名古屋高等裁判所 昭和33年(う)560号 判決 1958年10月16日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は弁護人高井貫之及び被告人本人のそれぞれ差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
控訴趣意第一点について、
先ず現行刑事訴訟法が旧刑事訴訟法と異り公訴時効の停止に関する規定のみを設け、その中断に関する規定を置かず、しかも停止の事由を公訴の提起のあつた場合、犯人が国外にいる場合及び犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状謄本等の送達ができなかつた場合に限つたこと及び国税の犯則事件について税務署長等のなしたいわゆる通告処分に公訴時効中断の効力を認めた国税犯則取締法第十五条の規定が右刑事訴訟法改正前から施行されていた法律であることはいずれも所論のとおりである。しかしながら時効中断の制度が時効そのものの本質に照らし認容できない制度でないこと及び時効の中断と停止とが相両立することのできない制度でないことは現行の他の幾多の法令の規定に徴し明らかなところであるから、現行刑事訴訟法といえども、国税犯則事件の特殊性に鑑み、法律の規定により税務署長等のなすいわゆる通告処分に公訴の時効中断の効力を認めることを妨げるものではないと解するのが相当であり、(関税法第百三十八条第三項がこれと同旨の規定をなしていることを参照)従つて刑事訴訟法が前記現行法どおり改正せられたからといつて、これと同時に前記国税犯則取締法第十五条の時効中断に関する規定が別段の規定なしに当然その効力を失い、廃止せられるにいたつたものであるとは解することはできない。同規定は刑事訴訟法改正後もこれに対する例外規定としてその効力を保持するものであるといわなければならない。(もつとも刑事訴訟法中に中断に関する基本規定を欠くにいたつたのであるけれども、時効中断の制度は他の多数の法令にも規定せられているところであり、条理上これらの規定を類推できない訳ではないから、このことを以て右結論を左右するに足りない。)次に右国税犯則取締法第十五条が存する結果、国税に関する犯則者で通告処分を受けたものは、国税犯則以外の犯罪を行つたもの及び国税犯則者であつて通告処分を受けなかつたものに比し、公訴の時効に関し不利益な立場にあるものといえなくもないこと所論のとおりであるけれども、(もつとも犯則者が通告の旨を履行したときは、同法第十六条により同一事件について訴を受けないものであるから、一概に不利とも断定はできない)もとよりこれを以つて人種、信条、性別、社会的身分もしくは門地により差別的待遇をするもの、又は犯罪と刑罰との均衡を害するものと認めることはできないから、前記第十五条の規定は何ら法の下の平等を規定する憲法第十四条及び法定手続の保障を規定する同法第三十一条の法意に違背するものではない。
そして今原判決摘示によれば、被告人は昭和二十六年九月分及び同年十二月分の物品税を逋脱したものであるから、右前者については同年十二月一日から、後者については昭和二十七年三月一日からそれぞれ五年の公訴時効が進行を始めたものというべきところ、記録を調査すると、昭和二十八年六月四日名古屋市西税務署長から被告人に対し適法な通告処分がなされ、次いで昭和二十九年六月二十四日なされた同署長の告発にもとづいて昭和三十三年五月十九日本件公訴が提起せられたこと明らかである。従つて前記国税犯則取締法第十五条の規定に則り被告人の本件逋脱罪に対する公訴の時効は右通告処分により一旦有効に中断せられ、これより更に五年以内になされた公訴提起により停止せられたものであつて即ちいまだ完成していないものであるといわなければならない。
されば原判決が本件について公訴の時効が完成していないものと認め、被告人を免訴しなかつたのは正当である。所論は畢竟独自の見解という外なく、原判決には何ら法令の解釈適用を誤つた違法も憲法の規定に違反した違法も存しない。論旨は理由がない。
同第二点について。
刑法上行為の概念は作為のみならず、不作為をも含むものと解するのを相当とするから、物品税法第十八条第一項第二号前段の逋脱罪の規定は広く手段として違法な作為又は不作為をなし、よつて物品税の支払を免れたものを処罰する趣旨と解すべきでこの場合特に手段たる行為中から申告を怠り、又は詐つた場合を除外すべき法文上の根拠を見出すことはできない。今原判決摘示によると、被告人は販売のため移出した機械の数量と価格を正確に記載した申告書を期日までに提出すべき法律上の義務のあることを知り、且つかような申告をなすことができたにかかわらず、物品税の一部又は全部を逋脱しようと企て、ことさら原判示第一、第二のとおり虚偽の記載をした申告書を提出し、又は全く申告をなさず、よつて物品税の支払を免れ、所期の目的を達したものであるから、被告人の右所為はいずれもまさしく前記法条にいわゆる不正の行為を以て物品税を脱したものに外ならず、逋脱罪を構成するこというまでもない。論旨は被告人の所為は同法第十九条第一号の罪を構成するのはともかく、前記逋脱罪を構成するものではない旨主張するけれども、右第十九条第一号の規定は単なる申告の懈怠、又は虚偽の申告そのものを処罰せんとするものであつて、物品税を逋脱せんとするものが同条該当の行為をなし、よつて進んで所期の目的を遂げた場合に、逋脱罪が成立するのを少しも妨げるものではない。論旨援用の高等裁判所の判決は少くとも本件に適切ではない。そして被告人の所為が逋脱罪を構成する以上、公訴の時効が完成しているものでないことは控訴趣意第一点に対する判断中に説示したとおりである。所論はこれ又独自の見解という外なく原判決には何ら所論のような法令の適用を誤つた違法は存しない。論旨は理由がない。
同第三点について、
所論に鑑み、記録及び原審が取り調べた証拠を調査し、被告人の性行、経歴、職業、本件犯行の動機、態様、罪質、犯行後の情況その他諸般の事情を総合して考えると、原判決の量刑はいまだ所論のように重きに過ぎる不当なものとは認められない。論旨は理由がない。
被告人本人の控訴趣意について、
しかしながら記録を調査すると、原審は本件につき審理を尽くしていること明らかである。そして記録及び原審が取り調べた証拠にあらわれた諸般の事情を総合して考えると、原判決の量刑はいまだ所論のように重きに過ぎる不当なものとは認められない。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条、第百八十一条第一項本文に則り主文のとおり判決する。
(裁判長判事 吉村国作 判事 中浜辰男 成田薰)
<以下省略>