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名古屋高等裁判所 昭和32年(ラ)98号 決定 1958年1月11日

抗告人 栄商事株式会社

訴訟代理人 亀井正男

相手方 加藤秀雄

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は「原決定を取消す、相手方の本件強制執行停止決定の申請はこれを却下する」との裁判を求め、その理由として述べるところは、別紙抗告理由書記載のとおりである。

抗告人の抗告の理由は要するに、裁判上の和解が一旦成立したときは当然無効ということはあり得ず、一定の事由ある場合再審の訴に準じてこれを攻撃するは格別、和解無効確認の訴の如きを提起する余地はない。従つて、右無効確認の訴の提起を理由に強制執行の停止を求める途は存しない、というのである。

然しながら、訴訟物につき和解契約成立して訴訟の終了せる裁判上の和解にあつても、その訴訟物たる私法上の権利又は法律関係につきなされた和解はあくまで私法上の和解であつて、それが裁判上締結せられたとの理由によりその性質を変ずるものではない。従つて、その契約の要素に錯誤があつたとき又は当事者の代理人と称して契約締結に当つた者に代理権がなかつたようなときには、その契約は当然に無効であり、延いてはこれを基礎として成立せる裁判上の和解も亦、当然に無効となると云わねばならぬ。そしてこのような場合、当事者としては裁判上の和解の無効を主張して新たな弁論期日の指定を求め、前訴訟の追行を図ることの許されるのは勿論であるが、又他方別訴を提起して前示裁判上の和解の無効確認を求める方法も亦、許容されると解すべきである。

ところで、当事者はこのように和解無効確認の訴を提起できるのであるが、右のような無効確認の訴が提起されても、既に当該和解調書にもとずき開始された強制執行は当然に停止せられるものではなく、執行は依然進行し、訴訟の落着を見ぬ間にその執行の終つて仕舞うこともあり得る訳である。そこで、右の如き訴を提起した者に対し、その訴提起と同時に強制執行の停止を求める途を与えねばその救済は完全といい難く、右停止を求める根拠として、民事訴訟法第五百条の類推適用が許されるものと解するを相当としよう。蓋し和解無効確認の訴は一旦成立した(債務名義たる)裁判上の和解が当然無効なることを主張し、その無効の宣言を求めるものであつて、その関係は恰かも(債務名義たる)確定判決に対し、その訴訟手続又は判断資料につき重大な瑕疵欠陥のあることを主張し、その取消を求めるのと、類似しているからである。

従つて本件の場合、相手方加藤秀雄がその主張するような理由をもつて和解無効確認の訴を提起し強制執行の停止を求めることは、訴訟法上許容せられるところであつて、且つ同人の提出した疏明資料によれば、右強制執行を停止すべき事由が一応疏明せられたと認めるに十分である。

よつて、原裁判所が相手方の申請を容れ強制執行の停止を命じたのは相当な処置であり、本件抗告は理由がないから、これを却下すべく、民事訴訟法第四百十四条、第三百八十四条、第八十九条を適用して主文のように決定する。

(裁判長裁判官 山田市平 裁判官 山口正夫 裁判官 黒木美朝)

抗告理由

一 当事者間において名古屋簡易裁判所昭和三十二年(イ)第七一号和解調書に因り一定の場合に抗告人は相手方に対し当該家屋(敷地共)の明渡を請求し得ることになつた。

二 而して右一定の場合になつたから抗告人は相手方に対し当該家屋明渡の強制執行をしようとしたのである。

三 これにつき相手方は昭和三十二年十月九日抗告人に対し訴訟代理権の欠缺その他二理由を具し当該和解調書無効確認及び登記抹消請求の訴を名古屋地方裁判所に提起し同庁同年(ワ)第一六〇六号事件として繋属した。

四 そして更らに相手方は右訴に基いて名古屋地方裁判所に対し当該和解調書に基く当該家屋明渡の強制執行停止決定を申請し同庁は同年(モ)第二一五二号事件としてこれが停止決定を発付せられた。

五 抑も強制執行なるものは確定的の債務名義に基いてなさるべきものであるのを本則とするから軽々にこれが停止又は取消をはかるべきでない。左れば民事訴訟法第五百条の規定(一定の上告又は再審)或いは同法第五百二十二条の規定(執行文付与に対する異議)、同法第五百四十七条の規定(請求異議)及び同法第五百四十九条の規定(第三者異議)のある場合と外に右の第五百条の規定を特に準用する旨の規定のある同法第五百十二条の場合に限り主張理由を判別してこれが許可、不許可をはかることができるのみで爾余の場合には尽くこれをゆるすべきでない。

六 相手方の本訴は当該和解調書無効確認であつて一旦成立せる和解調書が当然無効ということは有り得ない。和解調書は確定判決と同一の効力を有するものなれば訴訟代理権の欠缺などを云為するなれば須く再審の訴の途に由りこれに基く強制執行停止決定を申請すべきである。

七 前叙いずれの方途にも該当しない和解調書無効確認の訴によつてのこの強制執行停止決定申請は理由の当否の判断を俟つまでもなく法律上ゆるされないものとして却下の運命下に在ると謂うべし。

八 尤も民事訴訟法第五百十二条、第五百条第三項の規定(不服の不許)はあれど這は法律上申請をゆるす場合の理由の当否に対して不服の申立を容れない趣旨であつて初めから法律上ゆるされない申請を容れた決定に対する不服申立を阻んだものではないとする大審院裁判例(大正八年(ク)第一一八号同年七月二二日決定)あり。

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