名古屋高等裁判所 昭和34年(う)385号 判決 1959年11月11日
控訴人 被告人 塚田秀夫 外一名
弁護人 榊原幸一 外一名
検察官 吉安茂雄
主文
本件控訴は、いずれもこれを棄却する。
当審における未決勾留日数中、各一二〇日を、当該被告人らに対する本刑に算入する。
当審における訴訟費用は、被告人らの連帯負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人塚田秀夫の弁護人榊原幸一、被告人熊谷計芳の弁護人佐藤米一の各提出にかかる控訴趣意書(榊原弁護人については控訴趣意補充申立書を含む。)にそれぞれ記載するとおりであるから、いずれもここに、これを引用する。
佐藤弁護人の論旨第一点及び榊原弁護人の論旨第一点の(一)について、
所論は、いずれも、被告人らは、本件犯行当時酩酊のため心神喪失若しくは同耗弱の状態にあつたもので、原判決はこの点について事実を誤認し、延いて法律の適用を誤つたものであるという。
記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみるのに、原判決が被告人らの本件犯行当時の酩酊の程度、その心神の状態について認定し、判断したところは、まことに相当であつて、この点に関する事実の認定に、事実誤認を疑うべき事情は認められない。すなわち、原判決もいうように、被告人らの原審公判廷における各供述、検察官に対する各供述調書、証人山田時雄、同篠田豊子の原審公判廷における各供述、並びに宮崎玲子の司法巡査に対する供述調書によれば、被告人両名の平素の酒量は、被告人塚田秀夫が清酒にして約六、七合、被告人熊谷計芳が同約五合であるところ、被告人らが、本件犯行当日飲酒した量は、それぞれ当該被告人の右酒量に達していなかつたものであり、たとえ、それが夕食前の空腹時に、しかも酒とビールをまぜ合わして飲んだものであるとしても、被告人らの酒量を超えていたものであるとは認められないばかりでなく、現に被告人らが最後に飲酒した露店「松の屋」の主人宮崎玲子も、被告人らが同店を立ち去る時、それ程酒に酔つていた様子には見えなかつたと述べているのであるし、又本件犯行当時被告人らの行動を目撃していた篠田豊子も同旨のことを述べているのである。更に、被告人両名が本件犯行直前原判決認定のごとく山田時雄から酒食の饗応をうけようと考え、そのために、被告人らが執つた行動は計画的であり、かつ犯行の前後に亘り極めて慎重に行動し、犯行当時における被告人らと右山田時雄及び同人が難を避けようとしたタクシー運転手に対する被告人らの応答も正確であること、加えて、被告人らの原審公判廷における各供述、並びに検察官に対する各供述調書の内容をみても、被告人らは、本件犯行前後の模様につき詳細、逐一に記憶して供述し、その内容にも前後なんら矛盾撞着するところが認められないこと、等の諸事実に徴すれば、被告人両名が本件犯行当時、多少酩酊していたことは否定できないが、その酩酊のため是非善悪を弁識する能力を喪い又はこの弁識に従つて行動する能力を欠如していたものと認められないのは勿論、是非善悪を弁識し、その弁識に従つて行為する能力が通常人に比べ、著しく減退していたものとも認められない。
各弁護人の主張は、独自の見解を開陳するものか、あるいは、被告人らの、原審公判廷における各自の不利益な質問にいたれば酒に酔つていて覚えがない旨の答弁に依拠するものであつて、とうてい採用できないものである。
榊原弁論人の論旨第一点の二及び佐藤弁護人の論旨第二点量刑不当の主張のうち、本件傷害の結果は被告人らの強盗行為に基くものではないとの各主張について、
榊原弁護人の論旨前段は、被告人らの本件犯行は、衆人環視の中で行われたものであるから、恐喝罪を以つて律すべく、強盗罪の行為類型に該らないといい、更に、各弁護人は、被告人らは本件の強盗の犯意を生ずる前に、既に、原判示山田時雄に対し暴行を加え傷害の結果を生ぜしめているものであつて、原判決の認定した被告人らが右山田時雄に対し加えた傷害は強盗の前後に亘るものであり、しかも、それが被告人らが強盗の犯意を生じた後に与えたものであることが確定できない以上、被告人らは強盗傷人罪を以つて律せらるべきではない。原判決は、この点において、事実を誤認したか、あるいは法律の解釈適用を誤つた違法があるという。
先ず、榊原弁護人の論旨前段について考えてみると、被告人らの原審公判廷の供述、証人山田時雄の原審並びに当審における各供述、証人篠田豊子、同小野勉の原審公判廷における各供述に徴すれば、なるほど、被告人らが原判示日時、原判示場所において、原判示山田時雄からその所有にかかる現金約二万六千円在中の革ジヤンバー一着を奪取した当時、附近に七、八人の者が群り被告人らの行為を注視していた事実の認められることは、所論のとおりである。従つて、山田時雄が、当時容易に自己の危難をこれらの者に告げ、救助を求め得る情況に在つたことは否定できないであろう。(同人としては、右のごとく救助を求めなかつた事情について、他人に救助を求めるよりタクシーに飛び乗つて逃走した方がより安全だろうと考えたためである、と当公判廷において述べている。)然し、それだからといつて、直ちに被告人らの本件行為が強盗の行為類型には該らないものである、と即断するわけにはいかない。却つて、被告人らの検察官に対する各供述調書、山田時雄の原審公判廷における供述並びに同人の検察官に対する供述調書によれば、被告人らは、原判示場所において山田時雄に対し殴る蹴るの暴行を加え、同人を殆んど失神の状態に陥れてその反抗を抑圧し、同人から、その所有にかかる前記革ジヤンバー一着を奪取した事実が認定できるのであるから、被告人らの本件行為が強盗罪を構成することは疑問の余地がないものというべきである。論旨は、理由のないものである。
次に、各弁護人の原判示山田時雄に対する傷害が、被告人らの強盗の犯意を生ずる前後に亘る暴行によつて生じたもので、それが強盗行為に基くものであることを確定できないとの主張について検討する。
原判決引用の被告人らの原審公判廷の各供述、及び検察官に対する各供述調書、証人山田時雄の原審公判廷の供述、同人の検察官に対する供述調書、司法警察員作成の昭和三三年一二月二七日附実況見分調書、医師仙波昭作成の山田時雄に対する診断書、並びに右山田時雄の当公判廷における証言を併せ考えてみると、被告人らは、原判示日時原判示のごとき経緯により山田時雄が多額の金員を所持していることを知り、互いに協議のすえ、同人から更に酒食の饗応を受けようと考え、同人に対し、「これから一寸附合つて貰えないか」と申し向け、暗に酒食の饗応方を申し迫つたところ、同人から態よくこれを拒絶され、その場を立去られたにも拘らず、被告人らは、執拗に同人に追随し、原判示みよし酒店前附近路上において、同人の左右両側から同人の両腕を捕えながら、同人に対し「一杯どうしても附合つてくれ」と申し向けたけれども、同人がその場を逃走したため、更に同人を追跡し、同所から南方約九〇米を距てた原判示市電上前津交叉点附近において、同人を捕え、同人に対し「何故逃げる」と詰問したうえ、被告人らは、こもごも同人に対し殴る蹴るの暴行を加え、同所に同人を顛倒させ、漸くにして起き上つた同人が更に逃走し、難を避けるべく原判示伊吹商会附近路上迄いたりタクシーを呼び止めこれに乗車しようとした際、同人を追跡してきた被告人らは、その乗車を妨げ同人を捕え、ここにおいて被告人らは山田時雄からその着用にかかる革ジヤンバーを脱がせ、これと共に同ポケット内在中の多額の金員を強取すべく強盗の犯意を生じ、被告人らは暗默のうちに意思を相通じ、共謀のうえ、右伊吹商会前路上において、被告人らは、更にこもごも殴る蹴るの暴行を加え、同人を同所路上に仰向けに転倒させ、後頭部を強打させて殆んど失神の状態に陥らしめて、同人の反抗を抑圧して同人から原判示の金品を強奪したこと、そして、右山田時雄は前示被告人らのした市電上前津附近の暴行と伊吹商会前路上の暴行との一連の暴行行為により原判示の傷害を蒙つたこと、そして、山田時雄の受けた傷害のうち顔面の部分の擦過打撲傷は、前記暴行のうち果して前後いずれの暴行により生じたものであるかを明認することはできないが、少くとも後頭部の部分の傷害は、後の暴行、すなわち、被告人らが原判決認定の強盗の犯意を生じた後の前示伊吹商会前路上における暴行に基いて生じたものであることを、認定できるのである。してみれば原判決が、その認定にかかる被告人らが強盗の犯意を生じた前後に亘る暴行により生じ、しかも、その前後いずれの暴行によつて生じたものかを確定することのできない原判示山田時雄の顔面の擦過打撲傷を、たやすく原判示被告人らの強盗行為により生じたものと認定したことは、明らかに事実を誤認したものというべきである。そして強盗の犯意を生ずる前後に亘る一連の暴行により傷害を加え、しかも、その傷害が右の前後いずれの暴行により生じたものであるかを確定できない場合、この傷害の結果をふくめて強盗傷人罪に問擬することのできないことは、勿論であるが、本件においては、前認定のごとく被告人らが強盗の犯意を生ずる前後に亘り山田時雄に加えた一連の暴行のうち、その前後いずれの暴行に基くものかを確定できない原判示山田時雄の顔面の擦過打撲傷と、被告人らが強盗の犯意を生じた後に山田時雄に加えた暴行に基いて生じたことの確定できる同人の原判示後頭部の擦過傷があるわけであつて、(後者について、被告人らが強盗傷人罪の責任を免れないことは、当然である。)斯る場合には、右の強盗の犯意を生じる前後に亘る一連の暴行に基く傷害と、強盗の犯意を生じた後の暴行に基く傷害とを包括して強盗傷人の一罪として処断するのが相当である。しかも、本件において、原判示山田時雄の蒙つた傷害について、前記のごとく被告人らを、傷害と強盗傷人の包括一罪として処断する場合と、原判決が誤つて認定したごとく強盗傷人の単純一罪として処断する場合とにおいて、両者判決に影響を及ぼすことの明らかな相違を招くものとは認められないので、原判決のこの点に関する前示事実の誤認は、未だ原判決破棄の理由となすに足らない。論旨は、結局理由なきに帰するわけである。
榊原弁護人の論旨第一点の三、事実誤認の主張について
所論は、被告人塚田秀夫は、本件強盗について、その犯意のなかつたのは勿論、被告人熊谷計芳の強盗行為に共同加功する意思はなかつたという。
然し、原判決引用の各証拠、特に、被告人らの検察官に対する各供述調書によれば、被告人塚田秀夫が、同熊谷計芳の原判示強盗の犯意を察知し、同被告人に共同加担して同様原判示山田時雄所有の革ジヤンバー在中の金員を強取しようと企て、然も互に暗黙の裡に意思を相通じ、本件強盗行為に及んだ事実を認定できるのである。そして、被告人らの右各検察官に対する供述調書が、同被告人らの任意になされたものでないことを疑うべき事情は認められないのである。原判決のこの点に関する事実認定に所論のごとく誤認のかどがあるものとは、記録を精査しても認められない。この点の論旨も理由がない。
各弁護人の量刑不当の主張について、
記録並びに原裁判所並びに当裁判所が取り調べたすべての証拠に徴し認定できる被告人らの本件犯情、特に被告人らは、原判示山田時雄が被告人塚田秀夫と同郷の誼みを以つて、原判示松の屋で酒食のもてなしをしたところ、山田が多額の金員を所持していることを盗み見て、更に同人に酒食の饗応を強要すべく、執拗に同人に追随しあげくの果て同人に暴行まで加え、(原判示市電上前津附近において、被告人らが山田に暴行を加えた当時、既に被告人らに対し強盗の犯意があつたのではないかが疑われるのである。)同人が被告人らの要求に応じて酒食の饗応を肯んじないと見てとるや、更に、同人からその所有にかかる金品を強奪すべく本件犯行に及んだものでその犯罪の動機も悪質であり、かつ暴行の程度も決して軽いものではないこと、被告人らは、本件犯行当時多少酩酊していたとはいえ多衆の環視する中で大胆にも本件犯行を行つていること、そしてその犯行が強盗傷人罪に該ること、犯行後の示談の方法についても被告人らにおいて誠意をつくして、被害者山田時雄の宥恕を乞うた事情も認められないこと、その他諸般の情状を勘案すれば、各弁護人所論の事情を参酌してみても、原判決が情状酌量して刑の減軽までして被告人らに科するに懲役五年の刑を以つてしたことが、更に重きに過ぎ不当なものであるとはとうてい言えた筋合ではない。論旨は、いずれも理由がない。
よつて、本件各控訴はいずれも理由がないので、刑訴法三九六条に則りそれぞれこれを棄却すべく、刑法二一条に従い当審における未決勾留日数中一二〇日を当該被告人らに対する本刑に算入し、なお、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により当審における訴訟費用は被告人らをして連帯して負担させる。
よつて、主文のとおり判決した。
(裁判長判事 影山正雄 判事 谷口正孝 判事 中谷直久)