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名古屋高等裁判所 昭和33年(う)93号 判決 1958年11月17日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金参万円に処する。

右罰金を完納することのできないときは、金参百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

ただし本裁判確定の日から壱年間右刑の執行を猶予する。

原審ならびに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中根孫一の差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用するが、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意第一点(事実誤認、法令適用の誤り)について。

所論の要旨は、「原判決は、被告人の犯意のない行為は犯意ありと事実を誤認し、処罰すべからざる行為を処罰した法令適用の誤りがある」というにある。

しかし、原判決挙示の証拠を総合すると、原判示事実の認定を優に肯認するに足りる。すなわち、被告人は、日本に駐留する米国軍隊の構成員である原判示米国軍人オースチン、エドウイン、フロツトから同人の私用に供するための自動二輪車の注文を受け、昭和二七年八月ごろ、被告人が名古屋営業所の責任者となつている扶桑モーターサイクル株式会社の手によつて、米国製自動二輪車(一九五二年型、ハーレー、ダビツトソン、モーターサイクル)一台、原価三〇三、〇〇〇円を関税免除で輸入し同軍人に引渡したが、同年一一月ごろ、帰還命令により米国に引き揚げることになつた同軍人から、右自動二輪車の売却処分方を委任せられ、これを自己店舗に蔵置していたところ、たまたまこれを見て買受方を希望していた判示安島進に対し、所轄税関の免許なくして、右自動二輪車を代金四七〇、〇〇〇円で譲受のあつせんをしてこれを引渡し、もつて同人の右無免許輸入行為を幇助した事実を認定するに十分である。そして本件について、いわゆる従犯の犯意ありとするには、右自動二輪車の譲受について所轄税関の免許のないこと、および正犯者安島進の無免許譲受行為を幇助することの認識があれば足りるのであつて、被告人が右犯意を有していたものであることは、右認定事実自体によつて明らかである。

まず論旨は、「被告人は、当時保税倉庫法第一八条によつて保税倉庫の特許を受けていたものであるから、無免許輸入品の譲渡および譲受をあつせんすることができる資格を有しており、本件自動二輪車もその資格において取扱つたものである。もつとも、右自動二輪車について入庫手続を執らなかつたが、それは当時、安島進がすでに買主として決定しており、まだ右自動二輪車は米国軍人の乗用していた中古車で、米国から関税免除で輸入した日より六ヵ月の期間を経過しないうちは、これについて適法な輸入手続ができなかつたことなどの事情から、当時の名古屋税関保税倉庫係員が、昭和二九年八月一五日付大蔵省通達第一四〇九号に基き、被告人および安島進に対して、右自動二輪車については入庫手続は必要でないとの旨申出があつたからである。かりに、右係員の右申出がなかつたとしても、保税倉庫法によつて特許を得ている者は、右のような事情のある場合において、入庫手続を要せずして右自動二輪車の譲渡および譲受のあつせんをすることができるのであつて、このことは慣例上または実験則上明らかである。従つて、被告人において、安島進の無免許輸入行為を幇助するという意思は全然なかつたものである。」というのである。しかし、本件訴訟記録を調査するに、大蔵事務官鈴木亘作の私設保税倉庫営業特許願謄本および同特許許可決定書謄本によれば、保税倉庫法第一八条第一項の規定により、私設保税倉庫営業の特許を受けたものは、被告人にあらずして東京都中央区銀座東一丁目八番地所在の扶桑モーター、サイクル株式会社であり、被告人は単に同会社名古屋営業所長であつて自己店舗を私設保税倉庫に提供し、同会社より蔵置貨物に関する諸申請、諸申告、その他事務一切の委任を受けていたものにすぎないことが認められるのみならず、被告人が本件自動二輪車の販売あつせんを同会社の営業行為として取扱つたことを認めるに足りる証拠は存在しない。また、保税倉庫の特許を受けた者は、輸入手続未済の外国貨物を所定期間内保税倉庫に蔵置し、その間、関税の賦課、徴収の猶予を得、かつ、その貨物について、金融、売買(債権契約)など、取引上の便宜を得る法律上の地位を有するにすぎずして、保税倉庫から貨物を輸入(物権行為)するについては、関税法の規定により、所轄税関にその旨申告し、その貨物の検査を経て、輸入免許を受けなければならないのであつて、(保税倉庫法第一条、第六条、後記改正前の関税法第三一条)所論のように、無免許輸入行為(密輸入)をあつせんする権限を有するものではない。従つて、被告人が本件自動二輪車の入庫手続を執らなかつたことについて、所論のような事情、または慣習があり、これを正当視すべきものとしても、本件無免許輸入行為幇助の犯意を阻却する事由とはならない。次に論旨は、「本件自動二輪車は、米国軍人が日本国内において私用に供するため関税免除で輸入されたものであり、これを日本国内で駐留米軍構成員以外の者に譲渡せんとするには、当時の駐留軍の内規により、日本国内にこれを輸入してから六ヵ月間は所轄税関に対し輸入手続を執ることができなかつたのであるから、本件当時の昭和二七年九月三〇日現在においては、右自動二輪車に関する輸入の免許の手続は法律的に不可能であつた。従つて、輸入手続不能の貨物について本件無免許輸入罪の従犯は成立しない。」というのである。しかし本件の無免許輸入行為というのは、安島進が、所轄税関の免許を受けずして前記米国軍人から本件自動二輪車を譲受け、税関の拘束を離脱してこれを日本国内において内国貨物と同様に自由に流通し得べき状態においた事実行為をいうのであつて、被告人はその情を知りながら安島進の右譲受け行為を幇助したものであるから、無免許輸入罪(密輸入)の従犯が成立することは明らかである。つぎに論旨は、「被告人は、右六ヵ月の期間経過後、安島進において直ちに所轄税関に対し本件自動二輪車について輸入免許の手続を執るものと信じていたのであるから、本件無免許輸入幇助の犯意はない。」というのである、しかし、被告人は、安島進が本件自動二輪車を譲受ける当時において、これについて所轄税関の免許のないことを知りながら幇助したのであるから、犯意なしということはできない。その他本件訴訟記録を精査し、原審および当審で取り調べたすべての証拠を精査検討しても、原審の事実認定に誤認の点はなく、また原審が処罰すべからざる行為を処罰したというような法令適用の誤りも存在しない。ゆえに本各論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(1)(法令適用の誤り)について。

所論の要旨は、「本件のようなあつせん行為を処罰する現行関税法第一一二条第一項の規定は、昭和二九年四月法律第六一号によりはじめて設けられたもので、本件当時の関税法にはかかるあつせん行為を処罰する規定はなかつたのである。従つて、本件あつせん行為を処罰したのは法令の適用を誤つたものである。」というのである。しかし所論の昭和二九年四月法律第六一号により改正せられた関税法第一一二条第一項は、同法第一〇九条第一項(禁制品を輸入する罪)、または同法第一一〇条第一項(関税を免れる等の罪)の犯罪に係る貨物について、情を知つてこれを運搬し、保管し、有償若しくは無償で取得し、または処分の媒介若しくはあつせんをした者を処罰する規定であつて、右あつせん行為とは、右犯罪貨物の処分のあつせん行為を意味するものであることは、文理解釈上疑いなく、その罪質は、刑法の賍物牙保罪に該当し(有償、無償をとわない点においてこれより広い概念である。)、本件のような本犯の成立そのもののあつせん行為とは全然関係のない行為である。そして、刑法第八条によれば、刑法総則の規定は、他の刑罰法令についても、その法令に特別の規定ある場合を除くのほか、これが適用のあることを明記しておるところ、関税法についても、特にこれが適用を排除する旨の規定がないから、刑法総則の適用のあることは当然である。従つて、原審が安島進の正犯行為(無免許輸入行為)を幇助した被告人の原判示所為に対し、関税法違反の従犯として刑法第六二条を適用処断したのは正当であつて、なんら法令適用の違反の点は存在しない。ゆえに本論旨も理由がない。

控訴趣意第二点(2)(一)ないし(三)(訴訟手続の法令違反)について。

所論の要旨は、まず「本件は訴訟条件である告発が有効でない。本件公訴事実の要旨は、被告人が安島進の無免許輸入を幇助したということになつているのに、大阪税関長の告発の事実の要旨は、被告人自身が無免許輸入をして相当関税をほ脱したということになつており右両者の事実関係は、社会的にも法律的にも異つたものでけつきよく本件公訴の提起は、有効な告発を欠き不適法である。」というのである。なるほど、本件記録中の大阪税関長の被告人に対する通告書(昭和二九年七月二〇日付)、および大阪地方検察庁検事正に対する告発書(同年一一月一三日付)、ならびに本件起訴状によれば、大阪税関長の通告処分を前提とする告発事実(犯則けん疑事実)の要旨は、「犯則者(被告人)は、昭和二七年一一月米国空軍々人オースチン、エドウイン、フオロツトから、同人が先に免税輸入した同人所有の米国製自動二輪車を、税関に無申告で譲受け、これが相当関税、金七八、〇〇〇円をほ脱したものである。」というのに、本件公訴事実の要旨は、「被告人は、安島進が昭和二七年九月三〇日ごろ前記米国軍人オースチン、エドウイン、フオロツトから、前記自動二輪車を所轄税関の免許なくして譲受けた際、その情を知りながらこれが譲受けのあつせんをして、もつて無免許輸入を幇助したものである。」というのであつて、前者は被告人自身の本件自動二輪車に関する無免許輸入および関税ほ税行為であるのに後者は右自動二輪車に関する他人の無免許輸入の幇助行為」であつて、社会的事実として比較すれば、明らかに相違しており、犯罪構成要件的評価においても、差異のあることは所論のとおりである。しかし関税法による税関長(または税関職員)の告発の効力は、当該犯則者に対する社会的事実たる犯則けん疑事実そのものに限局されるものではなく、同一犯則者に対する右犯則けん疑事実と基本的関係を共通にし、法律的に見て同一性を有すると認められる他の変ぼう的事実にも及ぶものと解するを相当とする。この見地において、本件告発にかかる犯則けん疑事実と本件公訴事実を比較するに、いずれも関税法の対象たる同一自動二輪車の密輸入に関する犯罪けん疑事実であつて、この基本的事実関係を共通にする以上、右自動二輪車に関する自己の無免許輸入行為または関税ほ脱行為であろうと、他人の無免許輸入行為または関税ほ脱行為の幇助であろうと、法律的観点において事実の同一性を失わないものと解すべきであるから、本件告発は本件公訴提起の訴訟条件として有効であると認めなければならない。次に論旨は、「本件告発の前提たる通告処分は主位的犯則者(正犯者の意)としての被告人に対するものであるのにこれが履行をなさないからとて、被告人を従属的犯則者(従犯者の意)として公訴を提起したことは犯則者に与えられた法律上有利な地位、機会(すなわち、従属的犯則者として通告処分を受けていたとすればこれを履行して刑事訴追を免れ得るところの地位、機会の意)を奪つたことになるのであるからこの違法な通告処分を前提とする本件告発は無効である」というのである。しかし、本件記録中の被告人の検察官ならびに大蔵事務官に対する各供述調書、被告人の拒否(通告処分)申立書によれば、被告人は、大蔵事務官の取調においては、自ら本件自動二輪車を無免許輸入して関税をほ脱した旨供述したので、この事実について税関長の通告処分および告発を受けたところ、検察官の取調においては、安島進が右自動二輪車を無免許輸入するについてこれを幇助した旨供述を変更したので、この事実について検察官から本件公訴の提起を受けたものであつて、もし、被告人において右通告処分を履行したとすれば、その犯則けん疑事実と同一性を有する本件事実について公訴の提起を受けることはなかつたのである。けつきよく、被告人は、自ら通告処分の履行を拒否して、そのいうところの法律上の地位、機会を抛棄したことに帰着し、本件公訴の提起によりなんら法律上の不利益を被つたというべき筋合ではない。ゆえに本論旨も理由がない。

控訴趣意第三点(法令適用の誤り)について。

所論の要は、「原判決は、被告人の原判示所為に対し刑法第六二条を適用して関税法違反罪の従犯として処断している。しかし従犯は正犯を幇助するものであるから、正犯者の実行々為の存在が必要であるのに、本件においては正犯者というものはないから従犯は成立しない。いわんや、本件自動二輪車については、今日現在において安島進が輸入手続を完了しているのであるからなおさら従犯は成立しない。その点について原判決はなんらの判断も示さず有罪の判決をしたのは法令の適用を誤つたものである。」というのである。しかし、原判決挙示の証拠を検討し、原判決を調べてみると、原判決は前記認定のように、安島進が無免許で本件自動二輪車を譲受けた行為(密輸入行為)を認定し、さらに被告人がその情を知りながら安島進の右行為を幇助したことを認定したことが明らかであつて、安島進の本件正犯の実行行為が犯罪構成要件を充足した以上、被告人の従犯もこれに従属して成立したものであることは明らかである。また従犯は、正犯の実行行為に従属して成立するものであるが、可罰性の点においては、正犯の可罰性に従属するものでなく、それとは別個独立に可罰的評価を受けるものである。従つて、安島進が本件無免許輸入行為について、処置されたると否とをとわず、被告人は本件行為について別個独立に従犯者として処罰されることはなんら違法ではない。次に、本件記録中名古屋税関長の名古屋地方検察庁に対する安島進に関する関税法違反けん疑事件処理結果についてと題する書面によれば、安島進は、昭和三〇年一二月名古屋税関長から、本件犯則事件について五〇、〇〇〇円の罰金相当額の通告処分を受け、本件起訴後たる昭和三一年三月三〇日これを履行した事実が認められる(ただし、安島進が本件自動二輪車について関税を納付して輸入手続を完了したという事実はこれを認めるに足りる証拠はない。)従つて、同人は関税法の規定により同一事件について刑事訴追を受けることはなくなつたのであるが、一旦成立した正犯行為を幇助した被告人の刑事責任に消長を及ぼすものではないから、被告人が本件従犯者として処罰されることはなんら違法ではない。ゆえに本趣旨も理由がない。

以上のように、弁護人の各論旨はいずれもその理由がないのであるが、職権をもつて原審の量刑の点について調査するに、原審は、被告人を罰金三〇、〇〇〇円の実刑に処したが、本件記録を精査し、原審および当審で取り調べた証拠を検討すると、右量刑は重きにすぎ不当であると認める。すなわち、(一)正犯者安島進は、本件起訴後ではあるが、前記通告処分を履行して刑事責任の解除を得ていること、(二)名古屋税関は、本件自動二輪車について、安島進から前記のように罰金額相当の五〇、〇〇〇円を納付せしめながら、大阪税関においては、同一自動二輪車について、最終の取得者梅村忠助から関税四五、三六〇円を徴収してその輸入免許を与えており、なんら国家の関税徴収権に実害を及ぼしていないことが明らかであつて、ひとり被告人のみ、安島進の正犯行為を幇助したとのかどをもつて刑事責任を追及せられることは、公平の観念からみて妥当ではなく、情状びんりようすべきものがあるので、被告人に対しては、原審の罰金刑について刑の執行を猶予するのが相当である。

よつて、刑事訴訟法第三九七条、第三九二条第二項、第三八一条により、原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により、当裁判所においてさらに判決する。

原審の認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は昭和二九年法律第六一号関税法を改正する法律附則第一三号による改正前の関税法第七六条、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基く行政協定の実施に伴う関税法の臨時特例に関する法律第一二条罰金等臨時措置法第二条、刑法第六二条に該当するから、所定刑中罰金刑を選択し、右改正前の関税法第八二条の四本文を適用のうえその金額範囲内において被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により、金三〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、諸般の情状にかんがみ、同法第二五条第一項、罰金等臨時措置法第六条により、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、原審および当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 坂本収二 夏目仲次)

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