと解すべきであり且つこの取消がなされていない(甲第九号証によれば訴願期間を徒過して借地権範囲指定と共に却下となつていることが窺われる)以上依然有効であるとなさねばならない
(ロ) 又右移転命令が借地権範囲通知の無効なること及び仮処分無視を各前提として無効なりとの主張に対する判断は原判決理由説示と同一であるから茲にこれを引用する
三、更に代執行令書発布処分無効の主張については右移転命令の無効なることを前提するが、前段説示のように移転命令が無効でない以上その理由のないことは明かである然り而して昭和二十七年八月本件建物の移転が完了したことは争がなく且つ本件建物の移転は成立に争のない乙第三号各証、当審証人伊藤二三郎、棚橋政喜代の各証言を綜合すると杉山末吉が自発的に行い被控訴人の代執行によるものでないことが認められ右に反する原審証人杉山あき、永谷ふじえの証言は措信し難くその他控訴人の立証によつては右の認定を覆し得ないそこで代執行令書は発布されたものの結局杉山末吉の自発的移転によつてその代執行令書はその目的を失つたものというべくかくては現在改めてその無効なるや否を審査確定する実益は存在しないといわねばならない
四、仍て控訴人の請求を排斥した原判決は正当であり本件控訴は理由のないものとしてこれを棄却し民事訴訟法第三八四条第八九条に則つて主文のとおり判決する
(裁判官 山田市平 県宏 小沢三朗)