名古屋高等裁判所 昭和31年(う)66号 判決
所論は、原審が被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたと認定したのは誤りであると言うにある。
依つて案ずるに、当裁判所は結論に於て、鑑定人村松常雄の鑑定書並びに原審に於て取り調べた諸証拠により、被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたものと判断するものであつて、此の点について原判決に事実誤認はないとするものであるが、以下検察官の所論に論及しつつ、その理由を説明する。
刑法に於て心神耗弱とは精神機能の障碍により是非を弁別し、又はその弁別によつて行動することの著しく困難な精神状態を言い、その心神耗弱の概念は法律上の概念であつて、精神病学的又は心理学的な概念ではない。鑑定人は唯精神病学的、心理学的知識による事実認識を報告するに止まり、その心神耗弱なりや否やの判断は結局裁判官が之等の報告及びその他諸般の事実に基き、法律の理念及び目的に照して判断すべきものである。之は検察官所論の通りであり、異論のないところであろう。
勿論、その法律的判断の基礎的資料として当該被告人の犯行当時に於ける精神病学的、心理学的な診断の結果は重要な地位を占めるものであつて、本件に於て被告人に対し精神病学的、心理学的判断を下した鑑定人村松常雄の鑑定はその結論として被告人は犯行当時身体的及び環境的諸条件に基き精神的感情的原因に因る心因病的反応の状態にあり、意識障碍は甚しく高度であつたとは認められないが、意識の清明度及び意識野の広さに著しい障碍を来して居り、明かに顕著な精神病状態にあつたものと判断している。心因反応とは主として感情的原因から起る身体的、精神的異常状態であると説明され、被告人が心因病的反応に陥つた原因たる身体的及び環境的諸条件として、被告人は家計の窮乏を救うため芸妓となることを父から半ば強要的に勧められ、不本意乍ら前借金二万円で芸妓見習となつたが、その翌晩から座敷に出され、剰え二晩に亘つて客より肉体関係を要求され、之を拒み続け三日間殆ど眠ることができず、又当時姙娠していたため嘔気食慾不振もあり、全く疲労困憊し、気分も苛立ち、その心身の苦痛に堪え兼ねて自宅に戻つたが、落着かぬ異常興奮状態は続いていた。加うるに、帰宅後も兄の病状重態のため母と交替して徹夜看病に当つたことと、愛人近藤が前借金返済用として現金二万円を苦面して届けてくれたが、父は之を生活費に使つたので口論となり、父より殴打せられるに至つたために、父の仕打に対する憤懣と愛人の好意に対し面目なき感情と芸妓を止めたいと言う一心から異常興奮状態にあつたものと述べられてある。而して基本の右客観的諸事実については原審並びに当審に於て取り調べた諸証拠により十分に裏付けられるところである。村松鑑定人の鑑定書によれば、同鑑定人はかかる客観的諸事実に基いて、被告人の全体的諸症状と全経過を検討し、反覆検診問診を行い、精神病理学的蓋然性を以つて検討した結果、前記の如き結論に到達したものであつて、その医学的判断に対しては、その専門家に非ざる裁判官に於てはその当否を判断するの特別の知識を有しないものであるから、右の如くその資料となつた客観的諸事実について誤りなく、且つ首肯し得る合理的な方法で診断がなされている限りは、右医学的判断の結果を正当とするの外はない。検察官は村松鑑定人の鑑定は殆ど鑑定時に於ける被告人の陳述を以つて犯行当時の精神状態推定の資料として居り、被告人の陳述が総て真実を物語るとの前提の上に立つて推論していると非難するが、右鑑定書によれば、その鑑定は心因反応による意識障碍に於ても、後から追想することが苦痛であり不利であるような場合には、当時の意識状態が清明であつたにも拘らず、後になつてから追想不能となる心因健忘なる現象の存在することをも認めて、此の点についても十分考慮し、又鑑定時に於ける被告人の陳述のみによらず、本件記録により犯行当時の被告人の言動をも詳細に検討して之を資料として前記の如き結論を出したものであるから、所論は採るに足りない。
尚、検察官は、犯行当時被告人は格別異常な精神状態になかつたと主張し、当時被告人に直接接した芸妓橋本せつ子、被告人の妹藤松巴、医師住田英信等の見聞した供述を挙げているが、同人等は夫々の供述調書に於て「被告人は普通に喋つて居り、頭の方も普通と異なるところはなかつた」、「別に病気らしい様子も見受けなかつた」、「姉の態度に変つたところは見受けられなかつた」とか「診察したところ特別の客観的徴候も認められなかつた」とか供述しているけれども、同人等は素人若くは外科専門医であり、唯々被告人に対する外見上の所見を述べたものに過ぎず、しかもその言辞は断片的であつて、之等を以つて直ちに被告人の精神状態は異常がなかつたものと速断することはできない。却て、右藤松巴は「被告人が初美玉から帰つて来た時疲れていたためか一寸昂奮していてものも言えない様子であつた」と供述し、被告人の父藤松寅六は「被告人は帰宅後、動作態度がおかしかつた」と供述し、住田医師も「一応軽い神経衰弱の程度と診断した」と供述しているところから見れば直接に被告人に接した者に於ても被告人の精神状態が多少通常でないところが見受けられたのであつて、結局素人的所見に於ては当時の被告人の精神状態が何れなりやを確実に判定するに足りないと言うべきである。
かく判断して来ると、事後に於ける診断とは雖も、客観的に認められる事実に基き、科学的方法と専門知識を以つてなした村松鑑定人の鑑定の結果は大きな比重を持つものと言わねばならない。而して、その鑑定は前記の如く、被告人の犯行当時の精神状態は心因反応に陥り甚しく高度な意識障碍は認められないが、顕著な精神病状態にあつたと判定したものであり、此の判定の結果と之に至る被告人の全体的諸症状、全経過並びに前記被告人に直接接した諸証人の供述を通覧するときは、被告人は犯行当時是非を弁別し又はその弁別により行動することの困難な精神的障碍があつたものと認むべく、正に刑法に所謂心神耗弱に該当するものと判断するを相当とする。従つて、原審が心神耗弱と認定したのは正当で、事実誤認の点はない。論旨は理由がない。
同第二点、刑の量定不当の論旨について
本件犯行の根本の原因をなすものは、前記第一点に於て述べた通り一に一家の窮乏と無理解な父親の仕打にあると言うべきこと、当初より窃盗又は放火の意思を以つて主家に行つたのではなく、専ら自己の衣類を取り戻すために行つたのであるが、その衣類が見付からぬままに他人の衣類を窃取し、次いで突発的に放火を思い立つて之を敢行したものであること、被告人の愛人近藤は被告人が起訴せられた後も、被告人と結婚するの意思を表明していること等の事実殊に被告人の境遇、犯行前の被告人の心情に思いいたる時は被告人のために一掬の涙なきを得ない。然しながら刑の量定をなすには、かくの如き被告人の個人的事情にのみ捉わるべきものではなく、広く眼を注いで、犯行に対する社会的公共的の立場、被害者の立場をも十分に考慮に入れねばならない。殊に放火罪は検察官所論の如く公共危険罪の雄なるものであり、古来洋の東西を問わず厳罰を以つて臨まれて居る罪質極めて重きものであり、特に日本家屋の如き構造の下に於てはその結果の危険なることの著大なるものがあり、又巨大な被害をもたらした事例も幾多存するところである。本件家屋も亦木造家屋であつて、附近の家屋も同様であり、殊に家屋密集せる市街地に存したものであるから、外部的条件如何によつては大火となる虞が十分にあり、公共危険の大なるものがあつたこと明かである。本件放火による被害は、橋本染子はその家屋の天井等八坪二合五勺を焼かれ、家具調度品を含め約百二十万円の損害を受け、同家芸妓加藤久子は丹精して作つた衣類等を殆ど全部焼かれてしまいしかも右損害は被告人に於て弁償等の処置に出る能力ありとは認められない。その他、本件放火は前記の如く、窃盗後偶発的に起きたものではあるが、窃盗を隠蔽する手段としてなされたものであつて悪質と言うべきである。以上の事実、特に公共危険の大なることに深く思いを致すときは、前記の犯情を十分に考慮に入れても、なお執行猶予を付するは量刑軽きに失するものと言わねばならない。従つて執行猶予を言渡した原判決は不当であつて破棄を免れない。論旨は理由がある。
依つて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条により原判決を破棄し、当裁判所は直ちに判決することができるものと認めるので同法第四百条但書により更に判決する。
当裁判所の認める事実及び証拠の〓目は原判決記載の通りであるから之を引用する。
法律に照すと、被告人の判示所為中窃盗の点は刑法第二百三十五条に、放火の点は同法第百八条に該当するところ、放火罪については有期懲役刑を選択し被告人は心神耗弱者であるから同法第三十九条第二項第六十八条第三号により右各罪の刑に法定の減軽をなし、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条に従い、重い放火罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内に於て被告人を懲役二年六月に処し、原審並びに当審に於ける訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し全部被告人に負担させることとし、主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 伊藤淳吉 裁判官 梶村謙吾)