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名古屋高等裁判所 昭和35年(う)590号 判決 1961年4月10日

被告人 加藤富士五郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

但しこの裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予し、かつ同期間中被告人を保護観察に付する。

原審における訴訟費用中証人猿渡政市、同川島富丸に各支給した分を除くその余の各証人に支給した分(但し証人林さだ枝に支給した分についてはその二分の一)及び当審における訴訟費用中証人牛田正夫に支給した分を除くその余の各証人に支給した分は全部をそれぞれ被告人の負担とする。

被告人が昭和二五年一〇月一日村瀬鉄彦から合計五三七、〇〇〇円を騙取したとの事実については被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人武藤鹿三、同林武雄各提出の控訴趣意書にそれぞれ記載するとおりであるから、ここにこれを引用する。各弁護人の控訴趣意中、各事実誤認の論旨について、

(一)  まず弁護人らは原判示第二の事実につき被告人がアヤハ商事株式会社及び糸和株式会社から、それぞれ寄託を受けた各原判示の金員は、原判示のように寄託の趣旨を供託保証金に限定したものではなく、倒産した野々宮清に対する大口債権者である両会社及び被告人の実兄加藤商店から、右野々宮に対する債権確保のために要する費用に充てる趣旨のもとに寄託を受けたものであつて、原判示の供託保証金のみならず、右債権保全のために必要な仮差押命令申請手続に要する印紙代、交通費等を含むものであるから、被告人が右の趣旨に従つて費消した原判示の各寄託金を横領と認定したのは事実を誤認したものである。また、右各寄託金はこれを現金で受領したものではなく、アヤハ商事株式会社もしくは糸和株式会社から小切手で受領したものであり、被告人はこれを自己の取引銀行口座に預け入れ、逐次これを引出して使用したものであるが、これは封金のような特定物を消費したのとは趣を異にし、消費寄託関係にある預り金を消費したものであつて、被告人の当時の資産状況からすれば返還不能な金員でなかつたのであるから横領罪の成立の余地はないというのである。

所論に鑑み、原判示第二の各事実に対応する原判決引用の各証拠、特に、原審公判調書中証人黒田正一郎、同木村堅太郎、同小林元彦の各供述記載(以上アヤハ商事株式会社関係)、及び同調書中浜田修作の供述記載(糸和株式会社関係)によれば、アヤハ商事株式会社または、糸和株式会社と被告人間の原判示の当該各金員の寄託の趣旨は、これを各所論の如く倒産した野々村清に対する大口債権者である右両会社及び被告人の実兄加藤商店等の、右野々宮に対する債権確保のために必要な裁判上、裁判外の手続を講ずるための費用の一切を支弁するため、右両会社において大口債権者に代わり、これを被告人に預託し、野々村の財産整理が完了したうえで、被告人において、費用一切の清算を遂げ、余剰金がある場合には、それを右両会社に返還すべき、いわゆる消費寄託の関係にあつたものではなく、その趣旨は、原判決が認定しているように、あく迄もその使途を、個別的に、野々村清所有の動産仮差押申請の際に要する供託保証金に限定したもので、その費用に充てなお余剰の生じた場合には、その都度直ちに、これを右両会社に対し、それぞれ返還すべき趣旨のものであつたことが認定できるのである。(弁護士費用等必要な経費は別途に支払われている。)もつとも、被告人が右両会社から、それぞれ寄託を受けた金員は、いずれも現金ではなく、それぞれ小切手であつて、被告人は、これを、それぞれ、自己の取引銀行の預金口座にいつたん預入れたうえ、逐次、必要に応じてこれを引出し、一部を委託の趣旨に従つて供託保証金に充て、残余を原判示の如く自己の営業資金や生活費等に費消したことは、各弁護人所論のとおりであるが、右両会社からの当該各寄託金がいずれも小切手で支払われ、被告人がこれを自己の預金口座に振り込んだからといつても、それは、単に現金支払の方法として小切手が用いられ、更に、その現金化の方法として、これをいずれも、いつたん被告人の預金口座に預け入れたまでのことであり、斯る事実があるからといつて、右両会社と被告人との間の当該各金員の寄託の趣旨を所論の如くいずれも消費寄託であつた、と認定しなければならないものではない。従つて、各弁護人の本件寄託金が消費寄託であつたことを前提とする議論は、いずれも採用できない。なお、被告人が原判示第二事実記載の如く自己の営業資金、生活費等にそれぞれ費消した金員は、当初、被告人が原判示の如くアヤハ商事株式会社または糸和株式会社から寄託を受けた当該小切手金そのものでなかつたことは、ことがらの性質上当然のことではあるが、被告人の検事に対する供述調書(昭和三一年六月二日付及び同月四日付のもの)及び検察事務官に対する供述調書(同年六月一日付のもの)によれば、被告人は、右両会社からそれぞれ寄託を受けた小切手金を自己の預金口座に預け入れ、その中から現金として引出し、それぞれ保管するに当り、これをいずれも右両会社から寄託を受けたものとして、同会社のためにいずれも保管していたものであることが窺知できるのであり、この場合、小切手金の性質を考えれば、右各現金化されたものは、いずれも、これを原判示の如く右両会社から、それぞれ寄託を受けた金員と認めても毫も差支えなく、従つて、それが横領罪の対象となるのは勿論、その金員の使途にして前示の如くその使途を限定したものである以上被告人がこの金員を右寄託の趣旨に反し自己の生活費、営業資金等に流用した場合には、横領罪が成立するものというべきである。記録を精査し、当裁判所の事実調の結果に徴するも原判決のこの点の事実認定に誤認のかどはなく、各弁護人の論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。本件は事実誤認で破棄自判。)

(裁判官 影山正雄 谷口正孝 中谷直久)

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