名古屋高等裁判所 昭和32年(う)97号・昭32年(う)96号 判決
被告人稲垣の検察官に対する供述調書(昭和三十一年三月一二日付)、被告人市川の検察官に対する供述調書(同月一二日付)によると、被告人市川は野々山浴槽店での収入が一月一万三千円位であり、家庭には妻と子一人をかかえ、その上パチンコその他の遊興費も相当額に上つたため、生活が極めて困難であるところから、他に有利な職業を見付けて変ろうと考え、昭和三一年二月初め頃工場よりの帰途被告人稲垣に対し野々山方をやめて、仙台の方にでも行つて、前にやつていたどぶ屋でもやりたいが、どうせ店をやめるなら支店の銅板を持ち出してやろうかと誘つたので、被告人稲垣も本店の寄宿舎に住み込んでいて自由のきかないところから他に出たいと思つていた折柄、単純に之に賛成し、その際、勤務先の桜山支店より銅板を持ち出し之を売却して資金を作ろうと言うことになつたが、右支店には川口寅松が留守番として寝泊りして居て、同人に知られずに盗み出すことはできないし、自分等のやつたことも判つてしまうから、工場にある道具を使つて寅松を殺して銅板を持ち出すより仕方があるまいと話し合つた。尤も、犯行の日時方法等についてそれ以上具体的に話し合つた訳ではないが昭和三一年二月初頃既に被告人両名間に野々山浴槽株式会社桜山支店の留守番川口寅松を殺害して銅板を強取しようと言う謀議のなされたことを認めることができる
而して更に、前記供述調書及び原審公判調書中被告人稲垣の供述部分、原審公判調書中証人富田正雄、同宮脇一雄、同寺野福一、同高橋彦一、同野口福太郎の供述部分によると、被告人市川は前記謀議のあつた後、知人の自動車運転手寺野福一に対し桜山支店より銅板を運搬することを依頼し、その後の夜被告人両名は寺野の運転するオート三輪車に同乗して、桜山支店に行つたが、予期に反し、川口寅松のみならずその妻川口たみも居たので、犯行を決行することを躊躇し、之を他日に譲つてそのまま引き上げた。かかる中同年二月中旬頃被告人市川は知合のパチンコの景品買をしている富田正雄よりその仲介で拳銃を買わないかと持ちかけられたので、拳銃を使つて人を脅かして金品を強取しようと考え、之を被告人稲垣に話した。同被告人も之に賛成したので、両者で何とかその売買代金四万円を工面しようと話し合い、被告人市川は早速右富田に買い入れるべき旨を伝え、同月二十七日に代金を支払うべきことを約束し、同月二十六日被告人市川は野々山浴槽株式会社の社長野々山進に対し妻が病気で入院したからと嘘を言つて、金一万円の俸給の前借をなし、同月二十七日の夜同被告人に於て富田に会い内金一万円を渡したが、富田は「代金を全部支払つたら弾丸二百発と弾倉を渡す」と言つて、拳銃だけを受け渡しして、残金は翌晩支払うことを約束した。それで、翌二十八日は被告人両名共工場を休み、残金調達に奔走したが、被告人市川は知人から金二千円借り受け、被告人稲垣は自己の背広やオーバー等を入質して金六千五百円を作り内金五千円を被告人市川に渡した。それから共に富田に会うべく、中村区水主町の食堂に行き、被告人稲垣は外で待ち、被告人市川のみ中に入つて富田に会い、同日工面した金七千円を差し出し、残金全部できなかつたことを告げたところ、富田やその仲間の宮脇一雄等は「馬鹿にしている」「こんな半端な金では駄目だ。残金全部持つて来い」と言つて怒つて、その金を突き返したので、被告人市川は更に明日迄に残金を都合して持参する旨約束して、右食堂を出て、夫々家へ帰つた。翌二十九日も被告人両名は知人等を尋ね廻つて金の工面に奔走したができず、同日午後七時頃共に前記水主町の食堂で富田、宮脇等に会い、被告人市川より残金の工面のできなかつたことを伝えたところ、富田等は最早拳銃の売買を打ち切ると言つたので、被告人市川は「ピストルに弾丸を詰めて射てるようにしてくれるならば残金三万円を持つて来る」と言つたが、富田等は「自分等もついて行くのでなければ渡せない」と言つて応じないので、被告人市川は「そんなに言うなら俺も男だ。九時迄に三万円こしらえて持つて来る」と言つて、同日八時頃右食堂を共に出た。そして被告人両名は金山橋電停附近迄来たところで、残金の工面を話し合つたが、今や通常の方法で金を借りる見込も全くないので、遂に共謀して即時川口寅松を工場内の道具で毆打殺害して銅板を強取せんことを決意し、先ず予め銅板の売却先を決め売買の交渉をしておくべく、両名して屑屋を探し廻り、最後に熱田区野立町の屑鉄商高橋彦一方を尋ね当て、被告人市川が中に入つて、高橋に銅板を売る話を決め、同人方に居合わせた自動車運転手野口福太郎の乗用車にて運搬することを話し合い、直ちに被告人両名は高橋と共に之に同乗して、桜山支店の近くまで行つて停車させ、高橋をそこに待たせておいて、同日午後十時頃被告人両名は桜山支店に行き、先ず、被告人稲垣は表出入口の戸を叩いて川口寅松を起して表戸を開けさせ、同被告人は車中にて被告人市川より教えられた通り「オートバイの運転免許証を忘れたから工場の錠を開けてくれ」と嘘を言つて、寅松に工場の錠を開けさせたが、中庭の用水槽の横に寅松の妻川口たみが居たので、寅松一人の心算であつたところ妻もいたのでどうしようかと工場の中を歩きながら考え、更に被告人市川の立つている母屋の方へ行き、同被告人と意思相通じて、たみをも寅松と共に殺してしまおうと決意し、工場内のバイス台の上にあつたハンマーを手に取り、工場の入口から中庭の方へ一、二歩歩み出たたみの背後からその頭を強打し、次いで寅松をも強打し、又被告人市川も被告人稲垣に続いて屋内に入り、宿直室の前まで来るとたみの居ることを発見し、寅松一人と思つて来たが、二人で具合が悪いと思つたものの、ここまで来たことだからと思い、被告人稲垣と意思相通じたみをも共に殺してしまおうと決意し、かかる中被告人稲垣が右の如く、たみをハンマーで強打したことを認めることができる。
なお、当審における証人野々山進の供述、司法警察員作成の検証調書並びに当審における検証調書によれば、被害者川口寅松は昭和二十五年頃より野々山浴槽株式会社に留守番として雇われ、その妻たみと共に桜山支店の宿直室に寝泊りしていた者で、その性格は至極実直であり社長の信賴も篤く、同人を懐柔して銅板を盗み出すが如きことは到底期待できないところであり、しかも右桜山支店の状況は前面西方において道路に面して母屋一棟(その内部に店舗、宿直室、勝手場あり)があり、その裏に中庭を隔てて工場一棟があつて、そこに銅板が置いてあるところ、右母屋及び工場の北、東、南の三方は人家、板塀等にて囲まれていて、右三方からは出入することができず、工場内にある銅板を外へ持ち出すためには母屋を通つて西方の道路に出るの外なく、その上母屋を通過するためには川口の寝泊りしている部屋の直ぐ横の六尺の通路を通らねばならない状況にあることを認めることができる
以上の事実によつてみれば、被告人両名は昭和三一年二月始め頃野々山浴槽店をやめて他所に行き有利な商売を始めんとし、その資金を獲得するために、桜山支店の留守番川口寅松を殺害して銅板を強取しようと話し合つたが、その計画を実行しない中に、被告人市川に於て拳銃の入手方の手蔓を掴んだので、被告人稲垣と相談し、之を買い入れ、右拳銃を使用して金品を強取せんとし、被告人両名に於てその買入代金の工面に連日奔走したが、その買入代金四万円の一部分を工面し得たに止まり、之で拳銃のみの引渡を受けたが、残金三万円を全部支払わなければ弾丸、弾倉を渡してくれず、再々残金支払の延期を懇願したが、同月二十九日午後七時頃には売先より最早残代金を支払わなければ拳銃の売買を取り止める旨言われたので、被告人市川は数時間内に残金を工面して支払うべきことを断言するに及び、茲に今や拳銃の入手方を断念するか、残代金を即時工面して支払うかの切羽詰つた状態に陥つた。然し拳銃はどうしても手に入れたいし、さりとて普通の方法では金を工面する見込もないので、遂に同日八時頃被告人両名間に即時野々山浴槽店の桜山支店より留守番川口寅松を殺害して銅板を強取しようと言う謀議が成立し、被告人両名は同日午後十時頃同支店に行き屋内に入つたところ、寅松のみならずその妻たみも居たので茲に意思相通じて同女をも殺害して所期の目的を遂げんことを決意し、本件犯行の実行行為を敢行するに至つたものと認定すべきものである
従つて、原審が川口寅松に対する殺害及び銅板強取の共謀の事実を両被告人が屋内に入つた後、偶発的に発生したものの如く認定したのは、事実誤認と言うの外はない
(ロ) 被告人市川も被告人稲垣と同様、被害者をハンマーで殴打する行為をなしたか否やの点につき
被告人市川は、警察、検察庁及び原審公判廷を通じ一貫して被害者をハンマーで毆打したことを否認し、被告人稲垣は又警察、検察庁、原審公判廷を通じ一貫して、被告人市川も亦川口寅松をハンマーで毆打し、なお自分は川口たみの顔面は毆打していないと供述している。被告人稲垣の供述するところによるその時の状況の詳細は、「自分は川口たみが工場の入口から中庭の方へ一、二歩出たところを背後からハンマーでその頭部を強打し、続いて三、四回毆つたところその場に下向きに倒れてしまつた。その時市川が寅松の後から手で首を締め勝手場の中に引張り込み、早く来てくれ、と叫んだので、自分は勝手場へ行つたところ、市川は寅松を押えて居り、寅松は市川の腕で首を押えられ、寅松の顔が上向いていたので、自分はその顔をハンマーで二、三回叩き、寅松が両手で顔を隠したので今度はその下腹や股の辺及び左足首をハンマーで毆り付け、更に同人が蹲るや頭や背中を三、四回毆つておいて勝手場を出たところ、たみが葡つていたので頭を三、四回ハンマーで叩いた後、ハンマーをその側に捨てて、それから銅板を運びにかかり、二回位運んだ時、勝手場の中から市川が呼んだので、中に入つてみると、寅松は前の格好のまま倒れていたが、その北東側にたみがうつ伏せになつて倒れて居り、その頭の辺に市川が居て肩か首の辺を押え付けて居て、一人で手に負えんからたみの首を締めてくれ、と言つたので、自分は両手でその首を締めると、市川は押えていたたみを離して、寅松の横に行き、その頭の辺を数回叩き付けた。市川が何で叩いたか見なかつたが、その音からハンマーを使つていると思つた。自分がたみの首から手を離して銅板を運ぶために戻つた時にも未だ市川は寅松を叩いていた。」と言うのであり、なお、被告人稲垣は「自分がたみをハンマーで叩いたのは、最初に一つ叩き、続けて二、三回頭を叩いてたみが倒れた時と寅松を叩いてから戻つてうつ伏せに倒れていたたみの頭の辺を数回叩いたときの二回だけであり、それ以外はない。たみの顔に叩いた跡があり、背中の骨も折れていると聞いたが。その中背中は戻つて倒れているたみの頭を叩いた時に背中を叩いた様にも思うので自分が叩いたために出来たのかも知れないが、顔は絶体に叩いたことはない」又「高橋彦一の家迄行く車の中で市川は川口夫妻を十二宛てハンマーで叩いておいたから生き返る様なことはないと言つていたし、車に乗る時オーバーの裾や両腕、手袋等に血の付いているのが見えたので、市川は後で両人を叩いていると思う」と供述している
そこで、被告人稲垣の供述の信憑性について考えてみるに、医師古田莞爾作成に係る被害者両名に対する鑑定書には川口たみの死体には、頭部に挫裂創が八個所、顔面に挫裂創又は打撲傷が六個所、背部、腕部等に皮下又は筋肉内出血、表皮剥奪等の創傷が数個所存在し、川口寅松の死体には頭部に挫裂傷が二個所、顔面に挫裂創が三個所、背部に皮下組織内及び筋肉内出血が一個所、左右両上肢に皮下組織内凝血等の創傷が三個所存在し、以上の創傷は何れも硬固な鈍体にて打撲せられたものであることが認められる旨の記載がある。此の鑑定書による被害者両名の創傷の部位を見れば、被告人稲垣が毆打したと供述する個所には大体に於てその創傷の跡があり、此の点につき同被告人の供述と鑑定書の記載内容とは概ね一致する。唯、右鑑定書に於てたみの顔面に存する創傷について被告人稲垣は自己が加えたものであることを否認し、被告人市川も寅松の頭部を毆打したものであると供述し、被告人市川は全て自己がなしたことを否認する訳である。今、被告人稲垣の警察以来原審公判廷までの供述内容を調べてみると、細部に於て多少の相違はあるが、基本的な点に於ては全く終始一貫し、毆打の部位回数においても殆ど変るところはない(尤も当審に於ては、自己の毆打したことを全く否認するに至つたが、此の点については後に論及する)。被告人稲垣としては右の如く、被害者両名の身体の致命的部分を夫々数回に亘り毆打したことを自認した以上は、今更僅か一少部分の回数、部位についてその毆打を否認してみたところで自己の刑責にさしたる影響を及ぼすものではないから、殊更に右一少部分の毆打を秘匿するものとは通常考えられないし、又被告人稲垣は日頃被告人市川を全く信賴し兄事しているものであるから、故意に同被告人を陥れるため嘘偽の供述をしたものとも思えないし、なお被告人稲垣の供述について外部から強制等を加えられた形跡もなく、同被告人の性格が単純生一本であることに徴すれば、被告人稲垣の供述は信用に価するものと言わねばならない。之に反し、被告人市川は、その供述調書を通覧するに、被害者を毆打したことは終始否認しているが、他の部分について供述内容必ずしも一貫せず、殊に質問者の問によりその供述を変化させる形跡もあり、他の十分に信用に価する証拠に照して、到底信用することのできない供述部分をも含んで居り、その性格も嘘言多く狡猾であり、しかも本件犯行の計画、事前事後の処置は殆んど被告人市川がなし、犯行の主動的地位になりながら、終始自己の責任を回避し、ひたすら之を被告人稲垣に転嫁せんとする傾きの強く現れているところからみれば、被告人市川の供述はその信用度低いものと言わねばならない
以上の理由によつて、被害者両名に対する被告人両名の毆打の行為について、被告人稲垣の供述を信用し、之に古田莞爾作成の鑑定書の裏付けを伴い、被告人市川は本件犯行現場に於て川口寅松及びたみを勝手場の中に引き込み、両名の身体を押えていた行為をしたのみに止まらず、川口寅松の頭部及びたみの顔面をハンマーで毆打した行為をなしたことを認定すべきものである。従つて、之を認定しなかつた原判決は誤りであると言わねばならない
(二) 被告人稲垣及びその弁護人甲の事実誤認の論旨について
その要旨は、被告人稲垣は被害者川口夫妻をハンマーで毆打したことは全くないから原判決の事実認定には誤りがあると言うにある
被告人稲垣は警察、検察庁、原審公判廷を通じ、被告人市川と共謀の上、川口夫妻を殺害して銅板を強取せんとし、右両名をハンマーで毆打した旨供述しているものであり、その供述は十分に信用することができ、又その事実は他の諸証拠に照しても誤りないところであることは前記の通りである。ところが、被告人稲垣は当審に於て被害者両名を毆打したことを全く否認するに至つた。之を考えてみるに、本件犯行の全般を概観すれば、被告人市川は本件犯行の計画、犯行の事前事後の処置に於て全く主動的地位にあり、被告人稲垣はさした理由もなく被告人市川の計画に賛同し、附随して行動したものであり、唯犯行の現場に於て殺害の実行行為をなしたのは主として被告人稲垣である関係にある。然るに、被告人市川が犯行現場における実行行為に加功したことを頑強に否認し、原審に於て之をた易くそのまま認定されて、酌量減軽の上軽い刑を受け之に反し被告人稲垣は自己の行為を事実の通り供述し、却て被告人市川より重い刑を受けるに至つた。被告人稲垣としては、かくの如きことを目前に見ては、自己の犯罪の実行行為を否認するの挙に出ることは尤もなところであるが、本件犯罪の実行行為の状況は前記認定の通りであつて、被告人稲垣の何等実行行為に加功していない旨の論旨は到底採用することができない
(三) 被告人市川及びその弁護人乙の事実誤認の論旨について
その要旨は、被告人市川は本件強盗殺人を共謀した事実なく、川口夫妻を毆打したことも、同人等を勝手場の中へ引き込んだことも、又銅板を持ち出した事実もないと言うにある
然しながら被告人両名間に川口夫妻を殺害して銅板を強取せんとする共謀関係が成立し、被告人市川はその実行行為に於ても川口夫妻を勝手場の中へ引張り込んだのみならず、ハンマーで殴打したものであることは前記認定の通りであるから、本論旨は理由がない
以上によつて、被告人両名及びその弁護人両名の事実誤認の論旨は理由がないが、検察官主張の点については原判決に事実の誤認があり、その結果判決に影響を及ぼすものであると認めるから刑事訴訟法第三九七条、第三八二条に則り、原判決を破棄すべきものとし、同法第四〇〇条但書により、次の通り判決する
(一) 罪となるべき事実
被告人両名は昭和三十年六月頃迄名古屋市中区葉場町所在株式会社銅豊製作所に鈑金工又は熔接工として働いていて、互に親しい間柄であつたが、同年七月頃先ず被告人稲垣が同所をやめて、同市瑞穂区瑞穂通一丁目三十六番地の野々山浴槽株式会社桜山支店に変り、次いで間もなく同年八月頃被告人市川も同支店に変り、同被告人は同店の鈑金工十数名の責任者として、被告人稲垣は熔接工として共に働き、以前にも増して親しく交際していた。ところで、被告人市川は右支店での収入は月凡そ一万三千円位であつたが、家庭には妻と子一人をかかえ、その上パチンコその他の遊興費も相当額に上つたため、その生活は極めて困難であつたので、同店をやめ、何か有利な職業を始めようと考えるに至り、昭和三十一年二月初め頃被告人稲垣に対し野々山方をやめて仙台の方にでも行つて前にやつていたどぶ屋をやりたいがどうせ店をやめるなら支店の銅板を持ち出してやろうかと誘つた。被告人稲垣も当時本店の寄宿舎に住み込んでいて、自由がきかないので他に出たいと思つていたので、被告人市川の勧めに単純に賛成し、そこで金を作る方法として、右桜山支店の留守番川口寅松を殺害して、同店より銅板を持ち出すことを話し合つた。そして、その後被告人市川は知合の自動車運転手寺野福一に対し、右桜山支店より銅板を運搬することを依賴し、その後の夜被告人両名は寺野の運転する自動三輪車に同乗して桜山支店に行つたが予期に反し、川口寅松のみならず、その妻の川口たみも居たので、犯行を決行することを躊躇し、之を他日に譲つてそのまま引き上げた。その後、同月中旬頃偶々被告人市川は知合のパチンコ景品買の富田正雄から同人の仲介で拳銃を買わないかと持ちかけられたので、之を使用して人を脅かせば、容易に金品を取ることができると考え、此の話を被告人稲垣に伝えたところ同被告人も賛成したので、両名でその代金四万円を工面して拳銃を買い入れることにし、被告人市川は早速富田に買う旨返事し、被告人市川は野々山浴槽株式会社社長野々山進に対し自己の妻が病気で入院したからと虚言を言つて、給料の前借名義の下に金一万円を借り受け、同月二十七日夜同被告人に於て富田に会い、右一万円を内金として渡したが、富田は代金全部を支払つたら弾丸二百発と弾倉を渡すと言つて、拳銃だけしか渡してくれなかつた。そこで翌二十八日被告人両名は残金三万円の調達に奔走したが、被告人市川に於て知人から金二千円を借り受け、被告人稲垣に於て自己の背広オーバー等を入質して金六千五百円を作ることができただけであつた。そして被告人市川は富田に対し当日工面した金七千円を差し出し、残金全額できなかつたことを告げたところ、富田やその仲間の宮脇一雄等から半端な金では駄目だ。残金全部持つて来いと言つて怒られ右金員を突き返され、勿論弾丸や弾倉は渡してくれなかつたので、翌日残金を全部持参することを約束し、翌二十九日も更に被告人両名は知人等を歴訪して金の工面に奔走したが、遂にできなかつたので、同日午後七時頃共に富田、宮脇等に会い、被告人市川に於て残金の工面がどうしてもできなかつたことを告げたところ、富田等より最早拳銃の売買を取り止めにすると言われたので、被告人市川は九時迄に三万円持つて来ることを約束するに至つたが今や通常の方法では金を工面する見込は全くなく、さりとて拳銃はどうしても手に入れたかつたので、茲に被告人両名は共謀して、即刻右桜山支店の留守番川口寅松を同支店の工場にある道具を使つて殺害して銅板を強取し、之を売却して拳銃買入代金に当てんことを決意するに至り、先ず、予め銅板の売込先を探して古鉄屋を数か所尋ね廻つた末、同市熱田区野立町金属回収業高橋彦一方を尋ね当て、被告人市川に於て高橋と交渉し銅板買取りの話を付けた上、被告人両名は同人方に居合わせた自動車運転手野口福太郎の乗用車に高橋と共に同乗して、右桜山支店附近まで行き、そこに右車を待たせ、被告人両名のみ同日午後十時頃右支店に到り、被告人稲垣に於て表出入口の戸を叩いて川口寅松を呼び起し、表戸を開けさせ、共に屋内に入り、被告人稲垣は寅松に対し車中にて被告人市川に教えられた通り「自動車の運転免許証を忘れたから工場の錠を開けてくれ」と嘘言を言つて、工場の入口の錠を開けさせ中に入つたが、被告人両名が屋内に入つて直ぐ、川口寅松の外にその夜川口たみも居ることを発見したので、暫時どう仕様かと考えたが、遂に互に意思相通じ、たみをも寅松と共に殺害して所期の目的を遂げんことを決意するに至つた。そして、被告人稲垣は工場内のバイス台の上にあつたハンマーを右手に握り、之を以つて両名を殴打して殺害せんとし、その実行の機会を窺つている中、寅松が勝手場の前で被告人市川と立話をし、たみが工場の出入口から中庭の方へ一、二歩歩み出た隙に乗じ、矢庭にたみの背後より右ハンマーを振るつて同女の頭部を一回強打し、同女が前方によろめいたところを、更にその後頭部を三、四回続け様に殴打したので、同女はその場に下向きに倒れた。その時之に応じて、被告人市川は寅松の後から左手で首を締め、右手で腹をかかえて勝手場の中へ引きずり込み、被告人稲垣に対し「早く来てくれ」と言つたので、同被告人は直ちに勝手場に行つたところ、被告人市川は寅松を押えていたので、被告人稲垣は寅松の顔面をハンマーで二、三回叩き更に同人の下腹や股の辺や左足首をハンマーで殴り付け、頭や背中を三、四回殴つた上、勝手場を出たところ、たみが中庭で匍つていたので、頭を三、四回ハンマーで叩いた後、ハンマーをその側に捨てて、今度は銅板を工場内より店の表戸近くまで運びにかかつた。一方、その間被告人市川はたみを勝手場の中へ引きずり込んだ後、被告人稲垣を呼んだので被告人稲垣は勝手場に入り両手でたみの首を締めた。その時被告人市川は右ハンマーで寅松の頭を数回叩き、なおたみの顔面をも右ハンマーで数回殴打した。かくて被告人両名のハンマーによる殴打の結果、川口寅松、たみの両名は何れも脳挫傷のため即時死亡するに至り、被告人両名は殺害の目的を遂げ、前記桜山支店工場内より野々山浴槽株式会社所有の銅板約四十一貫三百匁(見積価格九万九千余円)を持ち出して、用意の自動車に積み込み、之を強取したものである
(二)、量刑の説明
強盗殺人罪については死刑又は無期懲役の二者しか存在しないことは刑法第二四〇条後段の規定に徴し明白であるところ、当裁判所に於て被告人両名に対しその中死刑を選択した理由を以下に説明する。
本件犯行の動機は、被告人市川に於て収入が少いため遊興費も十分でないところから他の有利な職業を始めようと考え、その資金を獲得することを計画し、被告人稲垣においては大した理由もなく之に賛同し、両者共謀して資金獲得の手段として拳銃を入手し之を使用して金品を強取しようとし、その拳銃買入代金に当てるため本件強盗殺人を敢行するに至つたものであり、その動機について酌量すべき点のないこと、殊に被告人市川は本件犯行前同僚に対し死刑廃止論のあること及び皇太子の御結婚による恩赦により重罪を犯しても死刑になることはないという意味の話をしていて法秩序を無視するという思想が本件犯行の動機を形成する一因となつていると認められること、強盗殺人の発意は決して現場に於て偶発的に発生したものでなく、予め周到な計画の下になされたものであること、その殺害の方法は被告人両名がハンマーを振るつて被害者両名の頭部顔面等を乱打したものであり、現場は凄惨目をおゝわしめるものがあり、全く兇悪兇暴の極みと言うの外ないこと、犯行の結果は川口夫妻二人を即死するに至らしめたものであつて、川口夫妻は性実直、主人の信用も篤く、今や人生の晩年に至りひたすら安穏な生活を楽しんでいた善良なる者であり、之を被告人等の手により予期しない非業の死に遭遇させたものであり、殊に被害者両名は被告人等の勤めている会社の留守番であり、被告人等も日頃種々世話になつていたであろうが、かかる間柄の者を殺害するが如きは洵に悪質であり、犯行の結果被害者当人及びその遺族に与えた影響並びに一般社会に与えた影響は重大なものがあること等の事情を勘案すると、本件は同種強盗殺人の中でも犯情極めて重いものであり、兇悪な強盗殺人罪の典型的なものと言うの外なく、被告人両名に対しては重い死刑を選択するを相当と認める。而して、両名に対し死刑を選択するにつき、両者間に格別の逕庭はない。即ち、被告人市川は成程犯行の現場に於て実行行為をなしたことは比較的少なく、主として実行行為を敢行したのは被告人稲垣であるが、被告人市川は被告人稲垣に比し年長であり、会社における地位も上であり、日頃何事によらず被告人稲垣を指導し、被告人稲垣は被告人市川に兄事し万事唯々諾々と同被告人に従つていた関係にあり、本件に於ても現在の職業収人にあきたらず転業を考え、その資金獲得のため強盗殺人を発意したものは被告人市川であり、拳銃の入手を熱望し、その買入のために主として奔走、交渉の衝に当つたのも被告人市川であり、銅板の売先の交渉等犯行前の工作を主としてなし、犯行後においても、銅板売却代金を受取り、之を以つて拳銃代金を支払い、拳銃、弾丸等を受け取り保管していたのも専ら被告人市川であり、同被告人は犯行の現場における行為を除き事前事後の行動について全く主動的地位にあつたものと言うべきであるから、偶々犯行現場における実行行為において加功するところが少いからといつて、本件における刑事責任は、特別に軽減されたものではなく、そのことにより犯情軽しとして無期懲役を選択するには至らない。又被告人稲垣に於ても犯行の事前事後の行動は従属的関係にあつたものと言うべきであるが、かかる兇悪な犯行を敢行することを賛同し、しかも犯行現場における実行行為は主として同被告人のなしたところであり、その方法たるや惨忍の極みと言うの外ないことに思いを至せば、同被告人の刑事責任も被告人市川と同様であり、特に犯行の事前事後の行為に着眼し、軽い無期懲役刑を選択するに至らない。結局被告人両名の刑事責任の量は同一であり、その間に格別の逕庭はなく、量刑上差異を付けるべきものではないのであつて、共に死刑を選択するを相当と認める
(裁判長判事 高橋嘉平 判事 伊藤淳吉 判事 木村直行)