名古屋高等裁判所 昭和33年(う)551号 判決 1959年3月24日
被告人 桜井洋吉
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役十五年に処する。
理由
弁護人の控訴趣意第二点について、
原判決挙示の証拠を総合すると、原判示事実を優に肯認することができ、被告人が原判示松井礼子を殺害しようと決意し、その手段として自分自身自殺する意思が毛頭ないのに、恰かもあるように装い、ことさら自殺する旨虚言を弄したものであること、しかも被告人は右礼子を殺害し、よつて同女との関係を清算するとともに、借金の返済その他の用途に費消、利用するため、同女の携帯着用している金品を奪取しようとあらかじめ企図していたものであること、右礼子は本来自殺の意思は全くなかつたけれども、原判示のように被告人から方々引きまわされて、気も弱く被告人のいいなりになりかかつていたところへ、被告人から将来の見込みがないからこのまゝ自殺するといわれたため、その虚言を真実と信じて同死を決意し被告人の手で先に自分を殺してほしい旨申し出たもので、従つてその殺害の嘱託は自由な、真実の意思にもとずいたものでないのであり、被告人もこのことは充分知りながら機を逸せず殺害の所為に出で、所期の目的を遂げたものであることいずれも明らかである。原判決挙示の被告人の各供述調書は充分任意性のあるものと認められる。物品の奪取をあらかじめ決意したについては、犯跡を晦ます目的もあつたとしても、このことはいまだ叙上の認定を妨げるものではなく、記録、原審が取り調べた証拠及び当審における事実取調の結果を調査しても、原判決に所論のような事実の誤認があるとは認められない。そして殺害の嘱託が右認定のとおりのものである以上、これを真実の嘱託ということはできないから、被告人が本件につき強盗殺人罪の刑責を負うべきことやむを得ない。論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判官 中浜辰男 成田薫 水島亀松)