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名古屋高等裁判所 昭和32年(ネ)494号 判決 1958年11月29日

控訴人 被告 津地方法務局長

指定代理人 宇佐美初男 外二名

被控訴人 原告 山口金次郎 外一名

訴訟代理人 志貴三志

主文

本件控訴を棄却する

控訴費用は控訴人の負担とする

事実

控訴人指定代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。控訴人が昭和三十一年十二月六日被控訴人等の申立にかかる津地方法務局富洲原出張所昭和三十一年十月三日受附第三一二〇号競落許可決定による所有権移転登記嘱託事件の異議申立を却下したる決定は之を取消す。との請求はこれを棄却する。被控訴人等のその余の請求は之を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人両名訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の主張は左に附加する以外は原判決摘示事実と同一であるからここにこれを引用する。

(被控訴代理人の主張)

(一)  昭和二十七年八月二十五日津地方裁判所四日市支部受付、同年(ヌ)第七号不動産強制競売事件の競売申立に際し、添付せられたところの津地方法務局富洲原出張所作成昭和二十七年八月十四日附家屋台帳謄本によれば、

1  三重郡川越村大字豊田一九四番

家屋番号 天神町三二番の二

雑種家屋 八三坪五〇

厩、木造かわらぶき平家建 七七坪五〇

厩、木造かわらぶき平家建 六坪

2  三重郡川越村大字豊田一九四番

家屋番号 天神町三二番 住家

居宅木造かわらぶき平家建 一七坪

の各記載がある。(甲第五号証の一、二はその写である。)

斯様に右謄本作成時の昭和二十七年八月十四日当時に既に別個の家屋台帳が各別に存していた以上、その後の昭和二十七年十月二十日に至つて同出張所が、甲第二号証の登記簿の表題部一番に牛舎七一坪五合の登記のあるところへ、建物表示更正名義で別個の住家一七坪を附加して厩七七坪五合、同六坪と登載した同表題部二番の登記は違法かつ無効のものであり、更に同日受付を以て変更名義で右登記簿表題部三番に前記二番の建物中先に附加された住家十七坪のみを移記登載し、他の厩七七坪五合、厩六坪は分割名義で全く別個の登記簿用紙(甲第三号証参照)に登載したのは何れも無効の登記手続である。斯様に甲第二号証の表題部二番、三番の登記、甲第三号証の登記は何れも法律上許すべからざる無効の登記である。

(二)  控訴人は乙第二号証(家屋台帳謄本)を提出援用して昭和二十二年三月二十六日当時、三重郡川越村大字豊田一九四番(地上)に家屋番号三二番の住家一七坪が存在した旨を主張立証せんとしているが、右表示の家屋の登記簿謄本(甲第二号証)をみると、昭和十一年九月二十八日受附で川越村大字豊田三一八番に木造瓦葺平家建牛舎一棟建坪七十一坪五合が登記せられてあつたものが、昭和二十七年十月二十日に至り、初めて川越村大字豊田一九四番家屋番号天神町三二番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十七坪外二棟に更生登記されている経過を窺い得るものである。されば、昭和二十二年三月二十六日当時本件係争家屋か一九四番にある旨の乙第二号証の家屋台帳記載は信用し難く、乙第三号証の家屋台帳の記載も同様信頼し難い。

(控訴人指定代理人の主張)

(一)  被控訴人は甲第二号証の表題部の二番、三番の登記及び甲第三号証の登記は無効であると主張しているが、右は本件の解決には何等関係のないことである。

尚念のために附言するなら、右更正、分類の登記は、適法な更正分割の登記申請がなされたので当該登記官吏が乙第二号証の家屋台帳(昭和十七年一月一日現在を以て家屋台帳が作成されたもの)と照合してその旨の更正登記をし、次いで分割登記をしたもので勿論適法な登記である。

(二)  原判決は実質的審査権のない登記官吏としては二重登記されている不動産に対する権利移転の登記であつてもその登記申請又は嘱託書に形式的瑕疵のない以上、その指定された保存登記の実体上の有効無効を顧慮することなく受理すべしと判示し、その根拠を二重登記された不動産につき新たに権利の得喪変更の登記をしてはならぬ旨の禁止規定がないことに求めているが、右は不動産登記法第四十九条第六号の趣旨を解せず、又、二重登記の招来する公示の混乱を看過した見解で、賛成できない。

そもそも、不動産登記法第四十九条第六号によると、申請書に掲げた登記義務者の表示(氏名住所)が既存の登記簿上の登記義務者の表示と一致せぬ時は単にそれのみの形式的理由で却下されるのであるが、右規定は登記簿上の登記義務者を保護する為めに設けられた手続的規定であり、延いては登記の真正を形式的に保障し、無用の混乱を防止して公示の役割を全からしめる作用を営むものである。

他方、不動産登記法が二重登記となるような申請を却下する理由は一個の不動産につき二つの登記簿が開設せられ、これらに物権変動の結果が登記されることになると収拾のつかぬ混乱を生じ、多数の利害関係人の権利を毀損し、登記の公示作用がくつがへされてしまうからである。それにも拘わらず、本件の場合の如く二重登記が発生することもあり得るのであるが、既にして二重登記の状態の生じた以上は可及的速かに之を阻止して登記本来の目的に適合するよう処置することは登記法の精神に合致することである。

本件の場合、建物につき二重登記を生じたが登記名義人の表示が異なつて居るので、実体上何れの登記が有効かは登記官吏としては審査権外のことであつた。従つて同一建物につき恰も登記義務者が二人存在することになるので、登記義務者を三重郡川越村大字豊田百九十四番生川むめとする本件所有権移転登記の嘱託は職権保存登記した建物の登記名義人とは符合しても更正分割した建物の登記名義人(四日市市大字富田一色五百四番地生川むめ)とは符合しないから、結局、申請書に掲げた登記義務者の表示が登記簿に符合しない場合に準ずるものというべく、之と同趣旨の昭和三十年七月四日付民事甲第一三四六号民事局長回答に則つて之を却下した登記官吏の処分、及び之を是認した控訴人の異議申立却下決定は共に適法の措置というべきである。

(証拠)

立証として被控訴代理人は甲第一号証の一、二、甲第二号乃至甲第四号証、甲第五号証の一、二、甲第六乃至第八号証を提出し乙号各証の成立を認め、乙第四号証の一、乙第五号証の一の各受附印中校合欄に押してある「鈴木」なる印と、甲第五号証の一、二の各末尾に押してある「鈴木」なる印とは何れも同一人の印で同一人により押捺されたものであるとのべた。

控訴人指定代理人は立証として乙第一乃至第三号証乙第四号証の一、二、乙第五号証の一、二、乙第六、第七号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。

理由

津地方裁判所四日市支部が昭和三十一年五月二十八日附競落許可決定に基き別紙第一目録記載の建物につき、登記権利者を被控訴人両名、登記義務者を三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめ、とする所有権移転登記を津地方法務局富洲原出張所に嘱託したところ、同出張所登記官吏は昭和三十一年十月三日右嘱託を却下し、被控訴人等がこれに対し控訴人に異議を申立てたところ、控訴人も昭和三十一年十二月六日右異議申立を却下したこと、別紙第一目録記載の建物については昭和二十七年九月八日強制競売申立の登記嘱託により、所有者三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめとして保存登記がなされ、又昭和二十七年十月二十日、四日市市大字富田一色五百四番地生川むめ所有の三重郡川越村大字豊田三百十八番木造瓦葺平家建牛舎一棟建坪七十一坪五合につき表示更正登記及び分割登記がなされて、前記職権による保存登記と同一の登記ができ上り、昭和三十一年十月三日当時には、二重登記の状態となつていたことは、何れも当事者間に争いがない。(被控訴代理人は前記表示更正分割登記、したがつて之によつて出来上つた現在の登記が違法無効の登記であると主張するが、一方登記の有効無効は本件の解決には関係がないと考えるから、此の点についての判断はしない。)

而して右津地方法務局富洲原出張所登記官吏が本件登記嘱託を却下した理由及び控訴人が被控訴人の異議申立を却下した理由がそれぞれ本件登記嘱託の嘱託書記載の登記義務者の表示が登記簿上の登記義務者の表示と符合しない(不動産登記法第四十九条第六号)と云う点にあることは、成立に争いない乙第六号証によつても之を知り得るところである。

しかしながら原審もいう通り、この場合、津地方裁判所四日市支部の登記嘱託書は登記義務者として三重郡川越村大字豊田百九十四番地生川むめを表示しているものであり、右登記義務者の表示は前記職権保存登記により開設された登記簿上の登記義務者の表示と符合するものであるから、登記官吏としては之を受理すべきものである。

控訴人としては或は、他に嘱託書の表示と符合せぬ方の登記簿があり何れの登記簿に関する登記嘱託か不明であるとするのかも知れぬが、かかる場合は嘱託書上の表示と符合する方の登記簿に関する嘱託と解するのが嘱託書の形式審査としては自然である。況して本件の場合は不動産強制競売手続における競落許可決定による所有権移転登記の嘱託であり、そのことは登記嘱託書の記載自体及び之に添付の競落許可決定正本により明白であつたのであるから、右不動産強制競売開始申立の登記ある方の登記簿に関する登記嘱託と解すべく、然らざる他方に対する登記嘱託と紛う余地は全くない。然らば本件登記嘱託を不動産登記法第四十九条第六号該当と解し之を却下した登記官吏の処分は違法といわねばならない。

尤も控訴人は二重登記にして互に異なる所有者名義である場合に一方の登記簿の所有権登記名義人を登記義務者とする(此の場合には必然的に他の一方の登記名義人に対しては符合しないことになる。)其の一方の登記簿につき他の登記申請があつた場合には不動産登記法第四十九条第六号該当として右申請を却下すべきものとの見解を示している。

一個の不動産に就き二個の登記用紙が開設され、その各々にそれぞれ別個の権利変動の結果が登記される時には多数の利害関係人の間に混乱を生じ、登記本来の目的たる公示作用を危うくする結果に立至ることは控訴人の主張する通りであるから、既に発生した二重登記につき、それ以上登記の記入されることを阻止し、延いては二重登記の状態の解消を当事者に促すことは公示の目的から、望ましい所かも知れない。

しかしながら、他面、登記申請者の立場からみる時には二重登記とはいえ、登記簿の記載を信頼して権利を取得した不動産につき登記を拒否せられる時には、たとえ後日、他の登記を抹消した後に登記が許されるにしても、その間、転売その他につき事実上の障害を感ずるであろうし、又、他人に先んじて登記を受ける機会を失う場合もあり、その蒙る所の損失は多大といわねばならない。事実そのようであれば二重登記の生じた不動産の取引は事実上停止され、所有名義人は事実上処分の制限を受けたに均しい結果となる。

それ故、右の結論の当否は別として、かかる結論を導き出す為めには明確な成文法上の根拠を必要とするであろう。控訴人は不動産登記法第四十九条第六号の準用(拡張解釈)により之をまかなおうとしている。控訴人の主張によれば同法同条同号の立法趣旨は登記簿上の登記義務者を保護し延いては公示手段たる登記の混乱を防止するにあるのだから二重登記による公示の混乱を避ける為めにも右条文を準用すべしという。しかしながら二重登記の場合その一方当事者としては、速やかに他方の登記の抹消の手続をとらぬ限り、他方の登記用紙上に之と連続する他の登記の登載せられることは二重登記状態の当然の結果として甘受すべきところと考えられるから、登記簿上の登記義務者の保護との理由は此の場合に当らない。又右条文が不動産登記法の他の多くの条文と共に、公示手段としての登記の機能の保持を目的としていることは云う迄もないが、右目的のために同条同号が特に担当するところの役割は、当該申請事件の登記の出発点となる所の既存の登記と当事者の面において形式的に不齊合な権利変動の登記が同一登記用紙上に登載されることを拒否することにより、一登記用紙上の諸登記の形式的齊合性、いわば登記の形式的連続性を確保することに止まるものと解すべく、二重登記という登記の根本原則を乱す病理現象の解決にまで本条文を用いるのは条文の本来の趣旨を遥かにこえるもので、過ぎたる拡張解釈ではないかと思われる。

以上の如く津地方裁判所四日市支部の本件登記嘱託は不動産登記法第四十九条第六号該当とは解し難く、他に右嘱託を却下すべき事由も見当らない。然らば之を前記法条該当として却下した津地方法務局富洲原出張所登記官吏の決定は違法であり、したがつて又、右登記官吏の決定を相当として被控訴人等の異議申立を却下した控訴人の決定も違法たるを免れない。よつて被控訴人の本訴請求中控訴人のなした右異議申立却下決定の取消を求める部分は認容すべく、之と同旨に出た原判決は相当で本件控訴は棄却するの外はない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 県宏 裁判官 奥村義雄 裁判官 夏目仲次)

(別紙)目録

三重県三重郡川越村大字豊田百九十四番

家屋番号 天神町三十二番

種類 住家

一、木造かわらぶき平家建居宅 一棟

建坪 十七坪

三重県三重郡川越村大字豊田百九十四番

家屋番号 天神町三十二番の二

種類 雑種家屋

一、木造かわらぶき平家建厩 一棟

建坪 七十七坪五合

同上附属

一、木造かわらぶき平家建 一棟

建坪 六坪

以上

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