名古屋高等裁判所 昭和31年(く)20号 決定 1957年1月22日
本籍並びに住居 名古屋市○区○町○丁目○○番地
少年 高校生 黒沢豊作(仮名) 昭和十五年六月十六日生
抗告人 父、母及び附添人
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の理由は抗告申立書記載の通りであるから、右記載を茲に引用する。
右申立理由一、法令違反の点について、
抗告人は少年法第十七条第一項第二号の観護措置は同一少年に対し如何なる場合においても四週間を超える期間少年鑑別所に収容することができないのに拘らず、原審が強姦未遂保護事件につき観護措置をとりその後之を取消しながら、更に暴行保護事件につき観護措置をとり、少年を六週間以上収容したのは少年法第十七条第三項の解釈を誤つた違法があると主張するものである。然しながら観護措置は少年を審判する為少年の身柄を保全して観察すること即ち少年を外部からの刺戟と影響とをなるべく受けない状態において、要保護性をありのままに観察把握することを目的とするものであり、家庭裁判所は少年の調査審判を行う必要があるときは、いつでも観護措置をとることができるが、人権保障の趣旨から同一少年が同時に数ヶの事件又は非行事実につき送致されたとき、各事件又は非行事実毎に観護措置をとることはできないし、又かかる場合当該少年に対し少年法第十七条第一項第二号の観護措置をとつたとき、又は或る事件が送致された後その余罪が送致された場合、家庭裁判所が之を併合して当該少年に対し観護措置をとつたときは、当該少年を四週間を超える期間少年鑑別所に収容することのできないことは少年法第十七条第三項第六項の規定により明らかであるが、同条は同一少年に対し或る事件につき一旦観護措置をとつた後、他の事件が送致されたときは、当該事件について常に観護措置をとることができない旨規定したものと解することはできない。蓋し前述の如く観護措置は少年を審判する為外部からの影響を受けないありのままの状態において観察するものであるから、観察の対象は少年の個性及び環境の調査におかれ、非行事実そのものではないが、非行事実を除外して少年を観察することはできないから、少年の観察には非行事実も当然その対象となすべきであり、又若し抗告人主張の如き場合にも同法第十七条の規定の制限を受けるとすれば、同一少年に対し或る事件につき同条第一項第二号の観護措置をとつて少年を少年鑑別所に収容し、同条所定の期間が将に経過せんとするとき、他の事件の送致があつたとき新に観護措置をとり得ないこととなり、その不当なことは論をまたないところである。
さて本件について之を見るに、記録を調査すれば原裁判所は昭和三十一年八月二十四日検察官より送致された昭和三一年(少)第一、八七六号強姦未遂保護事件により同日少年に対し少年法第十七条第一項第二号の観護措置をとり(同年九月四日更新決定)、九月二十日右観護措置を取消したけれども、同年八月二十八日検察官より送致された昭和三一年(少)第一、九二〇号暴行保護事件により九月二十日少年に対し再び観護措置をとり(同月二十六日更新決定)、右暴行事件に強姦未遂事件を併合して審理したことを認め得るから、前説明により原裁判所が少年を四週間を超える期間収容したとしても、適法であることは明らかであつて、抗告人の主張は理由がない。
同二、事実誤認の点について、
本件記録によれば原決定一の強姦致傷の事実は優に之を認定することができる。即ち少年は強姦並びに処女膜裂傷の事実を否認しているが、証人K子の供述、同人の司法警察員に対する供述調書、医師内田利江作成の診断書及び鑑定人古田莞爾作成の鑑定書によれば、被害者K子は処女であつたところ、少年が暴力を以て被害者の抵抗を抑圧して姦淫の目的を達し、その際被害者の処女膜に裂傷を負わしめたことを認めることができ、記録を調査しても之が認定を覆すべき適切な証拠がないから、原決定に事実誤認がない。従つて抗告人の主張は理由がない。
同三、情状の点について、
記録を調査し、本件非行の態様、少年の素行、性質その他諸般の事情を考察すれば、所論に鑑みるも、少年を一定期間少年院において保護教育するを相当と認めるから原決定に所論のような不当はなく抗告人の主張は理由がない。
よつて少年法第三十三条第一項により本件抗告を棄却することとし主文の通り決定する。
(裁判長判事 吉村国作 判事 柳沢節夫 判事 中浜辰男)
別紙一(原審の保護処分決定)
少年 黒沢豊作(仮名) 昭和一五年六月一六日生 職業 高校生
本籍並びに住居 名古屋市○区○町○○番地
主文
少年を中等少年院に送致する。
理由
少年は、中学校在学中より行状芳しからず、昭和三〇年一月八日窃盗を犯し同年三月一九日当裁判所で審判不開始処分を受けたが、素行を修めず、翌四月一六日再び窃盗を犯し同庁で同年七月一一日再度審判不開始処分を受けたものであるところ、
一、昭和三一年八月一日夜名古屋市○区○○○○○市場附近の空地で催された盆踊を見物中K子(一五才)を認めたが、同女が帰途についたのでこれを追い同区○○○三丁目の某飲食店附近で、先廻りして同女の進路を妨げたH、Dと一緒になり、少年において強いてその自転車に同女を乗せ、H等を促して同市○○区○○町○○地内の○○川堤防に至り、同女と話し合ううち、同女を姦淫しようと考え、ここに少年はH、Dと共謀の上、同所でHにおいてKに抱きつき、その手の自由を奪い、少年において同女の足を引張つて倒し、少年等三名においてKの肩や頭を押えつける等の暴行を加え、強いて同女を姦淫したが上記犯行により同女に処女膜裂傷及び全治約三日間を要する左前膊擦過傷を負わせ、
二、同年七月一九日頃名古屋市○区○○町○○中学校校庭で映画観覧中、Mから呼出を受けたことに憤激し、手拳で同人の顔面を殴打して暴行を加えたものである。
判示一の所為は刑法第一八一条第一七七条前段第六〇条に、同二の所為は同法第二〇八条に各該当するところ、少年の人格(特に高度の虞犯性)、犯罪の動機、犯情及び犯罪後の情状等に鑑み、少年の健全な育成を期するためには少年を少年院に収容して矯正教育を施す必要があると認め、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項を適用して主文のとおり決定する。
(昭和三一年一〇月三日名古屋家庭裁判所裁判官 櫛淵理)
別紙二
意見書
名古屋高等裁判所御中
当裁判所は、昭和三一年一〇月三日少年黒沢豊作に対し中等少年院送致決定を言い渡したところ同月一六日少年の保護者等から抗告の申立があつたので次のとおり意見を述べる。
意 見
本件抗告は棄却せらるべきである。
理由
一、犯罪事実及び犯情
少年は本件強姦致傷の点につき終始全面的に否認しているが、一件記録を精査すれば強姦の既遂はもとより、同犯行により、K子の左前膊部に擦過傷及び処女膜裂傷を与えたことが容易に認められ、その犯情の兇暴悪質なることは証拠物をも考察するとき亦明かである。抗告申立人は処女膜裂傷の認定を事実誤認と称し、諸種の証拠を列挙しているので考えてみよう。
(イ) 内田医師の診断書記載や同人に対する証人尋問調書中の一部記載を引用しているが、これは局視的考察で全体の趣旨を理解していない。小官の尋問に対し内田医師は医師の面目をかけて供述していたが、小官には同医師が法医学的智識に欠けていると解せられたので鋭く焦点を処女膜に絞つて尋問するや、同人は供述に窮し、遂に処女膜については全く充分な観察をしなかつたと認めていること同医師に対する証人尋問調書後半記載のとおりである。
(ロ) 石川医師の鑑定書については、小官がK子の処女膜の現状の鑑定を命じた際併せて本件強姦行為と処女膜に認めらるべき故障との因果関係についても鑑定されるか否か確かめたところ、法医学は専攻でないので自信がないと固辞されたのを、念のため強いてこれをも鑑定されるよう命じたもので、その鑑定書中処女膜裂傷と本件犯行との因果関係に関する部分の記載は殆んど価値なきものと認めて差支えない。
(ハ) K子が黒沢豊作にその陰部を挿入された際及び内田医師に膣鏡を挿入された際の各疼痛についてはK子に対する証人尋問調書二通記載のとおりで極めて明瞭である。
(ニ) 古田教授は多年の研究により鋭い観察をしておられる。しかも強姦行為と処女膜裂傷との関係、その際の処女膜の状況について詳細な報告があり、本件犯行とK子の処女膜裂傷との間に殆んど因果関係を認めているのである。鑑定書の記載はやや表現が弱いが、同教授が審判廷外で小官に報告されたのは殆んどこれを断定されたのである。この点貴庁において疑念をもたれるならば同教授を尋問されると更に明瞭になると思料する。
抗告申立人が本件は和姦であるかの如き抗弁を出しているのは記録を精査しない嗤らうべき主張である。
二、要保護性
少年が高度の虞犯性を有し、遵法精神に欠如していることは判示のとおり同人の犯歴や、昭和三〇年六月二日付○○中学校長作成の学校照会の回答書の記載、調査官の調査結果、杉田稔作成の鑑別結果通知書中少年の性格に関する所見の記載、第三回審判調書中参考人教師Oの供述記載より窺われ、少年の人格の根本的改造は喫緊の要事である。
三、法令違反の申立について
抗告申立人は少年法第一七条第一項第二号の観護措置は同一少年について最大限二八日間しか執れないと主張する。かかる説を採る論者もある(ポケット註釈全書少年法四二頁(ハ)の内藤文質氏執筆部分)けれども、観護措置は本来的に身柄保全のための処分で、少年自身を拘束することは云うまでもないが、その基礎はあくまで非行事実――虞犯事件については犯罪等の“虞”――であつて刑事訴訟法の勾留の基礎が被疑事実であるのと何ら異るところはない。
されば黒沢豊作について昭和三一年少第一、八七六号事件を身柄付で送致を受け観護措置を執つた後、犯罪事実を否認するにつき証人等を調べ、同年少第一、九二〇号の新件についても少年は送致事実全部を認めないので証拠湮滅を防止するため後者の犯罪事実につき身柄を拘束したのである。これを違法と非難するのは抗告申立人独自の見解に立つもので採用の限りでない。
小官はこの点につき昭和三一年五月七日東京都文京区向丘彌生町の東京大学教授団藤重光氏宅で同氏と討論の末見解の一致をみたもので、前記ポケット少年法一六九頁(七)以下の森田宗一氏執筆の部分及び第一五回南関東地方少年係裁判官協議会の結論(家庭裁判月報第七巻第二号二四〇頁協議題二参照)も小官と見解を同じくする。
なお、小官は本件に共犯少年H、Dに対する各強姦未遂等保護事件を併合して審理したのでこの点が問題となるであろうから一言触れよう。最高裁判所家庭局は少年保護事件は個別審理を原則とするから共犯少年の併合審判はできないとの説を採つている(昭和三一年九月二四日付名古屋家庭裁判所長の前記家庭局長への質疑に対する同局第三課長の回答)。少年保護事件の個別主義は少年法の立法の精神であろう。しかし少年法の個別主義は、少年一人を包括して一件として独立に処理し、当該事件の個性に着目して個々の少年に対し、その犯罪的危険性に応じた措置を採るべきことを指称するものであつてそのことから共犯事件の犯罪事実の確定の方法まで個別化すべきであるのはあまりにも論理の飛躍があると思われる。
小官はこの点につき積極に解する。けだし、少年法上保護事件の併合審理を禁ずる規定がないばかりでなく、共犯事件の併合審理は実体的真実発見のための裁判上の要請で刑事訴訟法第三一三条の準用は当然だからである。少年法第四九条に少年刑事々件の分離取扱に関する規定があるが、これが訓示規定に過ぎないことは論議の余地がない(最高裁判所昭和二四年五月二一日判例、東京高等裁判所同二七年一二月一日判例)。少年保護事件と雖も裁判であり、裁判が事実の確定なしには不可能であること論を俟たない。特に共犯者多数の事件で、捜査官に対する各少年の供述が区々たる場合には勿論、そうでなくても審判廷では相反する供述をなす場合もあるし、共犯者相互間の供述以外に補強証拠のない場合もあるので、併合審理しないと事実認定の資料が不充分となる。二八日間の観護期間近くに調査官の調査が終了し裁判官の手許に記録が届く場合特にその困難は甚だしい。個別審理を強いられるならばA少年の審判調書を作成した後にこれをB少年の審理に証拠として顕出しないと事実認定のできぬこと少からず、否認事件で共通の証人がありながらA少年につき証人尋問し、B少年にも別に証人尋問するのは広義の訴訟経済に反するのみならず、A少年についての証人尋問調書をB少年の審理に証拠として調べただけではB少年の反対尋問権は保障されないであろう。個別審理の立前を厳格にとつてB少年をA少年の証人として審判廷で尋問することは、実質上何らAB両少年の共同審理と異るところはないのである。
結局共犯者多数の保護事件を併合審理することは法理上充分認容できるのみならず、これを消極に解するときは裁判上多大の支障を生ずる。ABC……少年の共同正犯の事件中一部少年を某裁判官が裁判した後、残りの少年についての事実認定につき前者のそれと異る裁判がなされることは小官の屡々経験するところで、そのよつて来るところは証拠調の差異にあるのである。
少年保護事件の個別審理は、諸種の観点から好ましいことであろう。しかしそれは決して鉄則ではないと解するのである。この点未だ判例がないので是非共御判示願いたい。
四、被害者の感情等
被害者及びその母は本件犯行に対し甚だ強硬な意見であること一件記録に徴し明白であつて、頑強に慰籍料の受領を拒否していたが、被害者の義兄Sを通じ小官が種々説明し、当然受領すべきであることを諭したのでこれを受領したものである。しかし、被害者等がこれで満足はしないであろう。而して最近青少年にこの種犯罪を平然として犯しながら恬然としているもの多き現状に鑑み、単に少年に対し憐憫の情のみをもつて臨むべきでない。事案の客観面に重きを置き過ぎて徒らに形式上寛大な処分に付することは少年をして法の軽きに狎れしめて再犯に走らせ、少年の人格を一層下劣にし、矯正教育をより困難ならしめる。須らく少年の人格を見究め、より高き刑事政策的見地より少年に対し、裁判を下すべきである。これが正義を実現する裁判官の使命であると考える。
以上の理由により本件抗告は理由なく失当であるからこれを棄却せらるべきであると信ずる。
(昭和三一年一〇月一六日名古屋家庭裁判所裁判官 櫛淵理)