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名古屋高等裁判所 昭和35年(う)770号 判決 1960年11月30日

控訴人 被告人 伊藤益夫

弁護人 永井正恒 外一名

検察官 吉安茂雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人永井正恒、三宅厚三提出の控訴趣意書(右両弁護人共同作成名義)記載のとおりであるから、ここにこれを引用するが、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

控訴趣意第一点および第二点法令の適用の誤りについて、

所論はまず原判決は公職選挙法二二一条一項四号にあたる本件犯罪に対し、罰金等臨時措置法二条一項を適用しなかつたのは、法律の適用を遺脱した違法があるというのである。

よつて原判決の擬律を検討すれば、原審が公職選挙法二二一条一項四号により被告人を処断しながら、罰金等臨時措置法二条一項の適用を判文上明示しなかつたことは、所論のとおりであるけれども同条一項は刑法一五条と等しく罰金刑の最低額を規定するに過ぎない刑法総則的な規定であると解すべきものであるから、刑事訴訟法三三五条所定の法令の規定を示す場合、前記措置法二条一項を必ずしも常に判文上明示する必要はないといわなければならない。原判決も右罰金等臨時措置法二条一項を適用しながら、その適用を明示しなかつたに過ぎないものと認められるので、論旨は理由がない。

次に、原判決は被告人に対し金五、〇〇〇円を追徴する旨言渡しをしているが、被告人は原判示のとおり柳田景正から金五、〇〇〇円の供与を受けたけれども、その後右利益を返還する趣旨のもとに二回にわたつて清酒合計八本を合計金三、九二〇円で購入し、その都度陣中見舞および当選祝名義で同人に返還しているので、公職選挙法二二四条の立法精神にかんがみ、右清酒合計八本の代金合計三、九二〇円は被告人が供与を受けた金五、〇〇〇円の一部を返還したものと認めるのが相当であるから、原審は右五、〇〇〇円三、九二〇円の差額金一、〇八〇円だけを追徴すべきであるのにかかわらず金額五、〇〇〇円を追徴する旨の言渡しをしたのは、同条の適用を誤つた違法があるというのである。

よつて、原判決挙示の証拠によれば、被告人が柳田景正より受領した金五、〇〇〇円は原判示候補者岡村茂のために、原判示の如き趣旨すなわち同候補者のため投票並びに投票取りまとめ等選挙運動の報酬として供与を受けたものであることは明白である。そして検事に対する被告人の供述調書、検事に対する中村信一の供述調書によれば、被告人は右金五、〇〇〇円のうち一、四七〇円で二級清酒三本分の商品切手一枚を買い受け、その頃陣中見舞名義で前記柳田に右商品券を贈与し、更にその後二級酒五本を、前記五、〇〇〇円の残額のうちから二、四五〇円を拠出して買い求め、右清酒を当選祝名義で岡村に贈与し、なお右五、〇〇〇円のうち余剰の一、〇八〇円は自己の用途に費消したことが認められる。そうすると被告人が本件供与にかゝる五、〇〇〇円のうち自己の用途に費消した右金一、〇八〇円はもちろん、残余の合計三、九二〇円についてもこれを前記の如く商品切手、清酒の各購入代金に充て、これを柳田に贈与したとしても、それは被告人が供与を受けた金員を柳田に対し返還したものと認めるべきではなく、被告人の負担においてする柳田に対する社交儀礼上の贈与と認むべく、すなわち、右金員についても、被告人は結局自己の用途にこれを費消してしまつたこととなるのであるから、被告人において、本件供与にかかる五、〇〇〇円についてはその利益をすべて享受し終つたためもはやこれを没収することができなくなつたものといわなければならない。

従つて原判決が被告人に対し五、〇〇〇円全額を追徴する旨の言渡しをしたのはまことに相当であつて、被告人において所論追徴を免れる理由は毫も存しないものというべく、論旨は理由がない。

控訴趣意第三点、量刑不当の論旨について、

本件記録を精査し、原裁判所の取り調べたすべての証拠を検討してみると、被告人の本件犯行の態様、特に受供与の金額、被告人が本件供与を受けた趣旨、同種事犯の刑の権衡その他一切の犯情を勘案すると、原判決の被告人に対する量刑は重きに。過ぎ不当なものであるとはとうてい考えられない。論旨は理由がない。

よつて本件控訴は理由がないので、刑事訴訟法三九六条に則りこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 谷口正孝 判事 布谷憲治 判事 中谷直久)

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