名古屋高等裁判所 昭和32年(ネ)61号 判決 1958年3月12日
控訴人 被告 太田靖子 外六名
訴訟代理人 堤幸一
被控訴人 原告 三島健二
訴訟代理人 田中一男 外一名
主文
原判決中控訴人平手岩蔵に関する部分を除きその余を取消す。
本件中控訴人平手岩蔵に関する部分を除きその余の部分を名古屋地方裁判所に差戻す。
控訴人平手岩蔵の本件控訴は之を棄却する。
控訴人平手岩蔵の控訴費用は同控訴人の負担とする。
事実
第一、控訴人等代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求は之を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
第二、当事者双方の事実上の主張、提出援用の証拠書証の認否は左記に訂正又は附加する外原判決事実摘示と同一であるからここに之を引用する。
一、控訴人等代理人は
(イ) 控訴人平手を除く爾余の控訴人等(以下単に控訴人太田靖子等と称する。)の父太田勝彦は昭和七年春頃本件土地を訴外柳生繁之助から賃借しその地上に本件建物外数戸の建物を建築して所有していたところ相続により本件土地所有権を取得した柳生光夫等から引続き之を賃借して来たものであり、太田勝彦死亡後は同人の相続人たる控訴人太田靖子等が之を承継して来たものである。その間地主との間は至極円満に打過ぎたため地上建物の登記をなす必要を生じなかつたものなるところ昭和二十七年秋頃から控訴人太田靖子等の代理人なる控訴人平手岩蔵が本件土地買受の交渉をなして来たのであるが価格の点について意見相違し遂に買受けるにまで至らなかつたものである。而して、被控訴人が仮に本件土地を買受けたとしても本件土地が控訴人太田靖子等及その先代が二十数年来賃借し来つた土地であること、控訴人太田靖子等において買受交渉中であることを知りながら地上家屋に登記なきを奇貨として之を他に高価に転売せんとする意図の下に買受けたものであるから本件土地の明渡を求める被控訴人の本訴請求は権利濫用というべきである。
(ロ) 控訴人太田光彦は本訴提起後当審第三回口頭弁論期日当時まで尚未成年者であつて控訴人太田千代が法定代理人として同控訴人を代理して来たが、控訴人太田千代は控訴人太田光彦の継母であるから同人の親権者たることを得ないものである。従つて、太田千代は控訴人太田光彦の法定代理権を有しないものというべきであり控訴人太田千代が控訴人太田光彦の法定代理人として委任した訴訟代理人が原審及当審においてなした訴訟行為は一切無効である。而して、本件は本件建物の収去並その敷地の明渡を求めるものであるが、本件建物が控訴人太田靖子等の共有に属する以上本訴は控訴人太田靖子等について合一に確定すべき必要的共同訴訟というべきである。従つて、控訴人太田光彦に対する訴訟のみを分離することは出来ないのであつて、訴訟の進行もすべて控訴人太田靖子等共有者全員と同一であるべきである。尚控訴人太田千代が控訴人太田光彦の法定代理人としてなしたる訴訟行為の中本件控訴の提起のみは之を追認すると述ベ
二、被控訴代理人は控訴人等の右主張事実中太田勝彦の相続関係の点を除きその余の事実を全部争う。本件土地については元柳生みよが六分の二、柳生光夫、宮川三代子、柳生尚子、橋本加鶴子が各六分の一の共有持分を有していたところ、橋本加鶴子はその持分を柳生光夫に譲渡したので、柳生光夫の共有持分は六分の二となつた。被控訴人は之等の共有者から之を買受けその所有権を取得するに至つたものであると述べた。
三、立証として被控訴代理人は甲第六号証を提出し乙号各証の成立を認め、被控訴代理人は乙第一乃至四号証を提出し証人柳生光夫の尋問を求め甲第六号証の成立を認めた。
理由
一、控訴人太田靖子等の関係
控訴人太田光彦が本訴提起当時から当審第三回口頭弁論期日当日に至るまで尚未成年者であつたこと、同控訴人の訴訟行為は控訴人太田千代が法定代理人として原審においては弁護士大池龍夫、同坂井忠久に、当審においては同提幸一に夫々委任して進行せしめたことは記録上明である。然しながら、控訴人太田光彦は訴外太田勝彦及太田繁子間の嫡出子であつて控訴人太田千代はその継母に過ぎないことは記録編綴の戸籍謄本(写)に照し明である。されば、控訴人太田千代は控訴人太田光彦の親権者ではなく従つてその法定代理権を有しないことも亦明であるから同控訴人が控訴人太田光彦の法定代理人として弁護士に委任してなさしめた本件訴訟行為は一切無効なること控訴人太田光彦主張の通りといわなければならない。只、本件控訴の提起については控訴人太田光彦が成年に達したる後同人自ら委任した弁護士提幸一が之を追認しているから本件控訴の提起のみは有効とみなければならない。尤も訴訟行為の追認は訴訟行為全体を一括してなすべきものであつてその内の個々の訴訟行為の追認を許すことはいたずらに訴訟を混乱に陥れるものであるから之を許すべきでないという考方は一応成立ち得る。而も此の考方は一般的にいつて正当な考方であるが、控訴の提起の如く原判決の誤謬の是正を求める行為はそれ自体として他の訴訟行為から切り離しても独立の意味を持ち得るから控訴の提起のみの追認を認めたとしても訴訟の混乱を来すことがないと考えられるから控訴の提起のみの追認も有効なものと考えなければならない。而して、本件の場合においては右説明したところによつて明な如く控訴人太田光彦は第一審以来当審第三回口頭弁論期日に至るまで全く適法に代理せられなかつたもの、換言すれば同控訴人に関する限り第一審の訴訟手続は同控訴人の関与なくして審理判決された訴訟手続上の違法があるものといわなければならないから原判決を取消すと共に控訴人光彦が成年に達し自ら訴訟行為をなし得る現在においては之を第一審裁判所たる名古屋地方裁判所に差戻すのを相当と考える。而も、本件の如く建物の共有者に対し之を収去してその敷地の明渡を求める訴訟は共有者全員本件の場合においては控訴人太田光彦を含めて控訴人太田靖子等全員について合一にのみ確定すべき必要的共同訴訟と解すべきであるから控訴人太田光彦の部分のみを分離すべきではなく訴訟の進行は控訴人太田光彦を含む控訴人太田靖子等全員について同一であるべきものと考えなければならない。従つて、控訴人太田靖子等中控訴人太田光彦を除く控訴人等についても原判決を取消すと共に事件を第一審裁判所たる名古屋地方裁判所に差戻すべきものと考える。
二、控訴人平手岩蔵との関係
成立に争のない甲第五、六号証原審証人三島きぬゑ当審証人柳生光夫の各証言によれば本件土地は元柳生繁之助の所有であつたところ、昭和二十六年六月三十日柳生みよ、柳生光夫、宮川三代子、橋本加鶴子、柳生尚子が被控訴人主張の如く共同相続したこと、橋本加鶴子がその持分を柳生光夫に譲渡したこと、その後昭和二十九年八月十七日被控訴人が本件土地を右柳生光夫等から買受け本件土地の所有権を取得し其の登記を為したことを認めることが出来、控訴人太田靖子等先代太田勝彦が本件家屋を所有していたこと、控訴人太田靖子等が相続により本件家屋の所有権を取得し控訴人が右家屋中西側の一戸に居住していることは当事者間に争がない。
そこで控訴人の権利濫用の抗弁について判断する。原審における控訴人平手岩蔵同太田千代の各供述当審証人柳生光夫の証言によれば訴外太田勝彦が本件土地を柳生繁之助から賃借し本件家屋を所有していたことを認めることが出来柳生光夫等が相続により本件土地の所有権を取得したこと前記認定の通りであるから同人等は本件土地の賃貸人たる地位を承継したものというべく、又控訴人太田靖子等が太田勝彦を相続したことも前記の通りであるから同控訴人等は右土地賃借権を承継したものといわねばならない。而して、当審証人柳生光夫の証言によれば控訴人太田靖子等が本件土地買受の交渉をしていたが遂に買受けるに至らなかつた事実を認めることが出来る。控訴人は被控訴人は控訴人太田靖子等が本件土地を適法に借受居住し且買受の交渉をなしていることを知りながら本件家屋に登記なきを奇貨として他に転売する目的のために買受けたものであり本件土地の明渡を求めるのは権利濫用であると主張する。然しながら、控訴人主張の如き右事実はそれのみを以て権利の濫用となすことが出来ないのみならず右事実を認めるに足る証拠もない。却つて原審証人三島きぬゑの証言によれば被控訴人は本件土地をアパート建築の目的で買受けたものであることを認めることが出来るから控訴人の右抗弁はその理由がない。
されば本件建物の登記がないことは前記の如く控訴人平手の自認するところであり又本件土地につき控訴人太田靖子等の前記賃借の登記のあることについては何等の主張も立証もないから控訴人太田靖子等は前記賃借権を以て前記柳生光夫等から本件土地所有権を取得した被控訴人に対抗することができず被控訴人に対し本件家屋を収去して本件土地を明渡すべき義務があること明である。従つて被控訴人と控訴人太田靖子間の本件家屋使用に関する契約関係如何に拘らず控訴人は之を以て被控訴人に対抗し得ず、控訴人は本件家屋の西側の一戸から退去すべき義務があるものといわねばならない。
以上の理由により原判決中控訴人太田靖子等に関する部分を取消し之を名古屋地方裁判所に差戻し爾余の部分は右同旨に帰するから本件控訴は理由がないから之を棄却し民事訴訟法第三百八十九条第三百八十四条第八十九条第九十五条を適用し主文の如く判決する。
(裁判長裁判官 県宏 裁判官 吉田彰 裁判官 奥村義雄)