名古屋高等裁判所 昭和31年(う)1193号・昭31年(う)1192号 判決
職権を以つて本件記録を調査するに、原審の訴訟手続には次のような違法がある。
(一) 原審における昭和三十一年八月三日付第五回公判調書(記録四五四丁の分。以下前期日又は前期日調書と言う)の冒頭の被告人出頭別欄には被告人辻村仙一出頭し、被告人金中坤及び原審相被告人吉沢藤一不出頭の旨の記載があり、同日付第五回公判調書(記録四六七丁の分。以下後期日又は後期日調書と言う)の冒頭の被告人出頭別欄には被告人金中坤及び原審相被告人吉沢藤一出頭の旨の記載があるから、之だけから見れば、前期日には被告人辻村は出頭し、被告人金は不出頭、後期日には(被告人辻村に対する公判期日としての表示がないので同被告人は勿論不出頭)被告人金は出頭したものと言うべきである。然し乍ら、前期日調書の内容をみると、右被告人等三名併合事件より被告人辻村及び原審相被告人吉沢の両名を分離する旨の決定がなされ、被告人金の弁護人A出頭した旨の記載、被告人金の供述記載の存するところから判断すれば、被告人金は前期日に出頭していて、同被告人に対する審理が行われたものと思われる。尚、後期日調書の内容をみると、被告人辻村の弁護人S出頭し、検察官が被告人辻村に対して求刑し、被告人辻村が供述した旨の記載があるところから判断すれば、被告人辻村は後期日に出頭していて、同被告人に対する審理が行われたものと思われる。以上を綜合して考えると、前期日調書の冒頭に辻村仙一「出頭」とあるは「不出頭」、金中坤「不出頭」とあるは「出頭」の誤記、後期日調書の冒頭に「金中坤」出頭とあるは「辻村仙一」出頭の誤記であるとも考えられるが、しかく明白な誤記と断言することもできないのみならず、被告人氏名及びその出頭不出頭の区別を誤記をもつて判断処理するには余りに重大な誤謬であるというべきであるから同調書の記載からは被告人出頭の有無を明確にすることができないと言うべきであり、特に後期日調書の冒頭記載の被告事件名及び被告人氏名によれば、同調書は被告人金に対する公判調書であり、被告人辻村に対する公判調書とは認め難く、その内容の記載と対比して考察すれば、果していずれの被告人に対する審理がなされたかを確認することができないというべきである。又被告人金が同期日に出頭したとせば、同期日にその担当弁護人の出頭した事跡はない。公判期日に於ける審理には被告人並びに弁護人の出頭を要し、出頭したときは之を公判調書に記載するを要するところ、右の如く、公判調書により被告人出頭の有無を明確にすることができず、又その担当弁護人出頭の事跡がない以上、右訴訟手続は刑事訴訟法の規定に違反する違法なものと言わねばならない。
(三) 被告人辻村に対する原判決はその証拠の標目に証人伊藤さくの公判廷に於ける供述と同人の司法巡査並びに司法警察員に対する供述調書を掲げているが、右供述調書は分離して審理された被告人金に対する第二回公判に於て取り調べられたに止まり、被告人辻村に対する関係については全公判調書を調査しても之が取調をなされた事跡はない。又証人伊藤さくは原審第四回公判に於て取り調べられているのであるが、同証人は被告人金に対する原審第二回公判に於て同被告人に対する関係の証拠として取調べる旨の証拠決定がなされたに止まり、被告人辻村に対する関係に於て証拠決定がなされた形跡がない。もつとも同証人を取り調べた右第四回公判に於ては被告人金と被告人辻村の事件が併合審理されたため、被告人辻村も在廷していたことは明らかであるが、単に同被告人が在廷していたというだけでは、同被告人に対する証拠として適法な取調がなされたとはいわれない。何となれば共同被告人として公判審理されている場合においても、その内の特定の被告人に対する関係に於て証拠決定がなされて取調がなされることがありかような場合に於ては、その被告人に対する関係に於てのみ適法な証拠となり得るものであつて、他の共同被告人に対する関係に於ては適法な証拠となり得ないというべきであるからである。従つて、被告人辻村に対する判決に於て右供述及び調書を採つて断罪の資料に供したのは違法たるを免れない。
(裁判長判事 高橋嘉平 判事 伊藤淳吉 判事 梶村謙吾)